
ノルウェー軍の機密情報を中国EVが録画――問題は長安車ではなく、スマートカーのデータ管理にある
[無料]ノルウェー軍の演習で、長安汽車傘下の深藍(Deepal=ディーパル)の車載カメラが、軍事施設の暗証番号や兵士の移動を記録していたことが明らかになった。
中国製コネクテッドカーの安全保障リスクを象徴する事件として報じられているが、今回確認された事実から、中国メーカーによる意図的な情報収集や、中国へのデータ送信があったと判断することはできない。
むしろ問題の本質は、現代のスマートカーが車外の映像や位置情報を日常的に収集・保存することにある。製造国を問わず、車載カメラやセンサーが軍事施設などの機微な情報を記録し得るという問題である。
注目すべきは、中国がこの問題を2021年にテスラ車への警戒という形で顕在化させ、その後、車載データの収集、国内保存、重要データの管理、国外移転に関する制度へ発展させてきたことである。
2026年のノルウェー軍の事件を、中国の最新制度と照合する。
9月の首都防衛演習で、レンタカーが軍事情報を記録
事件の舞台となったのは、2026年9月14~18日にノルウェーの首都オスロ周辺で実施された軍事演習「Øvelse Hovedstad」である。
ノルウェー経済紙Dagens Næringslivは10月8日、演習に使用されたレンタカーが周囲の映像を記録し、兵士の活動や軍事施設への入場コードなどが保存されていたと報じた。
車両はレンタカー大手Hertzから借り受けたもので、報道では中国・長安汽車傘下のDeepalが問題の車種として挙げられている。
その後、ノルウェー議会でも問題となり、10月8日にはヒマンシュ・グラティ議員が国防相に対し、中国製レンタカーを軍事任務に使用することの妥当性や、機密情報の収集を防ぐための安全対策について質問した。
ここで区別しなければならないのは、車載カメラが映像を記録した事実と、その映像が第三者に渡ったかどうかである。
今回の公開資料では、中国へのデータ送信や、長安汽車による意図的な情報収集は確認されていない。車両の具体的な記録方式、保存場所、外部アクセスの有無についても、十分な技術情報は公開されていない。
したがって、中国製EVが軍事機密を記録したことは問題であるが、それを中国メーカーによる情報収集活動と同一視することはできない。
ノルウェー国防相「すべての現代車両に共通するリスク」
今回の事件で最も重要なのは、ノルウェー政府自身の認識である。
10月16日付の国防相回答として議会サイトに掲載された内容では、センサーを通じた情報収集リスクについて、現代のあらゆる車両に共通する問題だと説明している。
その対象は軍用車両やレンタカーに限らず、民間車両、スマートフォン、スマートウォッチなどにも及ぶ。技術の開発主体がどこであるかにかかわらず、新しい脆弱性が生じ得るという認識である。
これは事件の性質を理解するうえで重要である。
現代のスマートカーは、運転支援、駐車監視、事故記録、周辺認識などのために、車外を撮影するカメラや各種センサーを搭載している。これらの機能は、中国製車両に特有のものではない。
軍事施設に乗り入れた車両が周囲の映像を保存するのであれば、メーカーの国籍に関係なく同じ問題が発生する。
もちろん、メーカーや車種によってデータの保存方式、通信機能、アクセス権限は異なる。そのため、すべての車両のリスクが同一という意味ではない。
問題は、軍事施設への立ち入りを許可する段階で、車両がどのような情報を取得・保存するのかを十分に把握していたかどうかにある。
中国は2021年、テスラ車の軍関連施設への立ち入りを制限
こうした問題に、中国が早い段階から警戒を強めていたことは知られている。
2021年3月、中国人民解放軍がテスラ車の軍関連施設への乗り入れを制限していると報じられた。車載カメラやセンサーによって軍事施設の情報が収集されることへの懸念が背景にあった。
しかし、その後の中国の動きを、外国車の排除という観点だけで理解するのは適切ではない。
同年8月、中国国家インターネット情報弁公室などは自動車データ安全管理規定を公布し、10月1日に施行した。
この規定では、軍事管理区域や国防関連施設などの地理情報、人や車両の移動に関するデータを重要データとして位置づけた。
さらに、顔やナンバープレートなどを含む車外映像・画像も、重要データに該当し得るものとした。
これは、今回ノルウェーで問題となった情報と極めて近い。
中国は、車載センサーによる機微情報の収集を安全保障上の問題として捉え、個別車両への制限から、産業全体を対象とするデータ管理制度へ移行したのである。
収集を抑え、車内で処理し、重要データを国内で保存
2021年の自動車データ安全管理規定は、単に国外へのデータ送信を禁止する制度ではない。
データ処理に関して、車内処理、初期設定での収集抑制、必要な範囲に限定したセンサー利用、匿名化・識別情報の除去という原則を掲げている。
また、重要データについては中国国内での保存を原則とし、国外へ提供する場合には法令に基づく安全評価を求める。
