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【旅で出会ったお菓子】ポルトガルの宝物 「パステル・デ・ナタ」

「旅で出会ったお菓子とレシピ」

旅先で出会った、忘れられないお菓子を記録する連載です。

2回目の今回は、ポルトガルのリスボンで出会ったお菓子、パステル・デ・ナタ。
ポルトガルに旅をしたのは2019年、まだ新型コロナウイルスが世界に蔓延する前のことです。


第2回 ポルトガルの宝物「パステル・デ・ナタ」前編

2019年12月。ベルギーに来てから2回目の冬です。
ベルギーの冬はとにかく薄暗い。朝は8時過ぎまで真っ暗で、陽が落ちるのも早いです。日中も晴れの日は少なく、大抵どんよりとした曇り空が広がっています。
そんなベルギーの冬を過ごしていた私たちは「年末年始の旅行は、どこでも良いから南の方にしよう」と決めました。いくつかの候補の中から選んだのはポルトガル。
クリスマスをベルギーの自宅で過ごした後、太陽を求めてポルトガルへ向かいました。

◆今回の旅程
1日目 | ブリュッセル空港からポルト空港へ
            ポルト市内観光
2日目 | ポルト市内観光
            ポルトガル高速鉄道でリスボンへ
3日目 | リスボン市内観光
4日目 | レンタカー
    ロカ岬、オビドス、シントラを巡る
5日目 | リスボン空港からベルギーへ

ポルトガル第2の都市、ポルト

今回の旅は、往路はポルトのフランシスコ・サー・カルネイロ空港へ、復路はリスボン・ウンベルト・デルガード国際空港からブリュッセルへ帰るフライトを選びました。ポルトからリスボンは、ポルトガル高速鉄道で3時間程です。
ポルトに到着し空港を出た瞬間、輝く太陽と青い空に気持ちも上がります。

街に出てみると、ポルトガル伝統のタイル「アズレージョ」を使った建物がなんと可愛く美しいことでしょう。ベルギー生活で見慣れたと思っていた教会も、北ヨーロッパとは全く異なる装いで新鮮です。

ランチは人気のリーズナブルな食堂で、タコのサラダ、鶏のロースト、鰯の塩焼きを注文。どれもシンプルな味付けだけどとても美味しく、一皿のボリュームがすごい。すべてハーフサイズを選びましたが、二人で食べて満腹です。

「Pedro dos Frangos」チキンのローストのお店だけど魚介も豊富。こちらはタコのサラダ。

食後はぶらぶらと街歩きをしながら、夕暮れのドゥエロ川沿いへ。

ドン・ルイス一世橋。橋が2本重なっているスタイルで、上下ともに歩いて渡ることができます。

どこかから、ストリートミュージシャンが奏でるアコーディオンやクラシックギターの音が流れてきて、温かく懐かしい気持ちになりました。

橋と川を見下ろせる高台のベンチで、市内で買ってきたパステル・デ・ナタを食べながら休憩です。

ポルトガル伝統菓子「パステル・デ・ナタ」

この旅の目的の1つが、タイトルにあるパステル・デ・ナタを食べること。ブリュッセルにForcado Pastelariaというポルトガル菓子のお店があるのですが、そこのパステル・デ・ナタが本当に大好きで、在住時はよく通いました。「いつか本場ポルトガルのものも食べてみたい」と思っていたのでした。

パステル・デ・ナタとは

卵黄のカスタードをたっぷり使った手のひらサイズのタルトで、ポルトガルの伝統的なお菓子です。日本ではエッグタルトと呼ばれていますが、ポルトガル語でパステル(Pastel)はペイストリー、ナタ(Nata)はクリームという意味です。
生地はパイのような層状の生地です。高温で焼き上げるのが特徴で、カスタードの表面が香ばしくカラメリゼされています。サクサクの生地にとろりとしたカスタード、そしてほどよい砂糖の香ばしさは最高の組み合わせです。

パステル・デ・ナタと修道院

パステル・デ・ナタの発祥は、リスボンのベレン地区にあるジェロニモス修道院と言われています。遅くとも18世紀にはパステル・デ・ナタのようなお菓子が作られていたそうです。かつては修道院で作られていたお菓子ですが、現在ではポルトガル中にパステル・デ・ナタのお店があり、国民的なお菓子となっています。

白い石が只管美しいジェロニモス修道院。

かつてポルトガルの修道院では、洗濯糊として卵白を使用していました。また、卵白はワインの清澄にも使われており、卵白のみが大量に消費されていました。そこで、余った卵黄を無駄にしないため、修道院では卵黄を使ったお菓子が作られるようになったそうです。このパステル・デ・ナタ以外にも、ポルトガルの伝統菓子は卵黄を使ったものがとても多いです。

