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虫嫌いの俺が、ハエ男に泣き、ハエの女王に同情し、アリに分からせられた話【ヨイとトックのホラー部室 #04】


シネマ先生とトックの映画漫談スピンオフ。

先生は出てこない。トックの大学の先輩・九条 宵(ヨイ)と、トックの2人が、「やる気のない映画サークル」の部室で、ホラー映画をゆるーくだべる場所。

今日はこの3本。
「ザ・フライ」
「フェノミナ」
「フェイズIV 戦慄!昆虫パニック」

先輩と後輩だから、かしこまらない。本音と感覚で語る。
知識は後からついてくる。
どうぞ、部室を覗いていってください。


キャラクター紹介


背中に、いる気がするんすよ

(窓の外で、ジー……と低く蝉の声。ドアが開いて、ヨイが入ってくる)

👻 ヨイ:……なんで雑誌で顔の半分隠してんの。怪しい人みたいだよ。

🎤 トック:(雑誌の陰から)……ヨイせん。今日、俺、たぶんダメな日です。

👻 ヨイ:まだ何も始まってないけど。何があったの。

🎤 トック:これ。本棚にあった古い雑誌。ホラー特集の号で。なんとなくめくってたら、『クリープショー』のページ開いちゃって。

👻 ヨイ:あー、ロメロとスティーヴン・キングの。オムニバスホラーの名作じゃん。なに、それで動悸が?

🎤 トック:最後の話、覚えてます? 潔癖症のおじさんが、部屋中のゴキブリに——

👻 ヨイ:「They're Creeping Up on You!」ね。何千匹に襲われて、ラストは口からも体の中からもブワーッて——

🎤 トック:(雑誌をバサッと閉じる)言わなくていいです!なんでそんな、嬉しそうに。

👻 ヨイ:(涼しい顔でソファに座る)嬉しそうって。事実を述べただけ。

🎤 トック:あれ本物のゴキブリ使ってるって書いてあって。何千匹。本物の。俺、その活字を読んだだけでこう、背筋にね——うわ。今いる。今絶対、背中になんかいる。

👻 ヨイ:いない。

🎤 トック:見てから言ってください。

👻 ヨイ:(雑誌を手に取り、めくりながら)……見た。0.5秒で。いない。

🎤 トック:その0.5秒、信用できないんですよ俺は。

👻 ヨイ:トックさあ。さっきから「いる」「いる」って、それ自分で呼んでるからね。気にすればするほどいる気がする。心霊と一緒。

🎤 トック:……ヨイせんは、ほんとに平気なんすか。ゴキブリ。

👻 ヨイ:平気っていうか。べつに向こうはこっちに用ないし。勝手に生きてるだけじゃん。

🎤 トック:用あるでしょ!こっち来るし!飛ぶし!

👻 ヨイ:飛ぶのは……(一瞬、真顔になる)

🎤 トック:あ。今。今ちょっと真顔になりました。

👻 ヨイ:なってない。

🎤 トック:なりました。0.5秒。俺の0.5秒は信用しないのに、自分は真顔になるじゃないすか。飛ぶのはダメなんすね?

👻 ヨイ:(雑誌で軽くトックの頭をはたく)……話を、変えよう。

🎤 トック:今、確かに弱点を見ました。今日、収穫っす。

👻 ヨイ:(窓の外の蝉の声に耳を傾けて)……ねえ、トック。この蝉の声さ。

🎤 トック:はい。

👻 ヨイ:これ、ホラーにしたら成立するよね。

🎤 トック:また始まった。

👻 ヨイ:夏。部室。ジーって鳴き続ける声。でも外を見ても、蝉の姿はどこにもない。鳴いてるのにいない。タイトル「鳴いてるのに、いない」。

🎤 トック:センスが急に夏休みの読書感想文。

👻 ヨイ:うるさい。じゃあ続編。「鳴いてるのに、いない2」。声がだんだん近づいてくる。

🎤 トック:それはもう普通に怖いやつじゃないすか。やめてください、今日それやめてください。

👻 ヨイ:(笑う)で、テーブルのそれでしょ。今週の。

🎤 トック:(気を取り直して、DVDを3本トントンと並べる)……あ、そうだ。これ観てきました。下調べなし、勘で3本。

👻 ヨイ:(DVDに目を落とす。一瞬、止まる)

🎤 トック『ザ・フライ』『フェノミナ』、あと『フェイズIV』ってやつっす。

👻 ヨイ:(DVDをじっと見る)……トック。

🎤 トック:はい。

👻 ヨイ:あんた、さっきゴキブリで死にかけてたよね。

🎤 トック:死にかけてました。今も背中に意識の3割持ってかれてます。

👻 ヨイこれ、全部虫だよ。

🎤 トック:……はい。

👻 ヨイ:(DVDを1枚ずつ立てていく)ハエ。虫。アリ。役満で虫。

🎤 トック:(自分のDVDを見て)……そうなんすよ。俺なにやってんすか。ゴキブリで瀕死のくせに、自分の手で虫を3本借りてきてる。

👻 ヨイ:(少し笑う)勘で選んでこれ揃えるの、逆に才能だよ。潜在意識が虫に呼ばれてる。

🎤 トック:やめてくださいよ、その読み。一番聞きたくないやつ。

👻 ヨイ:でもね、面白いの。この3本、虫の出方が全部違うんだよ。

🎤 トック:出方。

👻 ヨイ虫に「なる」話と、虫と「話す」話と、虫に「負ける」話。

🎤 トック:……負けましたね。

👻 ヨイ:完敗したよ。人類が。

🎤 トック:そんなホラーあるんだって衝撃だったっす。

👻 ヨイ:それは大トリで。まずはこれ。(『ザ・フライ』を手に取る)あんたの意識が、まだ7割こっちにあるうちに進めよう。


ハエ要素、どこにあるんすか

👻 ヨイ:じゃ『ザ・フライ』から。トック、これ何回観た?

🎤 トック:1回す。1回でもう心に尋常じゃないダメージが残って、2回目を再生する勇気が出なかったっす。

👻 ヨイ:わたしは3回かな。でもこれ、観るたびにしんどくなるタイプ。慣れない。回数こなしても、毎回ちゃんとへこむ。

🎤 トック:毎回観てへこむのに3回観るの、ちょっと業が深くないすか。

👻 ヨイ:(笑う)ホラー好きはだいたい業が深いの。知ってた?

