小説連載 森の子~ある少女と、フウシュウ~ 第11話 ソヨンとの会話(下)

#小説 #連載 #森の子

「ああ。ルナさんが出産した時、彼女は母親の勘があったんだろうな。ジークのために『隠す』のに協力してくれって頼んで来たんだ」
 ルドの声も、いっそう潜められた。妻に聞こえないように。
 ルドや村人たちは、ジークたちを「いない者」として扱っているのは、ヨウコを表に出させないためなのだ――村長の目に留まらないように。
「あとひと月の辛抱なんだ……いいか、リザにも内緒だぞ?」
 月の終わりに今年が終わる――ナミとララとノギの三人には、「成人の儀」がある。
 同じ年生まれであるはずのヨウコには、その予定はない。予定がないから、ヌシサマに知られる心配もない。
 ヨウコは、選ばれない。
――あの時、どうしてあたしはあんな風に思ってしまったのだろう。
「ララは、ジークさんと知り合いなんですか」
「いいえ。ジークさんがララを見かけただけよ」
 それを聞いて、ほっとした。知らないなら、ヨウコに関連する諸々が、秘められたままとなる可能性の方が高い。よかった……。
「それにしても、ナミちゃんもジークさんを『誰?』と聞かないのね」
 ソヨンさんは、変わらずおっとりと笑っている。
養父母おやの幼馴染ぐらいハアクしていますよ」
 ナミの返事に「あらまあ」と口を半開きにする。
「難しい言葉を知っているのね。まるで『外』の〝お貴族様〟のよう」
 ノギと似ても似つかぬ色白の頬が北颪きたおろしで赤く染まった。だが、その面差しは母子揃って美しい。
――俺の母君は、世間知らずの南方の〝貴族令嬢〟出身なのさ。
 あれはいつの頃か。ノギがオリーブ色の肌に汗を光らせて、吐き捨てたことがあった。
――家に住み込んで働いていた庭師の父さんと駆け落ちしたんだとよぉ。
 ノギは、家の脇に作った畑の雑草を淡々と抜いていた。畑の雑草抜きは、ノギと彼の父の役目だった。ノギの父は、息子が物心つくかつかぬかの時に病死していたから、あの日の雑草はノギ一人で抜いていた。
――ホント、いい気なもんだよ。……なあ?
 ナミには、彼に同意できなかった。口で言うように彼が同意を求めていないと心のどこかで知っていた。
 思えば、ノギが己の父を「父君」と呼んだ瞬間を見たことがなかった。だけど、あの時漏らした「いい気になった誰か」は、「母君」だけを指しているわけではない……ともう片方の感覚で知っていた。
 ノギは、ソヨンの美貌と、駆け落ちを成功させるためにここに住み着いた父さんを憎んでいる。同じオリーブ色の腕で、黙々と雑草を抜く……その肌に浮かぶ汗をも憎んでいた。
「ソヨンさん、これ、差し上げます」
 ナミは、手の中で湿り気を帯びた耳環をソヨンの前で開いて見せる。
「素敵ね」
 ソヨンの真珠の瞳が、ルビイの輝きを丹念に観察する。〝貴族令嬢〟にしては、卑しい欲望が入り交じった目つきだった。
「いいの?」
 柔らかく尋ねられる。
「本当は獣肉屋のおばちゃんから、ララに渡すよう、お願いされたんですけど」
 ナミは、慎重に言葉を選んでこたえた。
「構いませんよね? ララにはその……こんな立派な品が似合う年頃じゃありませんし。ソヨンさんの方がずっと綺麗だもの」
 ソヨンの灰色の爪先が、ルビイに触れる。
「ナミちゃん」
 血管の浮き出た、〝令嬢〟らしくない手が優しく耳環を包み込んだ。
「ありがとう。お礼に何かいいものないかしら。……今、持ってくるから」
 ノギは、いつ気づくのだろう。
 「世間知らずの母」が駆け落ちした男を失って、かつての令嬢生活の一部を手に取って眺めたい「孤独な母」に変容している現実に――いつか気づくべきだ。

(つづく)

↓ 前後の話のリンクを貼っておきました。

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