パステル・デ・ナタを食べ比べ

ポルトガル旅行中、連日パステル・デ・ナタを食べ、数えてみたら食べたお店は5つ。サクサク層状生地に卵黄のカスタードの組み合わせはシンプルですが、生地もカスタードもお店によって味がかなり違います。どのお店が一番美味しいかは、地元の人の間でもしばしば論争になるそうです。

1.Manteigaria
「どこのパステル・デ・ナタが一番美味しいか」という論争の中で必ず名前が挙がる人気のお店。ポルトで初めて食べたのがこちらのパステル・デ・ナタでした。Manteigariaという名前は「バター屋さん」という意味だそう。生地は薄く、層の間が詰まっているのが特徴的で、その分カスタードがたっぷりです。一つでも大満足でした。

2.NATA Lisboa
朝の散歩中にポルトの駅前で見つけたお店。ナタ以外にサンドイッチなどの軽食も充実していました。生地がManteigariaのものより層が開いてて、ぱりぱりとした食感。小ぶりでちょうど良いサイズでした。

3.Fábrica da Nata
ポルト市内のお店。リスボンに向かう電車の中のおやつ用にテイクアウトしました。電車の中で食べたからか、実はあまり記憶に残っておらず…。こちらもリスボンにも数店舗ある人気店です。

4.NATA DE LISBOA
リスボンのコメルシオ広場からアウグスタ通りを歩いていて見つけたお店。深い青のレトロな店構えが魅力的でした。こちらのお店は、プレーンなカスタード以外にもいろいろなフレーバーがありました。一番シンプルなナタをチョイス。食べた中で一番甘さが強かったと思います。

5.Pastéis de Belém
リスボンの中心地からトラムで30分ほどのベレン地区にある、1837年創業の老舗有名店。世界中から観光客が訪れ行列しています。このお店だけは、事前に調べて必ず行ってみたいと思っていました。私たちが訪れた時も店の前に人だかりができていましたが、よく見ると並んでいたのはテイクアウトのみのレーン。店の奥には驚くほど広いイートインスペースがあり、そちらは並ばずにすぐ席につけました。

1番好きだったお店は…

私が食べた中で断トツで1番好きだったのは、5つ目のお店、Pastéis de Belémのものです。
他の店のパステル・デ・ナタとは全く異なる食感と味。まず、生地の食感が唯一無二です。サクっ、ザクっと固めの食感で、パリンと薄いガラスのように割れる生地は存在感抜群。細かく崩れるフランス式の折り込みパイには無い食感です。中のカスタードは甘すぎず、絶妙なとろとろ具合。ここのパステル・デ・ナタは大きめなのですが、あっという間に食べてしまいました。
この旅行から何年も経ちますが、一口食べた時の感動を今でも忘れられません。必ずもう一度食べたいお菓子の1つです。

Pastéis de Belém

Pastéis de Belém は、ジェロニモス修道院のすぐ側にあり、1837年創業の歴史のあるお店です。現在のポルトガルのパステル・デ・ナタの歴史は、この店と共にあると言っても過言ではありません。

かつてジェロニモス修道院で作られていたとされるパステル・デ・ナタですが、ポルトガルでは1820年に自由主義革命が起き、その結果1834年には全ての修道院が閉鎖。ジェロニモス修道院の修道士やそこで働く人々は追放され、行き場を失いました。そこで、修道院の関係者の誰かが、生き延びるための手段として修道院で作っていたお菓子を売りはじめました。その場所が、ジェロニモス修道院のすぐ側にあったサトウキビ精製所の雑貨店でした。
売り出したお菓子は「Pastel de Belem(パステル・デ・ベレン)」と呼ばれ、すぐに評判になり、1837年、菓子店としてのPastéis de Belémが生まれました。

Pastéis(パステイシュ)Pastel(パステル)の複数形です。現在では、パステル・デ・ベレンと呼んでいいのはこのお店のものだけです。

門外不出・秘伝のレシピ

この店では、創業当時のパステル・デ・ナタ、つまりジェロニモス修道院で作られていたものとされるレシピを今でも守り続けているそうです。そして、そのレシピは工房の中の「秘密の部屋」で厳重に保管されており、その部屋に入れるのはオーナー家族含めて数名だけだそう。こうして、どの店にも真似できない、唯一無二の美味しさが守られ続けているのです。
Pastéis de Belém のパステル・デ・ナタは、まさに「ポルトガルの宝物」と言えるでしょう。

このお店は、司馬遼太郎先生の紀行文「南蛮のみち」にも登場します。

ジェロニモス修道院の前を川上にむかって通りすぎると、にわかに静かさがうしなわれて、リスボン的な猥雑さがさざなみ立ちはじめる。そこに菓子屋があって、ちょっと銀座の凮月堂をおもわせるような店だった。
… メニューの中の一点を指さすと、やがてミルク入りのペーストリーを持ってきた。ポルトガル語では、パステル・デ・ナタというのだそうだ。