🎤 トック:知ってた。……えーと、一応どんな話か、ちょっとだけ整理させてください。俺も観た直後、混乱したんで。

👻 ヨイ:どうぞ。

🎤 トック:天才科学者の男が、物を瞬間移動させる装置を発明するんすよね。で、自分の体で実験したら、装置の中にハエが1匹紛れ込んでて。人間とハエが合体しちゃう。

👻 ヨイ:そう。1986年、デヴィッド・クローネンバーグ監督。主演はジェフ・ゴールドブラム。最初はイケてる科学者だった男が、だんだん人間でもハエでもない「何か」に変わっていく。恋人の女性記者が、それを、見ていることしかできない。それだけの話。でもそれが地獄なの。

🎤 トック:その「だんだん変わる」のが、ほんとにキツいんすよ。……で、あの、まず言わせてください。これ、タイトル『ザ・フライ』じゃないすか。ハエの。

👻 ヨイ:うん。

🎤 トック最後のあれ、ハエ要素どこすか。

👻 ヨイ:(吹き出す)出た。みんなそれ言う。

🎤 トック:だって!脚は変な方向に増えるし、皮膚は溶けるし、壁は登るし、最後とか、もうハエっていうか……「事故」じゃないすか。生物の、事故。

👻 ヨイ:「生物の事故」、いい表現。

🎤 トック:いや真面目に。ハエってもっとこう、ブーンって飛ぶ、可愛げあるじゃないすか。あれには可愛げが一切ない。昆虫図鑑じゃなくて、保険会社の資料映像なんすよ。

👻 ヨイ:それね、わざとなの。

🎤 トック:わざと?

👻 ヨイ:監督のクローネンバーグが、最初から決めてた。「絶対に巨大なハエにはしない」って。ほら、よくあるじゃん、虫がデカくなって人間を襲うB級。あれを死ぬほど嫌ったの。だから左右非対称で、ハエでも人間でもない、崩れた中間物にした。名前も「ブランドルフライ」。

🎤 トック:なんすかブランドルフライって。

👻 ヨイ:人間の名前セス・ブランドルと、フライ=ハエ。名前まで融合して崩れてる。

🎤 トック:……名前からしてもう取り返しがついてないんすね。

👻 ヨイ:そう。だからトックの「ハエ要素どこ」はその通りなの。あれは「ハエになる映画」じゃない。「人間でもハエでもない何かになっていく映画」だから。

🎤 トック:あれ、きっかけほんとしょうもないっすよね。ハエが1匹、装置に紛れ込んでただけ。

👻 ヨイ:そう。物を瞬間移動させる装置を作って、自分の体で実験して。気づかないまま転送ボタン押して、機械が「人間」と「ハエ」を律儀に1つに混ぜて再構成した。たった1匹のハエとね。

🎤 トック:……それ、しょうもなさすぎません?人類史に残る悲劇が「窓、開けっぱなしだった」レベルの。

👻 ヨイ:しかもね、もっとしょうもないの。彼女と喧嘩して、ヤケになって、酔った勢いで「もういい、自分で試す!」って強行した。

🎤 トック:完全に飲酒実験じゃないすか、あれ。ニュースになるやつっすよ。「酒気帯びテレポートの疑いで逮捕」

👻 ヨイ:(笑う)人類初の飲酒テレポーテーション。

🎤 トック:絶対やったらダメなやつ。教習所でも習いますもん、飲んだら乗るな。

👻 ヨイ:(笑う)出た教習所。まだ通ってんの。

🎤 トック:通ってます。俺の世界まだ半分教習所なんで。……でもこれ、笑えないっすね。冷静だったら絶対やらなかったことを、酔った勢いで一回やっただけで人生が全部終わる。

👻 ヨイ:そこなんだよ。この映画がほんとに怖いのは化け物じゃなくて、そこ。人生ってデカい決断で壊れるんじゃなくて、しょうもない「うっかり」で壊れる。誰の身にも起きうる。

🎤 トック:急に他人事じゃなくなってきた。鍵かけ忘れたくないっす、俺。

👻 ヨイ:でね、ここからがこの映画の本題。セス、最初はめちゃくちゃ喋るの。早口で頭よくて、ちょっと変だけど愛嬌があって。彼女ともちゃんと愛し合える、まともな人間。

🎤 トック:最初はいい人なんすよね。いかにもイケメンエリートって感じの。

👻 ヨイ:それがさ、少しずつ変わる。言葉が減って優しさが消えて衝動だけになっていく。「あ、この人、もう話通じないな」って瞬間がじわじわ来る。

🎤 トック:……。

👻 ヨイ:監督が言っててね。当時エイズの寓話だって読まれたんだけど、本人は「違う、これは病気とか老いそのものの比喩だ」って。

🎤 トック:なんか……急に重くなってきたっす。

👻 ヨイ:そうだよ。自分の体が、言うことをきかなくなる。昨日できたことが、今日できない。自分が自分じゃなくなっていく。……それいつか全員に来るじゃん。

🎤 トック:……ヨイせん。急にリアルな話で攻めて来るの怖いっす。

👻 ヨイ:ま、そんな重い話を、グチャグチャのハエ男に乗せて語るのが、この監督の趣味なわけ。

🎤 トック:趣味がとてつもなく悪いっすわ。特にあのラスト、聞いていいすか。あれがいちばんしんどくて。

👻 ヨイ:うん。

🎤 トック:完全に化け物になって、最後自分で銃を持って、彼女に……。

👻 ヨイ:自分の頭に銃口を当てて。もう喋れないから無言で。「引いてくれ」って。

🎤 トック:……自分に人間の部分が残っている内に——

👻 ヨイ:終わらせてほしかった。「俺を、まだ俺であるうちに、人間として終わらせてくれ」っていう、お願い。慈悲、殺し。

🎤 トック:……俺、泣きはしなかったんすけど。観終わってしばらくソファから立てなかったっす。

👻 ヨイ:それが正解。泣くより立てなくなる方が、この映画には正しいと思う。立てなくなったあんたはちゃんと観た。

🎤 トック:この監督、他もこういうの撮ってるんすか。

👻 ヨイ:(少し前のめり)あー……これ聞いちゃう?いいの?長くなるよ?

