
卓駆、自動運転から「移動Physical AI」へ――130車種超の採用を基盤に、トラック・無人物流・欧州へ拡張
[日刊]中国の自動運転AI企業、卓駆科技(ZYT、旧大疆車載)は、自動運転技術を乗用車から商用トラック、無人物流車、さらにはEmbodied AIへと展開する「移動Physical AI」戦略を明確にした。
2026年10月、シンガポールで開催されたDealStreetAsia主催の「Asia PE-VC Summit 2026」に登壇した沈劭劼CEOが、同社の技術戦略と事業展開について説明した。
すでに卓駆は130車種超で採用が決定し、そのうち60車種超が量産段階に入っている。商用大型トラックでも中国上位6ブランドをカバーし、無人物流や欧州市場への展開を進めているという。
ただし、今回の発信で重要なのは、採用車種数の拡大そのものではない。
卓駆は、乗用車向けに開発した自動運転AIを別の車両へ個別に移植するのではなく、異なる移動体が共通して利用できるAI基盤を構築しようとしている。
その考え方を、沈CEOは「特定の垂直領域の問題を解決するのではなく、特定のデータ形態に属するすべての問題を解決する能力を構築する」と表現した。
自動運転AIの事業範囲を、クルマという製品から、物理世界を移動する機械全般へ広げる構想である。
「一車種一方案」から、移動体共通のAI基盤へ
従来の自動運転システム開発は、車種やメーカーごとの要求に合わせて、個別のソフトウェアや認識・判断システムを構築する形が中心だった。
乗用車と大型トラックでは、車体寸法、運動特性、センサー配置、使用環境、安全要求が異なる。無人物流車やRobotaxiでは、さらに運行条件が変わる。
そのため、ある車種で完成したシステムを、そのまま別の車種へ搭載できるわけではない。
卓駆が目指しているのは、この個別開発の負担を減らすことである。
乗用車、商用トラック、Robovan、Robotaxiなどを別々の市場として扱うだけではなく、物理世界を認識し、移動先を判断し、そこへ到達するという共通課題を持つ移動体として捉える。
その共通部分をAI基盤として構築し、異なる車体や用途へ適用する。
沈CEOは、複数の垂直領域に対応できることに加え、適応コストを低く抑える必要があると強調した。
重要なのは、AIモデルを大規模化すること自体ではない。
新しい車種や用途に展開するたびに、大量のデータ収集やモデル開発を最初からやり直す必要があるなら、共通基盤の経済的な価値は限られる。
既存のAI能力を再利用しながら、異なる移動体へ低コストで適応できるか。
卓駆は、この点を移動Physical AIの競争力として位置付けている。
End-to-End自動運転モデルから、MFMへ
こうした戦略の技術的な中心となるのが、卓駆のネイティブ・マルチモーダル基盤モデル(MFM)である。
同社は従来のエンドツーエンド(E2E)自動運転モデルから、より広い情報を扱うMFMへと技術開発を進めている。
MFMでは、実世界で取得した第一人称視点のセンサーデータに加え、ネットワーク上の情報も組み合わせ、物理世界の認識、理解、意思決定、行動を担う能力を構築する。
ここで重要なのは、AIが扱う対象を自動車の走行場面だけに限定しないことである。
乗用車の前方カメラから見える道路、大型トラックの高い運転席から見える道路、無人物流車が低速で移動する物流拠点では、観測する映像も運動条件も異なる。
しかし、周囲の物体を認識し、その動きを理解し、自らの行動を決定するという基本的な問題には共通部分がある。
卓駆は、その共通部分を基盤モデルに集約しようとしている。
もっとも、同じMFMを利用することと、すべての移動体を同一の制御システムで動かせることは別である。
大型トラックの制動距離や旋回特性、無人物流車の低速走行、乗用車の高速道路走行には、それぞれ固有の制御・安全要件がある。
共通化できるAI能力と、車体ごとに必要な開発・検証をどう切り分けるかが、実用化の鍵になる。
ZYT-Worldは、乗用車データを他の移動体へ転用する基盤
この共通化戦略を支える技術の一つが、卓駆が2026年9月に発表した世界モデル「ZYT-World」である。
ZYT-Worldは、実世界の道路環境を生成するだけでなく、AIの行動に応じて仮想世界を変化させる閉ループ型の世界モデルである。
AIがハンドルを切れば、仮想空間の車両も移動し、その結果として変化した道路環境を再びAIへ入力する。
現実では再現しにくい危険場面や失敗を仮想空間で繰り返し経験させ、強化学習やテスト、検証に利用する。
この技術的な仕組みについては、CHINA CASEが9月23日付で詳しく取り上げた。
今回の沈CEOの説明では、ZYT-Worldが単なるADAS開発ツールではなく、異なる移動体へAI能力を展開するための基盤として位置付けられていることが、より明確になった。
例えば、乗用車で取得した走行データを利用し、仮想カメラの高さや位置、画角を変更することで、大型トラックなど異なる車体から観測したようなデータを生成する。
乗用車と大型トラックでは、同じ道路でも見え方が違う。
従来であれば、トラック側でも大量の実走データを収集する必要がある。
世界モデルによって既存のデータを異なる車体条件へ変換できれば、新しい用途へ展開する際のデータ収集負担を減らせる可能性がある。
つまり、乗用車で蓄積したデータを乗用車だけで使い切るのではなく、トラックや無人物流車のAI開発にも利用する。
さらに、商用車や無人物流車から得られた新しいデータを共通の世界モデルへ戻し、別の用途のAI能力も改善していく。
卓駆が説明する「データの複利効果」とは、こうした循環である。
ただし、異なる車体へデータを変換できることと、その車体での実走試験や安全検証を省略できることは同義ではない。
実際にどれほどの開発期間やコストを削減できるかは、今後の量産案件で確認する必要がある。
130車種超の採用、60車種超が量産へ
卓駆は現在、130車種超で採用が決定し、そのうち60車種超が量産に入っていると説明している。
この数字は、移動Physical AI戦略を考えるうえで重要である。
同社は、まだ商用化されていない汎用AI技術を開発し、その将来用途を探しているだけではない。
すでに多数の量産車へ自動運転技術を供給し、その過程で実走データ、開発工程、量産対応、顧客ごとの要求への適応経験を蓄積している。
これらを、新しい移動体への展開に利用しようとしている。
一方、採用が決定した130車種超のすべてに最新のMFMが搭載されているわけではない。また、採用車種数は実際の搭載車両台数や売上高を示すものでもない。
重要なのは、量産実績を持つ自動運転サプライヤーが、既存の開発資産を再利用できる範囲を広げようとしている点である。