司馬遼太郎「南蛮のみちⅡ」より

司馬先生もこの場所で、このパステル・デ・ナタを食べたのかと思うと、タイル張りの店内でコーヒーと共にパステル・デ・ナタを食べる時間が、更に特別なものに思えました。

もう一度、この味を食べたい

このベレンのパステル・デ・ナタをもう一度食べたい、という思いがいつもあります。ブリュッセルでも、日本に帰国してからも、色々なパステル・デ・ナタを食べましたが、あのベレンのものに似ているものに出会えたことがありません。

同じものは作れないのは当然だけど、自分好みのパステル・デ・ナタを、日本のキッチンで再現できないだろうか?と考えるようになりました。
ネット上に存在する色々なパステル・デ・ナタのレシピを読み漁り、ベレンのお店の製造風景の動画を何度も見て、「あの味の源は何か?」仮説を立てて色々と条件を変えて試作してみることに。
そして、まだ未完成ではあるけれど、生地に関してはかなり理想の食感に近づくことができました。お家で作る理想のパステル・デ・ナタについては、後編にまとめたいと思います。

自作のパステル・デ・ナタ。焼き加減とカスタードにまだ課題はありますが、かなり好みに近づいています。

※ベレンのパステル・デ・ナタの再現に挑戦編、ようや完成しました。こちらもぜひ。(2026/7/2)


ポルトガル旅行の振り返り

ここからはパステル・デ・ナタ以外のポルトガル旅行の思い出を、写真で振り返ります。

ポルトガルで食べた美味しいものたち

パステルデナタ以外にも、ポルトガルは美味しいものが沢山ありました。

ポルトで人気のレストラン「Brasão Aliados」飛び込みでは満席で入れず、その場で翌日のランチの予約をしました。
ポルト名物フランセジーニャ(Francesinha)。ステーキとハム・ソーセージを挟んだサンドイッチの上からチーズ、ビールとトマトのソースをかけて目玉焼きをのせたもの。
同じお店で、牛肉のクロケット。
バカリャウ(干した鱈)のパステルと牛肉のクロケット。坂の多いリスボンで、ビールとサングリアで休憩した時のお供に。
こちらもバカリャウのパステル。これはチーズ入りが売りでした。
リスボンのTime out market(フードコート)で食べた魚介料理。右はタコのご飯。スープが多めでリゾット風でした。
アサリの白ワイン蒸し。ポルトガルはとにかく魚介の料理が美味しかったです。
あまりに魚介続きだったのでステーキを注文。付け合わせはお米で、味付けもどこか和食に通じるところがあってとても美味しかったです。

レンタカーでシントラ、ロカ岬、オビドスを巡る

4日目はリスボンでレンタカーを借りて、シントラのモンセラーテ宮殿、ロカ岬、オビドス村、最後にまたシントラに戻ってペーニャ宮殿を巡りました。

リスボンから出発。日没までにペーニャ宮殿にたどり着けるのかが課題。
まず初めに向かったのはシントラのモンセラーテ宮殿。ピンク色と灰水色が印象的なイスラム風の建築です。
建物内も息をのむ美しさでした。庭園は植物園のようになっていました。
車を走らせ、ヨーロッパ大陸最西端であるロカ岬へ。ヨーロッパ大陸の終わり。
荒々しい大西洋を見渡せます。何百年も前にこの海に出て、日本まで渡ってきた人たちがいると思うと、不思議な気持ちになりました。
更に車を走らせ、白と鮮やかな青と黄色の建物が美しい村、オビドスに到着。小さい村ですが、観光客であふれています。
オビドスの名物、ジンジャという名前のさくらんぼの甘いお酒。チョコレートのカップに入れて渡してくれます。チョコレートボンボンみたいで美味しい。
最後に急いでシントラへ戻り、日没前に駆け込みでペーニャ宮殿へ。見学はあわただしくなってしまいましたが、夕方~日没の美しい姿を見ることができました。

おわりに

ヨーロッパ大陸の最西端、イベリア半島の端にあるポルトガル。海の向こうは、もうすぐそこにアフリカ大陸が広がっています。その地理的・歴史的な要因から様々な文化が交差したことを、実際に旅行してみて肌で感じました。
日本からの直行便も無い遠く離れた国ですが、どこか懐かしさを感じるのは、16世紀から17世紀にかけてポルトガルが日本に残したものの影響でしょうか。

パステル・デ・ナタを食べ比べ、リスボンのベレンで「忘れられない味」に出会った今回の旅。後編では、Pastéis de Belémのパステル・デ・ナタの美味しさについて考えたこと、そして日本のキッチンでどう作るのかを、検討したレシピとともに記録したいと思います。


「旅で出会ったお菓子」第1回はイギリスのミンスパイでした🇬🇧こちらもぜひ。


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