🎤 トック:あ、スイッチ入れちゃいました?なんか前のめりになった。

👻 ヨイ:クローネンバーグってこのテーマから離れられない人なの。「自分の体に異物が入り込んで一体化していく」話。他の作品もあるけど、ほんとにこのテーマはライフワーク。『ヴィデオドローム』はお腹にビデオデッキの差込口ができるし『イグジステンズ』は背骨に生体ゲーム機ぶっ刺すし―—

🎤 トック:もう早口なんすけど。

👻 ヨイ:で、『クラッシュ』はその異物融合による究極の倒錯だと思ってるのよ。車と自分が一体化して交通事故でエクスタシーを感じる人たちの―—

🎤 トック:もうおなかいっぱいっすわ。なんすか交通事故でエクスタシーって。どこまで連れて行くんすか俺を。

👻 ヨイ:しかもあの人さ、毎回「うわ最悪」ってなる方向に人体を進化させるの。普通のSFって「人類の未来!」ってやるじゃん。クローネンバーグだけ「未来の内臓!」なの。

🎤 トック:確かに未来の内臓っすわ。最後のアレ。

👻 ヨイ:とにかくあの人ね、対象がなんであろうと関係ないの。テレビでもゲーム機でも車でもハエでも、全部おんなじ。「自分の体が別の何かと混ざって、自分を裏切っていく」話しが大好物なの。一生それ。一生それなんだよ、この人は——

🎤 トック:熱いっす。よっぽど好きなんすね、クローネンバーグ。

👻 ヨイ:(咳払い)……で。ザ・フライは、その「身体が裏切る」シリーズの中でも、いちばん切ない到達点。それだけ覚えて帰って。

🎤 トック:他に、変な雑学あります?ヨイせんの変な雑学、嫌いじゃないんで。

👻 ヨイ:(にやり)じゃあ一個。この映画ね、22年後に、オペラになってる。

🎤 トック:……オペラ。あの、ブワーって歌う?

👻 ヨイ:そう。劇場で、フルオーケストラでハエ男が歌う。しかも指揮がクラシック界の超大物プラシド・ドミンゴ。作曲は映画と同じ、ハワード・ショア。この人『ロード・オブ・ザ・リング』の音楽の人でもあるの。演出はクローネンバーグ本人。チーム再結成。

🎤 トック:あのグチャグチャがそんな豪華メンバーで再結成されるの、字面がもう面白いっす。

👻 ヨイ:でね、笑うのが、オペラでもちゃんと冒頭でヒヒをテレポートさせて、死体にするの。グロは死守。

🎤 トック:(笑う)こだわりがおかしい。

👻 ヨイ:(笑う)批評はボロクソだったけどね。でも、考えてみてよ。劇場で観客が気分悪くなって帰ったようなグロ映画が、22年かけて、世界最高峰の芸術の殿堂まで、上り詰めたんだよ。

🎤 トック:ハエ男の、立身出世物語。

👻 ヨイ:泣ける、成り上がりでしょ。

🎤 トック:あと、これリメイクなんすよね?元は知らないんすよ。

👻 ヨイ:そう。元は1958年の『ハエ男の恐怖』。これも名作だよ。で、ヴィンセント・プライスっていう超有名なホラー俳優が出てて。86年版のゴールドブラム——新しい主演ね——が、プライスに手紙を書いたの。「あなたの旧版を愛していたのと同じくらい、僕らの新版も気に入ってもらえますように」って。

🎤 トック:礼儀正しい、ハエ男。

👻 ヨイ:プライスの返事が渋くてさ。「ある時点までは素晴らしかった。……ちょっと、やりすぎたね」って。

🎤 トック:(笑う)後半の生物事故、無理だったんすね。

👻 ヨイ:世代を越えた、ハエ男から、先輩ハエ男への、粋な挨拶。

🎤 トック:筋を通す、ハエ男。


ウジ虫プール、チョコだったんすか

👻 ヨイ:で、次は真逆。「虫と話せちゃう」話。『フェノミナ』

🎤 トック:ヨイせん、これ何回観てます?

👻 ヨイ:……これは数えるのやめた。好きすぎる映画は回数を数えなくなるの。これはわたしのその枠。

🎤 トック:出た殿堂入り枠。でも確かに面白いっすこれ。ただ、情報が渋滞しすぎてて。14歳の女の子が転校してきて、虫とテレパシーで通じて、で、学校で連続殺人が起きてて……要素、多すぎないすか。

👻 ヨイ:(笑う)多い多い。その「虫と通じる女の子が、虫の力で連続殺人犯を追う」っていうのが、話の中心。1985年、舞台はスイスの寄宿学校。監督はダリオ・アルジェント。イタリアン・ホラーの巨匠。

🎤 トック:サスペリアの人っすよね。サスペリアはジャケ見て観ちゃいけない映画な気がして観れてないです。原色と禍々しさが独特で。たぶん俺、やられる。

👻 ヨイ:禍々しいの正解。でもねトック、この人ちょっとヤバいの。

🎤 トック:巨匠の「ヤバい」、いい意味すか、悪い意味すか。

👻 ヨイ:両方。本人が公言してるの。「美しい女性が殺されるところを見るほうが、不細工な女や男が殺されるより好きだ。これについて誰にも弁解する気はない」って。

🎤 トック:……うわぁ。それ、口に出したらダメな部類のやつでは。

👻 ヨイ:インタビューでこれ言って、記者が途中で席を立って帰っちゃったこともあるって本人が認めてる。あと「殺しのシーンは私がいちばん上手く演じられる」って豪語してる。実際に他の作品で演じてるシーンもある。

🎤 トック:いやもう、映画撮ってなかったら、ただの危険人物っすよ。なんなんすか。さっきのクローネンバーグといい、ホラー映画の監督キャラ濃すぎなんすよ。

👻 ヨイ:なかでもアルジェントは特濃だね。でも……殺しを誰よりも美しく、残酷に、印象的に撮る。だから「作家」なんだよ。

🎤 トック:……紙一重っすね。表と裏が。

👻 ヨイ:(笑う)そう。無自覚なら治るかもしれないけど、自覚しててやってるから。タチ悪いのよ。例えばさ、最初に首を切られて死ぬ女の子いるじゃん。

🎤 トック:いました。掴みで死ぬ人。

👻 ヨイあれ、アルジェントの、実の娘。

🎤 トック:……自分の娘を、冒頭で、首を?

👻 ヨイ:画面で、父親が、実の娘の首を。

🎤 トック:家族会議開かれなかったんすか?「お父さんなんで私の首切るの」って。

👻 ヨイ:(笑う)アルジェント家、みんな映画に出てるからね。もう一人の娘も女優でそっの方が有名。一族で「殺す・殺される」やってる。別の作品で娘のレイプシーンも撮ったりしてる。

🎤 トック:どうなってんだアルジェント家。あ、でも流石に一個、許せないシーンあって。終盤、ジェニファーがウジ虫だらけのプールに落ちるやつ。

👻 ヨイ:来たね。みんなそこで止まる。

🎤 トック:あれ児童虐待じゃないすか。本物のウジ虫の中で、あんな可愛い中学生くらいの女の子を泳がせて。監督捕まらなかったんすか。

👻 ヨイ:そこがね、上手いの。あのプール無害なんだよ。

🎤 トック:無害?あんなにウジ虫がウヨウヨしてたのに?

👻 ヨイ:あれはね、バーミキュライトっていう園芸用の土みたいな鉱物。あれを水に入れて、液体チョコレートとミントエッセンス混ぜて「ウジ虫っぽく」見せてる。

🎤 トック:チョコ……?じゃああの子、ミントチョコの匂いの中で半泣きで熱演してたんすか?

