
日本EpicAI、自動車の設計審査をAIで高速化――FMEA・DRBFMとPLMを連携、開発期間短縮と品質保証の両立へ
[メンバーシップ限定]日本のAIスタートアップ、EpicAIが、自動車メーカーや部品メーカー向けに設計審査を支援するAIエージェント「DR Agent」の展開を進めている。
DR Agentは、製品仕様書を解析し、過去の不具合事例、法規制、業界標準、社内の設計ルールなどを参照しながら、設計上の潜在的なリスクを抽出する仕組みである。自動車産業で利用されるFMEA(故障モード影響解析)やDRBFM(故障モードに基づく設計レビュー)の作成も支援する。
2026年4月に公開された製品紹介では、従来1部品当たり約1週間を要していた設計レビューの工数を大幅に削減することを目指すと説明されている。
中国の自動車メーカーが新車開発の短期化を進めるなか、日本メーカーにとっても、設計品質を維持しながら開発工程を効率化することが課題となっている。
EpicAIの取り組みで注目されるのは、AIを車両の設計そのものに利用するだけでなく、設計内容の妥当性を確認する品質保証工程へ導入しようとしていることである。
設計審査をAIで支援、過去の不具合や設計ルールを横断的に確認
EpicAIが提供するDR Agentは、製造業の設計レビューを支援するAIシステムである。
従来の設計審査では、技術者が仕様書や図面を確認し、設計上の問題がないかを検討する。その際には、製品に適用される法規制や業界標準、社内の設計ルール、過去の不具合事例など、多くの情報を参照する必要がある。
特に自動車では、一つの部品の変更が他の部品や車両全体の機能に影響する可能性がある。
部品の材質、形状、取り付け方法、制御条件などを変更した場合、その変更が耐久性、安全性、製造品質にどのような影響を及ぼすかを確認しなければならない。
DR Agentは、こうした設計審査に必要な情報の確認とリスク抽出をAIで支援する。
公開された製品説明によれば、仕様書を自動解析し、過去の不具合、規制、業界標準、設計ルールに基づいて潜在的なリスクを検出する。
数百の観点から設計内容を確認することで、技術者の経験や知識によって審査内容に差が生じる問題の軽減を目指している。
ただし、公開資料から確認できるのは、設計レビューを支援する機能と、その導入目的である。AIが人間の審査を完全に代替できることまで実証されたわけではない。
FMEAとは何か、故障が起きる前にリスクを洗い出す
DR Agentが支援する主要な業務の一つがFMEAである。
FMEAは、製品や工程で発生する可能性のある故障を事前に想定し、その影響や原因を分析する品質管理手法である。
例えば、EVの電動駆動システムを設計する場合、冷却性能の不足、電気接続部の異常、センサーの故障、制御信号の不具合など、さまざまな故障の可能性を検討する。
そのうえで、故障が発生した場合に車両へどのような影響が及ぶか、どのような条件で発生するか、設計や試験でどのように対策するかを整理する。
FMEAは、実際に不具合が発生してから原因を調べるのではなく、開発段階で問題を予測し、未然に防ぐための手法である。
自動車では安全性と信頼性が重要であるため、こうした分析が開発工程の中で広く利用されている。
しかし、分析対象が複雑になるほど、想定すべき故障の種類や確認事項も増える。
過去の類似製品で発生した不具合や、別の部品で得られた教訓を十分に参照できなければ、重要なリスクを見落とす可能性がある。
EpicAIは、この情報収集と分析の一部をAIで支援し、設計審査に必要な作業を効率化しようとしている。
DRBFMは設計変更に着目、変更が引き起こす不具合を検討
もう一つの対象がDRBFMである。
DRBFMは、設計変更によって生じる可能性のある故障や問題に着目し、関係する技術者が検討する手法である。
新しい部品やシステムを開発する際には、既存製品から変更した部分が重要な検討対象となる。
例えば、EVのバッテリー容量を拡大した場合、電池パックの形状や重量だけでなく、冷却系統、車体への取り付け構造、衝突時の安全性などにも影響する可能性がある。
また、モーターやインバーターの制御方式を変更すれば、発熱、電磁ノイズ、部品の耐久性など、複数の観点から確認が必要になる。
DRBFMでは、こうした変更点を起点として、故障の可能性や影響を検討する。
FMEAが故障の可能性を体系的に分析する手法であるのに対し、DRBFMは設計変更に伴う懸念点を深く検討することに重点を置く。
両者は関連するが、同じ手法ではない。
SAE Internationalが2023年に公表したDRBFMの推奨実務規格「J2886」でも、DRBFMはFMEAを置き換えるものではないと説明されている。
EpicAIのDR Agentは、この二つの品質管理手法を対象としている。
