第9回:真説・龍宮物語 其の二 ——*志賀島の記憶9
前回の第8回では、志賀島に伝わる「山誉祭(やまほめさい)」と、そこから生まれたとされる「君が代」のルーツについて触れました。
海の底から届いた恋の記憶 —— 真説・龍宮物語 其ノ二
〜志賀島の記憶 第9回〜
一介の海の民である安曇(あずみ)族の神楽歌が、時を超えて国歌へと繋がっていった壮大な歴史。
今回は、その力の源泉である「龍宮」の正体へと、さらに深く潜っていきます。
その昔……。
私たちがよく知る「龍宮城」の物語は、実は日本最古の正史『古事記』の中に、その原形が記されています。
物語の主役は、海神(ワタツミ)の娘・豊玉姫(とよたまひめ)。
彼女は、失くした釣り針を探して海神の国へと迷い込んだ地上界の皇子・山幸彦と出会います。
二人は恋に落ち、海の底で夢のような三年間を過ごしました。
これこそが、私たちが知る龍宮伝説の始まりです。
しかし、この恋には「境界線」という切ない結末が待っていました。
豊玉姫の涙と、閉じられた門
山幸彦との子を身ごもった豊玉姫は、「天神の御子を海の中で産むわけにはいかない」と、陸の波打ち際にやってきます。
彼女は産屋(うぶや)の中で、あるひとつの約束を夫に乞いました。
「出産の最中は、決して中を覗かないでください」
(昔話には何故かこのセリフが必ずあります。そして…)
しかし、山幸彦はその約束を破ってしまいます。
(やっぱり…)
彼が目にしたのは、美しき姫の姿ではなく、のたうち回る巨大な八尋和邇(やひろわに=龍)の姿でした。
本来の姿を見られた恥じらいと悲しみ。
豊玉姫は生まれたばかりの我が子を陸に残し、「海と陸の道」を塞いで、永遠に龍宮へと帰ってしまったのです。
安曇磯良 —— 絆を繋ぎ止めた「龍の使い」
海と陸の門は、閉じられたはずでした。
けれど、その境界線に立ち、龍宮の想いを陸へと運び続けた一族がいました。
それが、海神ワタツミの血を引く安曇(あずみ)族であり、その中心にいたのが安曇磯良(あずみのいそら)です。
磯良が神功皇后に授けた二つの宝玉、「潮満珠(しおみつたま)」と「潮干珠(しおひるたま)」。
それは単なる武器ではありません。
本来なら、母・豊玉姫から子へと直接手渡されるはずだった「海の祝福」。
海とともに生き、海を味方にするための「叡智」の結晶だったのです。
磯良が顔を布で隠していたのは、彼自身が豊玉姫と同じ「龍宮の姿」を宿していたからかもしれません。
彼は、あえて異形の姿を隠しながら、人間界と龍宮の間に立ち、失われた絆を繋ぎ止める「架け橋」となったのです。
(安曇磯良は顔にアワビやカキ、フジツボがついていたなどと一説では言われております)
志賀島 —— 龍宮の入口
では、この「海神の国(龍宮)」は、どこにあったのでしょうか。
それが、志賀島だったのかもしれません。
志賀島には、綿津見神を祀る志賀海神社があります。
ここは「海神の総本社」——つまり、綿津見神の本拠地です。
豊玉姫が暮らした龍宮、磯良が宝玉を守っていた場所、それが志賀島…

天皇と安曇族にまつわる神話の記憶
古事記の記述を辿っていくと、豊玉姫が陸に残した子——鵜葺草葺不合命(ウガヤフキアエズ)は、のちの初代天皇とされる神武天皇の父になったと記されています。
つまり、神話の系譜の上では、天皇家の血筋に海神(安曇族の祖神)の娘・豊玉姫の血が流れているという物語になっているのです。
*これはあくまで神話の世界のお話であり、諸説ある仮説のひとつではありますが、もしそうであるならば、安曇族が当時の政権にとっていかに特別な存在であったか、その重要性を物語るひとつの証左と考えられているのでしょうね。
二つの龍宮物語

第3回で書いた浦島太郎の物語(里の龍宮伝説)は、人々の暮らしのすぐ隣にある、温かな民話でした。
でも、この豊玉姫の物語(神代の龍宮伝説)は、国家の成り立ちそのものに関わる、壮大な神話です。
志賀島が「龍の都」と呼ばれるのは、ここが龍宮の入口であり、安曇族が守り続けてきた聖なる場所だったからなのではないでしょうか。
海と陸の門は閉じられても、安曇磯良のような「架け橋」が、今も龍宮の祝福を人々に届け続けているのかもしれません。

次回予告
次回(第10回)は、
「清めの砂と鹿の角 —— 志賀海神社が繋ぐ命の循環」
海の神社になぜ、これほどまでに山の獣である「鹿」が祀られているのか。
そこには、安曇族が今も守り続ける、命の循環への深い祈りが隠されていました。
参考文献
・[『古事記』山幸彦篇(豊玉姫と龍宮城の原典)]
・[志賀海神社由緒(海神総本社、綿津見神と安曇磯良伝)
・『日本書紀』巻第三「神功皇后紀」(磯良命と宝珠伝説)
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この記事は史料を基に、私(著者)が志賀島の一出身者視点で再構成したものです。神話解釈を含む創作的再構成であり、史料解釈には諸説あります。専門家のご意見と異なる場合もありますが、「島の記憶」としてお楽しみください。