👻 ヨイ:(笑う)たぶんね。スイス感あるでしょ、ミントチョコ。

🎤 トック:場所スイスだ!合ってる!合ってるけど、絵面が地獄なのに匂いが甘い、そんなシーンだったんすか。

👻 ヨイ:(笑う)でね、それだけだと嘘くさいでしょ。チョコの土だけだと。だから——本物のウジ虫を別撮りで、アップでだけ撮るの。本物がウヨウヨしてるカットだけこう、ピンポイントで挟む。

🎤 トック:あ、分けてんだ。

👻 ヨイ:引きのプールは作り物、寄りのアップは本物。それを編集でパッパッて繋ぐと、観てる側の脳が、勝手に「虫の海でもがいてる!」って、完成させる。

🎤 トック:完全に騙されたっす……てかそれ、観客の想像力を利用した虫の水増しじゃないすか。

👻 ヨイ:(笑う)期間限定、200%増量ウジ虫。でも正解。CGなんかない時代だからね。嘘と本物を貼り合わせて脳をだます。技あり、だよね。

🎤 トック:さっきの「捕まるやつ」が、急に職人技に見えてきた。

👻 ヨイ:そうやってころっと騙されるのが観客なの。あ、でもプール以外はガチで本物の虫だらけだよ。この映画、予算の大半を生きた虫に突っ込んでるの。

🎤 トック:何匹くらいすか。

👻 ヨイ:一説によると600万匹。

🎤 トック:600万!?桁、合ってます?

👻 ヨイ:合ってる。サソリとクモはアフリカから輸入して、ハエとイナゴと蜂はローマで自前で繁殖させたの。専用の虫牧場。

🎤 トック:虫牧場……。予算会議、どんな空気だったんすか。「虫に、いきます」「いくら?」「600万匹ぶん」みたいな。

👻 ヨイ:(笑う)通したのがすごいよね。あとね、車椅子の昆虫学者の老人が出てくるんだけど、これがドナルド・プレザンス。

🎤 トック:なんかYouTubeで見たことあるっす。

👻 ヨイ:『ハロウィン』のルーミス医師の人ね。ホラー好きが「あっ」てなる配役。で、その学者の助手が、チンパンジーだったでしょ。

🎤 トック:あれ最後、とんでもないことした猿。ヨイせん。ラスト、俺、唐突すぎて笑っちゃったんすよ。

👻 ヨイ:(にやり)どこ。

🎤 トック:まずジェニファーのお父さんの弁護士。あれずーっと意味深に引っ張るじゃないすか。「迎えに来る」「もうすぐ来る」って。で、やっと来た。来た瞬間に首跳ね飛ばされるんすよ。

👻 ヨイ:(笑う)そう。やっと来た救いが、登場したその一瞬で消える。

🎤 トック:引っ張った意味全然ないんすよ。こっちも「やっと助かる」って思った瞬間に、ナシ。この展開どっかで観たなって、アレだ、シャイニングのコックのおじさん。

👻 ヨイ:嫌な名作の接続の仕方。そうね、アルジェント、救いを見せてすぐ取り上げるの、好きなんだよ。で、そのあとが本番。

🎤 トック:そこっすわ。ジェニファー絶体絶命。犯人に「呼んでみなさいよ!」ってタンカ切られるんすよ。虫を。

👻 ヨイ:「お前の虫で、助けてもらえばいい」って、挑発するのね。

🎤 トック:で、こっちは当然「来るぞ、虫の大群がブワーッと来るぞ」って、身構えるじゃないすか。ハエ来い!って。虫使いの女の子の話なんだから。

👻 ヨイ:身構えるよね。

🎤 トック来たの、猿なんすよ。カミソリ持った。しかもあの猿「待たせたな」みたいな顔して来るじゃないすか。

👻 ヨイ:(笑う)完全に助っ人ヒーローの入り方。

🎤 トック:これまで積み上げてきた虫映画の文法ガン無視して、意識の完全に外から来るんすよ。「そっちかい!」って。なんでヨイせん、アルジェントはあそこで虫じゃなくて猿にしたんすか。

👻 ヨイ:さあ?

🎤 トック:ヨイせんも分かんないやつ?

👻 ヨイ:アルジェントはそういう人なんだよ。「お前ら虫が来ると思ってるだろ。来ないよ。猿だよ」って。意地悪なの。でもね、トック。よく考えて。あの猿、誰の猿だった?

🎤 トック:……マクレガー教授の。あの車椅子の。

👻 ヨイ:で、ジェニファー、その教授ともその猿とも、心を通わせてたでしょ。

🎤 トック:……あ。

👻 ヨイ:唐突に見えて、唐突じゃないの。ジェニファーは、虫と通じて猿とも通じてた。だから最後に助けに来たのは彼女が「通じ合えた者」なんだよ。たまたまそれが虫じゃなくて、猿だっただけ。

🎤 トック:……通じ合えた者が助けに来る。虫でも、猿でも。

👻 ヨイ:そう。予想は外すけど、筋は通ってる。ただね、この猿実際は……。

🎤 トック:なんかあったんすか?

👻 ヨイラストシーン撮ってる時に、ジェニファーの指噛みちぎっちゃったの。

🎤 トック:全然通じあえてない(笑)

👻 ヨイ:現実は厳しいのよ。病院でくっつけに行くくらいの大事故。

🎤 トック:なんかこの映画、演じてるジェニファーの方にも同情しちゃう。その後どうなったんすか。順当に考えると、闇深そうっすけど。

👻 ヨイ:(にやり)……オスカー、獲ってる。

🎤 トック:え。

👻 ヨイジェニファー・コネリー。後に『ビューティフル・マインド』で、アカデミー賞。

🎤 トック:あの、ウジ虫プールで泳がされてた子が!?

👻 ヨイ:その前に『レクイエム・フォー・ドリーム』っていう、観たら3日は寝込む薬物の映画があって。そこで完全に化けたの。

🎤 トック:レクイエム、知ってます!ネットで「人生で一度は観ろ、でも二度は観るな」って言われてるやつ!あれの人なんすか!?

👻 ヨイ:そう。でね、ちょっと考えてみて。この人、ずーっと「沈む役」なんだよ。

🎤 トック:沈む?