AIが過去の設計変更や不具合の情報を参照し、技術者が検討すべき懸念点を提示できれば、設計審査の準備や情報収集に必要な時間を削減できる可能性がある。
一方、AIが提示した懸念点が技術的に妥当かどうかを判断するには、対象製品の構造や使用条件を理解した技術者による検証が必要となる。
PLMとの連携、設計情報を開発工程全体で活用
EpicAIの取り組みでは、PLMとの連携も重要な要素となっている。
PLMは製品ライフサイクル管理を意味し、製品の企画、設計、開発、生産、保守などに関する情報を管理する仕組みである。
自動車開発では、設計図面、部品仕様、設計変更履歴、試験結果、品質関連文書など、多数の情報が開発工程で利用される。
こうした情報が複数の部門やシステムに分散している場合、技術者は設計審査のたびに必要な資料を探し、内容を確認しなければならない。
AIによる設計審査の効果を高めるには、仕様書だけでなく、設計変更履歴や過去の不具合、関連する品質情報を参照できることが重要になる。
EpicAIは、自動車部品メーカー向けのPLM連携DR Agentを支援事例として紹介している。
この取り組みは、設計審査AIを単独の文書解析ツールとして利用するのではなく、企業が保有する製品開発情報と組み合わせる方向を示している。
ただし、公開資料では、対象企業の具体的なシステム構成や連携範囲、導入後の定量的な効果までは明らかにされていない。
PLMとの連携がどの程度実現しているかについては、今後の実装事例を確認する必要がある。
1部品当たり約1週間、設計レビューの負担を削減へ
2026年4月に掲載されたDR Agentの製品紹介では、従来1部品当たり約1週間かかっていた設計レビューの工数を大幅に削減することを目指すと説明されている。
設計審査では、仕様書を読むだけでなく、関連する規格や過去の不具合を調べ、リスクを整理し、関係者との議論に必要な資料を作成する。
こうした作業は、設計対象が複雑になるほど負担が大きくなる。
AIが関連資料の検索や懸念点の抽出、FMEA・DRBFMの作成支援を担えば、技術者は確認すべき事項の判断や対策の検討に、より多くの時間を使える可能性がある。
ただし、製品紹介にある「1週間」は従来業務の所要時間を説明したものであり、DR Agentの導入によって実際に何時間まで短縮できたかを示す実測値ではない。
また、設計レビューに要する時間は、対象部品の複雑さや設計変更の内容、企業の品質管理体制によって異なる。
そのため、特定の部品で得られた作業時間の短縮効果を、自動車全体の開発期間短縮にそのまま換算することはできない。
設計審査の高速化と品質向上は別の課題
AIによる設計審査で最も重要なのは、作業時間を短縮することと、品質を維持・向上させることを区別する必要がある点である。
例えば、従来100件の懸念点を検討していた業務をAIによって短時間で実施できたとしても、重要な故障リスクを見落としていれば、品質保証上の改善とはいえない。
逆に、AIが大量の懸念点を提示しても、その多くが対象製品に関係のない内容であれば、技術者の確認作業が増える可能性もある。
AIによる設計審査の性能を評価するには、少なくとも次のような観点が必要となる。
重要な故障リスクをどの程度検出できたか
従来の審査で見落としていた懸念点を発見できたか
技術的に不適切な指摘がどの程度発生したか
技術者による確認や修正にどれだけの時間が必要だったか
最終的な設計変更や試験結果にどのような効果があったか
特に自動車の安全関連部品では、AIが提示した分析結果をそのまま採用するのではなく、技術的な根拠を確認する必要がある。
過去の不具合事例に存在しない新しい故障や、複数のシステムが相互に影響する問題についても、AIが適切に検討できるとは限らない。
設計審査AIの実用性は、作業時間だけでなく、こうした品質保証上の性能によって評価されるべきである。
ベテラン技術者の経験を、組織全体で活用できるか
設計審査には、技術者の経験が大きく影響する。
長年の開発経験を持つ技術者は、仕様書だけでは分からない問題や、過去の製品で発生した不具合との類似点に気づくことがある。
一方、経験の浅い技術者が同じ懸念点を発見することは容易ではない。
DR Agentが過去の不具合事例や設計ルールを横断的に参照できれば、個人の経験に依存していた情報の一部を、組織全体で利用できる可能性がある。
これは、設計審査の効率化だけでなく、品質保証に関する知識の継承という観点でも重要である。
ただし、ベテラン技術者が持つ知識のすべてが文書化されているわけではない。
実際の設計審査では、部品の使用環境、製造工程のばらつき、過去の試験で得られた経験など、文書に十分記録されていない情報が判断に影響することもある。
AIが利用できる情報が不十分であれば、分析結果にも限界が生じる。
そのため、設計審査AIの導入では、AIモデルの性能だけでなく、企業が保有する技術情報をどのように整理し、継続的に更新するかも重要な課題となる。