ここから読み取れるのは、スマートカーのセンサーをなくすのではなく、収集と利用を制御するという政策思想である。
自動運転や高度運転支援の発展に伴い、車両が周囲の情報を認識する必要性は高まっている。すべての情報取得を禁止すれば、こうした技術の利用そのものが難しくなる。
一方、車両が認識した情報を無制限に保存し、外部へ送信できる状態も容認できない。
中国はこの二つの要求を両立させるため、データの種類、保存場所、利用目的、国外移転を制度的に管理する方向を選んだ。
2026年、中国は自動車データの国外移転ルールをさらに具体化
その後の制度整備で重要なのが、2026年2月3日に中国工業情報化部など8部門が公布した「自動車データ国外移転安全指針(2026年版)」である。
同指針は、自動車の研究開発、生産、運転自動化、ソフトウェア更新、ネットワーク接続などの業務で発生するデータについて、重要データの判定方法や国外移転の手続きを具体化した。
国外移転に関する管理方法として、安全評価、個人情報移転の標準契約、個人情報保護認証などを整理するとともに、一定の条件下でこれらの手続きを免除する場合も定めている。
特に、安全上の脆弱性への対応、事故への対処、OTA更新に関連する一部の重要データについては、条件を満たせば国外移転の安全評価申請を免除する仕組みを設けた。
つまり、中国の最新制度は、国外へのデータ移転を一律に禁止するものではない。
国外へ出してよいデータと、厳格に管理すべきデータを区別し、必要なデータ流通を認めながら安全保障上のリスクを抑えるという方向である。
この制度は、中国車だけを対象としたものでもない。中国国内で対象となる自動車データを処理する企業には、外国メーカーや関連サービス事業者も含まれる。
2026年、上海では重要データの届出と年次評価も具体化
制度は中央政府の指針だけにとどまらない。
上海市通信管理局が2026年に公表した車載ネットワーク・データ安全特別行動では、関連企業に重要データの識別と目録の作成、届出を求めている。
重要データの目録は7月31日までに届け出ることとし、重要データの処理活動については年1回以上の安全リスク評価を求めた。
また、国外移転に関しても、データの種類や移転先などを当局へ報告する仕組みを示している。
重要なのは、これらが特定の事件が起きた際の臨時対応ではなく、企業の日常的なデータ管理業務として制度化されていることである。
車載データの安全保障は、車両の販売後に問題が発覚してから対処するものではなく、開発、運用、保存、移転までを継続的に監督する対象となっている。
国内保存だけでは、今回の問題を完全には防げない
ただし、今回のノルウェー軍の事件には、中国の制度と照らしても重要な論点が残る。
仮にDeepalの車載映像がノルウェー国内だけに保存され、国外へ一切送信されていなかったとしても、軍事施設の暗証番号が記録されたという問題は消えない。
国内保存は、国外へのデータ流出を防ぐための対策である。一方、そもそも記録すべきではない情報を収集・保存してしまう問題には、別の対策が必要となる。
軍事施設への入場時に録画機能を停止する、車両が保存する情報を制限する、機微な場所でのセンサー利用を管理する、保存済みデータへのアクセスを制限する、といった対応である。
中国の2021年規定が、国内保存だけでなく車内処理や収集抑制を掲げていた理由も、ここにある。
国外移転管理は重要であるが、それだけで車載センサーに関する安全保障上の問題が解決するわけではない。
中国製車両を禁止するか、データを管理するか
今回のノルウェー軍の事件は、中国製EVの安全保障リスクとして注目された。
しかし、公開された情報だけでは、長安汽車による意図的な情報収集や、中国への機密情報送信を認定することはできない。
確認された問題は、軍事活動に使用された車両が、周囲の機微な情報を記録していたことである。
その意味で、車両の製造国だけを問題にしても、根本的な解決にはならない。
中国は2021年にテスラ車への警戒を強めた後、自動車データの収集、保存、重要データの識別、国外移転に関する制度を整備してきた。そして2026年には、国外移転を単純に禁止するのではなく、データの種類とリスクに応じて管理する仕組みを具体化している。
これは中国の制度が完全であることを意味しない。実際の遵守状況や監督の実効性は、別途検証する必要がある。
それでも、今回の事件を考えるうえで参考になる政策展開である。
スマートカーが周囲の情報を認識することは、技術の高度化とともに避けがたくなる。問われるのは、その情報を何のために収集し、どこに保存し、誰が利用でき、どの条件で国外へ移転できるかである。
ノルウェー軍の事件は、中国製EVだけの問題ではない。世界の自動車産業が直面する、車載データの安全保障という課題を改めて浮き彫りにした。
そして、その課題に対して中国はすでに、個別車両の排除から、データそのものを管理する制度へと政策を発展させている。
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