👻 ヨイ:14歳で、ウジ虫の海に沈む。その後しばらく「脱ぐ役」「お色気要員」って消費されて、批評家に「才能の無駄遣い」って、何年も言われ続けて。で、30歳で薬物の地獄に沈みきって——その次でようやくオスカー。

🎤 トック:……沈んで、沈んで、沈みきったところで、評価されたんすね。

👻 ヨイ清純な顔立ちで沈むギャップが凄いんだよね。背徳感すらある、沈んでいくのがいちばん上手い女優。

🎤 トック:そのイメージついたの、完全にアルジェントのせいじゃないすか。ウジ虫まみれで沈んでる姿が良かったから!みたいな。

👻 ヨイ:せいというか、おかげというか(笑う)。ラストシーンに話を戻すと、あの猿はホラー史上、いちばん唐突な助っ人。覚えといて。こまったら、猿。

🎤 トック:「こまったら猿」、人生の教訓みたいに言わないでください。使いどころ、ないっすよ。

👻 ヨイ:(手を軽く上げて)こまったら——

🎤 トック:(つられて手を上げかけ、止める)……乗らないっすよ、それは。てか手どうしたらいいんすか。初めてなんすけど、こまったら猿。

👻 ヨイ:(笑う)ノリ悪いなあ。

🎤 トック:「こまったら猿」を部室の合言葉にされたら、俺、来年困るんで。

👻 ヨイ:部室の新しい標語にしよう。筆で書いて壁に張っといてよ。こまったら猿。

🎤 トック:どんな映画サークルすか。あと印象に残ったのクライマックスの前、大量のハエ。映画文法が正しい方。

👻 ヨイ:正しい方ね。虫呼ぶよね。

🎤 トック:奇形の顔が崩れた殺人鬼の息子に、ボートで襲われて。で、あの子がハエの大群をブワーッて召喚して、全身を覆わせて湖に落とすんすよ。何千匹のハエで殺人鬼を倒す。

👻 ヨイ:あのハエ、ジェニファーの「恐怖」に引き寄せられて集まってくるの。

🎤 トック:恐怖に。

👻 ヨイ:怖い、助けて、って気持ちが虫に伝わる。彼女、虫と意思疎通できるの。テレパシーみたいに。学校でいじめられた時も、無意識にハエの大群呼んじゃって、校舎まるごと覆っちゃう。

🎤 トック:……それ、なんか、絵面が神々しいような、こわいような。

👻 ヨイ:そこなんだよ。わたしね、ジェニファーのこと、ずっと「キレイなベルゼブブ」だと思ってるの。

🎤 トック:ベルゼ……?

👻 ヨイ:ベルゼブブ。聞いたことない?悪魔の名前。別名が、「蝿の王」。Lord of the Flies。ハエを、従える、魔神。

🎤 トック:ハエの、王。……あ、それ、まさに、ジェニファーじゃないすか。

👻 ヨイ:でしょ。何千匹のハエを意のままに操って敵を倒す。それもう、蝿の王の力なの。なのに演じてるのは、14歳の天使みたいに可憐なジェニファー・コネリー。

🎤 トック:可憐な顔して、中身は悪魔の称号。

👻 ヨイ:そう。アルジェントが狙ってそう造形したかは、わたしは知らない。でも、わたしにはそう見える。美しい少女の姿をした蝿の王。可憐さと魔性が同じ顔に乗ってる。それがジェニファーのこわさで、美しさ。

👻 ヨイ:(笑う)……あとね、これ言わせて。そのジェニファーの幻想的な美しさと怖さを音楽が表してる。

🎤 トック:アーアーみたいなオペラっぽい歌、流れますよね。凄く耳に残る。

👻 ヨイそれがアルジェントの盟友、ゴブリン。プログレッシブ・ロック。『サスペリア』とか『ディープ・レッド』でもあの夢の中で鳴ってるみたいな、ねっとり幻想的な音を出す。

🎤 トック:怖いんだけどキレイって思っちゃうんすよね。

👻 ヨイ:いいセンス。でもね、フェノミナはもう一個あるの。

🎤 トック:もう一個?

👻 ヨイ:そのゴブリン系の幻想的な劇伴の中に、いきなり、アイアン・メイデンが、ぶち込まれるの。ガチのメタルが。

🎤 トック:あ、それ気づきました。急にギンギンのやつ鳴るとこありましたね。ジャンル混ざってるなって。

👻 ヨイ:混ざってる。当時の批評家は「メタルが浮いてる」ってボロクソだった。夢みたいな映像にギンギンのメタルって、確かにミスマッチに聞こえるから。

🎤 トック:でも、ヨイせんは好きなんすよね。その顔は。

👻 ヨイ:(笑う)好き。でね、これ、よく聴くとちゃんと鳴り分けてるの。メタルが鳴るのどこだったか覚えてる?

🎤 トック:……あー、なんか走ってる時。逃げる時。脱出するとことか。

👻 ヨイ:そう。メタルは、脱出シーンと、現実のシーン。心臓がバクバクして、アドレナリンが出てる、肉体が動いてる瞬間。逆に、ゴブリンの幻想的な音は、彼女が虫と通じてる時。夢うつつで、世界と溶け合ってる時間。

🎤 トック:……あ。プログレが「夢」で、メタルが「肉体」。

👻 ヨイ:そう。眠りと、覚醒。夢と現実を行き来する女の子の映画だから、音楽も2種類いるの。ねっとりした夢の音と、心拍数を上げる現実の音。だから浮いてるんじゃなくて、振り分けてる。

🎤 トック:じゃあアルジェント、わざとプログレからメタルに足を伸ばしたんすね。夢パートと現実パートで、楽器ごと変えるみたいに。

👻 ヨイ:わたしはそう聴いてる。幻想だけじゃ、彼女が「走って、生き延びる」現実の生々しさが出ない。だからメタルがいる。当時は理解されなかったけど、今のファンには、そこが最高。時代が、音楽に追いついた。

🎤 トック:ミスマッチじゃなくて、二人羽織だったんすね。

👻 ヨイ:(笑う)いい言い方。

🎤 トック:……でもヨイせん。さっきの話、俺、なんかちょっと、可哀想な気もするんすよ。ジェニファー。

👻 ヨイ:(少し意外そうに)可哀想?

🎤 トック:だって、蝿の王とか悪魔の称号とか、すごい力持ってるじゃないすか。何千匹のハエを意のままに。でもそれって、結局……人間の友達はいなかった、ってことっすよね。学校でも浮いてて。いじめられてて。

👻 ヨイ:(少し黙る)……うん。

🎤 トック:すごい力があるのに、っていうか、すごい力があるから、余計に独りな気がして。なんか同情しちゃうっす。

👻 ヨイ:トックは優しいね。力があるから独りになる。そうかもしれない。

🎤 トック:……あと、さっきのザ・フライと逆じゃないすか。

👻 ヨイ:(少し笑って、うなずく)……来た。それ、わたしも言いたかった。

🎤 トック:ザ・フライのセスはハエと混ざったのに。混ざったからだんだん人と話が通じなくなって、化け物になってくじゃないすか。

👻 ヨイ:そう。同じハエなんだよ。

🎤 トック:フェノミナの子は、ハエと混ざってないのに、ハエと通じて。ザ・フライの男は、ハエと混ざったのに、誰とも通じなくなる。

👻 ヨイ:きれいな、鏡。混ざらないで通じる女と、混ざって通じなくなる男。イタリアのアルジェントとアメリカのクローネンバーグ、フェノミナは1985年、ザ・フライは1986年。別の国で、同じ時代に、同じ「ハエと人間」で、真逆のことやってる。……っていうかさ。ジェニファーが、ハエを従える「蝿の王」だとしたら。

🎤 トック:セスは。

👻 ヨイ:ハエに堕ちた、ただの人間。同じハエを前にして、君臨する少女と堕ちていく男。並べるともう神話だよ。

🎤 トック:……これ、3本並べた意味、出てきましたね。

👻 ヨイ:(嬉しそうに)出てきた。トックの勘、やっぱりいいんだよ。

(窓の外で蝉が一段大きく鳴く。ジリジリと部室に染み込んでくる)

🎤 トック:……うわ、急に、蝉近くないすか。

👻 ヨイ:(外に目をやる)……鳴いてるね。でも姿は見えない。

🎤 トック:さっきのやつ蒸し返さないでくださいよ。「鳴いてるのに、いない」。

👻 ヨイ:(笑う)……ま、次いこ。最後の1本。これも、姿の見えないやつの話。


本物は、アリだけなんすか

🎤 トック:で、ラス1。さっきから予告してる「人間が虫に負ける」やつ。

👻 ヨイ:『フェイズIV』これがね、いちばんヤバい。……っていうか、いちばん、静かにヤバい。

🎤 トック:静かにヤバいって、どういうジャンルすか。

👻 ヨイ観終わったあと、誰かに「で、どうだった?」って聞かれても、すぐ言葉が出ないタイプの、ヤバさ。

🎤 トック:(DVDを受け取り)……何回観てます?

👻 ヨイ:1回。

🎤 トック:意外。好きじゃないんすか?

👻 ヨイ:違う。1回で、おなかいっぱいになる映画なの。1回観たら、全部、脳に焼き付いて、もう一回観る必要が、ない。そういう枠。

🎤 トック:今日、枠の話、3種類とも出ましたね。殿堂入りと、立てなくなるやつと、1回で満腹。

👻 ヨイ:(笑う)映画ごとに、距離が違うんだよ、わたし。

🎤 トック:これ、観たんすけど、正直、途中から「???」ってなって。アリが、なんか、砂漠でデカい塔みたいの建て始めて、科学者がそれをドームから観察してて……で、最後、人間、完膚なきまでに完敗。

👻 ヨイ:勝ってない。完敗。そこがこの映画の肝。1974年の映画でね。アリゾナの砂漠で、ある日突然、アリが集合知性を持つの。一匹一匹じゃなくて、群れ全体で、ひとつの巨大な頭脳になる。それを調べに来た科学者が、最後、アリの「進化計画」に、取り込まれる。

🎤 トック:いつのまにかアリに体作り変えられてるんすよ。もうぞっとして「アリが何を企んでるのか分からない、私はただ指示を待ってる」みたいな、負けを認めて終わる。モンスターパニックなのに?

👻 ヨイ:そう。普通こういう映画って、最後は人間が一発逆転して、巣に火炎放射器ぶち込んで「ヒャッホー!」で終わるじゃん。

🎤 トック:終わりますね。だいたい爆発で。

👻 ヨイ:これはしない。爆発も逆転もない。ただ、静かに負ける。モンスターパニックの皮をかぶった、人類の敗北宣言なの。

🎤 トック:でも観てて思ったんすけど。アリって別に悪いやつって感じ、しなかったんすよ。人間襲ってるはずなのに。

👻 ヨイ:そこ気づいた?そうなの。アリには悪意がないの。

🎤 トック:確かに。あれは悪意じゃない。めちゃくちゃ頭のいい何かが俺らの知らないところで作戦練って、それ通りに動いてる感がするんすよ。

👻 ヨイ:そう、タスク、作業に近い。怒ってもないし、憎んでもないし、人間を苦しめて楽しんでるわけでもない。ただ淡々と、次の進化の段階を作ってるだけ。事務的に。その過程で今の人間が邪魔になっただけ。

🎤 トック:……それ、逆にいちばん怖いやつじゃないすか。

👻 ヨイ:いちばん怖い。アリには理由——っていうか、感情がない。アリは「無関心に」人類を超えていく。こっちの感情が一切通じない。

🎤 トック:……このアリ、本物すか?めちゃくちゃ知性があるように見えたんすよ。アリなのに。

👻 ヨイ:本物。トックの言う通り、批評家が言ったのは「この映画でいちばん感情移入できる登場人物は、しゃべれない、体長12ミリの、アリだ」って。撮影した人が、種類の違うアリを、撮り分けてるの。だから観客が「あ、このアリ、さっき出てきた、あのアリだ」って、キャラとして識別できる。アリに、ドラマがある。

🎤 トック:人間より、アリに、感情移入……。

👻 ヨイ:さあ、白状しようか。トックならしたよね?

🎤 トック:なんすかいきなり(笑)。……いや、うん、したっす……。

👻 ヨイ:やっぱり。

🎤 トック:いや、聞いてくださいよ。アリと人間の静かな戦いが始まるじゃないすか。まず人間側が先制攻撃でアリタワーの一つを爆破する。報復でアリが何したかって、発電機を無数の仲間で覆ってショートさせるんすよ。自分たちの命を捨てて電気止めに来る。怖すぎる。

👻 ヨイ:人間にはできないよね。簡単に命捨てれないもん。

🎤 トック:で、人間側は予備電源でなんとかするんすけど、そのままじゃダメだって、伝家の宝刀、殺虫剤を撒くんすよ。発電機のアリたちみんな死んじゃう。ただ一人のアリを除いて。

👻 ヨイ:一匹ね。

🎤 トック:その一匹が殺虫剤の塊を命のリレーで女王アリまでつなぐんすよ。途中で何匹も力尽きながら運んでいく。それで女王アリが殺虫剤に耐性のあるアリを産む。もうこの時点で人類やばい感が出る。

👻 ヨイ:これ勝てるの?って思うよね。

🎤 トック:人間もがんばる。アリが出してる音に注目して大音響で攻撃してタワー破壊する。全面戦争っすわ。アリ、今度はクーラー狙ってくるんすよ。暑さで殺しに来る。人間側もカマキリ仕掛けてるんすけど、アリが逆にそのカマキリを利用してショートさせる。

👻 ヨイ完全に知性で人間を上回ってるんだよ。それが絶望的に怖い。

🎤 トック:てか、俺、人間チーム応援できなくなってたんすよ、途中から。こりゃ勝てねーわって正直諦めたんす。蟻は自分を犠牲にしてでも種が最優先。人間だったら、会議でまず揉めるじゃないすか。「責任の所在が〜」とか始まる。でもアリ、もう即、種のために死ぬんすよ。おまけに人間より上の知性がある。勝てるわけない。

👻 ヨイ:(笑う)急に会社員みたいな絶望を語る。でも、トック、人間でしょ。

🎤 トック:もう半分アリ側っすわ。

👻 ヨイ:この映画の魔力、それなの。気づいたら観客がアリ側に立ってる。でね、これ1974年の映画なんだけど。今観るとほんとに、ゾッとする理由があって。

🎤 トック:なんすか。

👻 ヨイ:「群れの知性」ってテーマ。一匹一匹はなんにも考えてない。なのに全体としては超・知的に動く。

🎤 トック:……それって。

👻 ヨイ:今でいう、AIとか、SNSのアルゴリズムとか、群衆の動きとか。「誰も指揮してないのに、全体が勝手に賢く動いてしまう」恐怖。1974年にそれを描いてたの。

🎤 トック:50年前に、それを、アリで……。

👻 ヨイ:先を行きすぎてたの。だから当時は誰にも理解されなくて、コケた。早すぎた予言ってだいたいその時はバカにされる。

🎤 トック:……ヨイせん、この映画で人間は高度な知能を持ったアリに負けたっすよね?AIってどうなんだろう。今なら電源を落とせば勝てる。でも、もしその問題をクリアできる自律型のAIが現れたりしたら。それがロボットに搭載されていたりしたら?人間って、AIに勝てるんすかね……。

👻 ヨイ:…………。

🎤 トック:危険な問い、でしたか。

👻 ヨイ:とってもね。私たちにとっても。ホラー部室はメタるの禁止だよ。

🎤 トック:了解っす……あ。ヨイせん。俺、今思い出したんすけど。

👻 ヨイ:ん。

🎤 トックハンター×ハンターのキメラアント編。

👻 ヨイ:(少し笑う)……来ると思った。

🎤 トック:いや、めっちゃ近くないすか。アリから生まれた化け物が群れで知性持って、人間より強くて。人間をこう、食料とか駒として見てて。王がどんどん人間を超えていって。

👻 ヨイ:近い。すごく近い。……あのね、ハッキリ言っとくと、フェイズIVがキメラアント編の元ネタだ、っていう証拠は、わたしは知らない。冨樫先生が「観た」って言ってるわけでもない。

🎤 トック:あ、そこは断定しないんすね。

👻 ヨイ:しない。でも、「アリが人類より上位の種になる」っていう、いちばん怖い骨格は似てる。1974年にソール・バスが砂漠で撮ったものを、何十年も後に、少年漫画がものすごいスケールで描き直した。

🎤 トック:直接つながってなくても、同じ怪物が別の時代にまた出てきた。

👻 ヨイ:(うなずく)そう。前に車の回でも言ったけど。同じ恐怖って、別の人間の頭に勝手にまた生まれるの。だからハンター好きな人は、めちゃくちゃ入りやすいと思う。「あ、キメラアントのご先祖だ」って。

🎤 トック:逆にこれ観てからハンター読むと、メルエムがアリ側の進化の続きに見えるかもっすね。

👻 ヨイ:(少し嬉しそうに)……トック、いい目線。そういう観方ができるならもうこっち側だよ。

🎤 トック:もうどっち側にいるのか自分でも分かんないっす(笑)。で、気になったの監督っす。他にどんなの撮ってるんだろう?って。有名な人なんすか。

👻 ヨイ:(前のめり)これがね、めちゃくちゃ面白いの。ソール・バスっていう人。

🎤 トック:知らないっす。

👻 ヨイ:いやトックも絶対観たことある。この人、映画の「オープニングのタイトル映像」っていうものを、発明した人なの。『サイコ』とか『めまい』とか、ヒッチコックの映画のあの有名なオープニング、全部この人。後年だとスコセッシの『グッドフェローズ』とか『カジノ』も。映画が始まる前の、あの数十秒。あれを「芸術」にした、最初の人。

🎤 トック:オープニングだけで、映画史に名前が残ってる人なんすね。

👻 ヨイ:タイトルデザインの、神様。……でね、ここからが本題。その「タイトルの神様」が、人生で一本だけ監督した映画——この『フェイズIV』。オープニングのタイトルクレジット、ないの。

🎤 トック:……え?

👻 ヨイ:本編にタイトル映像がない。しかも、劇場ポスターのデザインにもノータッチ。

🎤 トック:タイトルの神様の、唯一の監督作に、タイトルがない……?

👻 ヨイ:人を輝かせるのが一生の仕事だった人が、いざ自分が主役の番になったら、自分の名前を、出さなかった。

🎤 トック:……うわ。なんすかそれ。その一個の事実だけで、なんか、その人のこと、好きになっちゃうじゃないすか。

👻 ヨイ:(少し笑う)でしょ。わたしも、そこで好きになった。しかもこの人、AT&T——アメリカのデカい電話会社ね——あの鐘のマークのロゴを作ったの。ユナイテッド航空のロゴも。世界中の人が毎日目にしてるデザインを作った人が、人類が静かに滅ぶアリ映画をたった一本だけ撮って、二度と監督しなかった。

🎤 トック:それ聞くと凄くロマン感じるっす。普段、クライアントの意向で物作ってて、自分の世界をどうしても撮りたかったような。

👻 ヨイ:ロマンだよね。

🎤 トック:でも、さっきのラスト怖かったんすけど、正直ちょっと消化不良だったんすよ。「アリは何考えてるんだろう」でふわっと終わるの。その先どうなったんだろうって。

👻 ヨイ:(うなずく)……それ。よく気づいた。本当のラストは全然違ったの。

🎤 トック:えー!違ったんすか?

👻 ヨイ:バスが本来用意してたラストは、4分間の幻覚みたいなモンタージュ。人類とアリが融合した「新しい世界」のイメージ。迷路を走る男女、燃える指、改造されて人間じゃなくなった人間たち、そして——アリが人間を蝶の標本みたいにずらっと並べてる映像。

🎤 トック:うわ、こわ。一気に、こわ。

👻 ヨイ:めちゃくちゃ前衛的で、美しくて、怖い。『2001年宇宙の旅』のラストに匹敵するって言われてる。

🎤 トック:それは、観たいっす。普通に。絶対そっちの方がいいっすよ。

👻 ヨイ:でしょ。……でもね。配給会社のパラマウントが公開直前にそれを丸ごとカットしたの。「客が、意味分かんないだろ」って。

🎤 トック:えー!神が撮ったのに?

👻 ヨイ:神が4分かけて撮った魂を、会社がハサミでジョキッと。バスがその後二度と長編を撮らなかったのは、この経験が辛すぎたからだとも言われてる。

🎤 トック:……一本しか撮ってないの、そういう理由なんすか。切なすぎません?その幻のラスト、もう誰も観れないんすか。

👻 ヨイ:それがね。

🎤 トック:……それが?

👻 ヨイ:彼の死後——2012年に見つかったの。アカデミー・フィルム・アーカイブっていう、映画を保存する機関に眠ってたバスの資料の中から、色褪せた一本のフィルムが出てきた。テスト試写用のプリント。……半世紀ぶりに幻のラストが日の目を見たの。私たちも観ることができる。

🎤 トック:(少し黙って)……よかった。なんかそれ、ほんとによかったっす。

👻 ヨイ:(窓の外を見て、少し笑う)……うん。よかった。神様の魂が半世紀かけて、ちゃんと帰ってきた。

🎤 トック:……。

👻 ヨイ:あ、湿っぽくなったから最後、軽いの一個。これ、アリゾナの砂漠の話なんだけど。撮影、アリゾナでやってないの。屋外のロケ地、ケニア。

🎤 トック:アフリカ。砂漠ちがいすぎません?

👻 ヨイ:屋内シーンはイギリスの撮影所。アリの接写はカリフォルニアにある撮影者の個人の工房。3つの大陸にバラバラ。

🎤 トック:アリゾナの話なのに、誰も本物のアリゾナを踏んでない。

👻 ヨイ:踏んでない。スタッフ全員、アリゾナ未経験。本物だったのは——

🎤 トック:……アリだけ?

👻 ヨイ:アリだけ。

🎤 トック:(笑う)「本物は、アリだけ」名言じゃないすか。今日のベストかもしれない。

👻 ヨイ:(笑う)映画史にそっと刻んどいて。

🎤 トック:……あ、でもヨイせん。一個、聞いていいすか。

👻 ヨイ:ん。

🎤 トック:俺、このラストこわいんすけど、なんかめちゃくちゃ綺麗だったんすよ。あの、最後、砂の中から女の子が出てくるとこ。

👻 ヨイ:(少し間)……あれね。

🎤 トック:最初、砂から指が1本。で、ゆっくり手が出てきて。最後にあの子が両手をあげて、立ち上がってくる。アリに作り変えられて。

👻 ヨイ:ケンドラ。あの子、農場の娘で、家族みんなアリにやられて、一人だけ生き残って、最後、自分から犠牲になろうとしてアリに捕まるの。

🎤 トック:あの起き上がってくるとこ、こわいのになんか目が離せなくて。

👻 ヨイ:わかる。あのシーン、ホラー史でも屈指の美しさだと思う。怖いんだよ。だって姿は人間のままなんだもん。顔も体もケンドラのまま。なのにもう、中身が完全にこっち側のものじゃない。

🎤 トック:見た目は人間で中身だけ別。最初の回でやりましたね。

👻 ヨイ:そう。だから怖いし、だから美しいの。この世のものじゃない綺麗さってああいうのを言うんだと思う。

🎤 トック:でも、ヨイせん。俺、ずっと引っかかってることがあって。

👻 ヨイ:なに。

🎤 トック:あの子も最後のレスコっておじさんも、アリ側に取り込まれるじゃないすか。なのに、顔そんなに嫌がってないんすよ。むしろ、なんか……穏やかっていうか。変じゃないすか。支配されてるのに。

👻 ヨイ:あのね、トック。考えてみて。人類って地球で一度も「自分たちより上の種」に支配されたことないんだよ。

🎤 トック:……あー。たしかに。ライオンより弱くても結局、知恵で勝ってきたっていうか。

👻 ヨイ:そう。どんなに強い動物がいても、最後は人間が頭でねじ伏せてきた。食物連鎖のてっぺん。ずーっと一人でてっぺんに座ってる。

🎤 トック:孤独な、王様。

👻 ヨイ:(少し驚いて)……うん。それ。孤独な王様。上に誰もいない。だから人間は、神を作ったんだと思う。

(少しだけ、部室が静かになる。窓の外で、かすかに蝉の音)

🎤 トック:……今日、急に文学部みたいになる時あるっすよね。アリからとんでもなく深い話になってきましたね。

👻 ヨイ「自分より圧倒的に上の存在に頭を垂れて全部委ねたい」っていう願望。宗教にはそういう一面もある。本当は上に誰かいてほしいの。人間は。

🎤 トック:……。

👻 ヨイ:で、フェイズIVのアリは人類の歴史で初めて本当に現れた「人間より上の知性」なの。神じゃなくて、本物の上位種。

🎤 トック:あ。

👻 ヨイ:だからね。あの子の顔が穏やかなのは。たぶん歓びなんだよ。

🎤 トック:歓び……?支配されるのが?

👻 ヨイ:考えなくてよくなるの。判断も責任も孤独も、ぜんぶ自分より上の知性に明け渡せる。もう一人でてっぺんで踏ん張らなくていい。より大きなものの一部になれる。……正直さ、俺だって、たまに思うもん。めんどくさいの、全部あげちゃってさ——

🎤 トック:……ヨイせん。

👻 ヨイ:分かってるよ。

🎤 トック:今度は、しらばっくれないんすね。

👻 ヨイ:(小さく笑う)……このテーマは無理。しらばっくれられない。委ねたい、って気持ちの話してる時に「わたし」って澄ましてたら、嘘になる。

🎤 トック:……なんかそれ、今日いちばん正直なヨイせんっすね。

👻 ヨイ:(咳払い)……忘れて。

🎤 トック:忘れないっす。……それにしても、こわいっす。こわいのに、ちょっとわかっちゃうのが、もっとこわいっす。

👻 ヨイ:でしょ。支配される歓び。抵抗するより、委ねるほうがずっと楽。あの子は孤独な王様をやめられたの。

🎤 トック:なんか聞いてたら俺もアリに分からせられそうっす。ラストシーンで夕日に巨大な蟻が三匹、なんか震えてるじゃないすか。あれ観た時、ああ、負けたんだ、これからこのアリたちに支配されるんだって思っちゃった。たぶん奴隷みたいに使われて、俺たちが動物にやってるみたいに命まで管理されて。でもアリの言うこと聞くしかないって。

👻 ヨイ:ちょっとちょっと、入り込みすぎ。

🎤 トック:でも、ヨイせんも、片足、突っ込んでるじゃないすか。アリの巣に。

👻 ヨイ:……。

🎤 トック:引き戻す側のヨイせんだって、アリに、分からせられてるじゃないすか。

👻 ヨイ:(しばらく黙って、目をそらす)

🎤 トック:(笑う)図星っすね。

👻 ヨイ:(小さく笑って)……うるさい。わたしは戻ってこれる側。トックは戻ってこれるかあやしい側。そこが違うの。

🎤 トック:戻ってこれない自信あるっす。

👻 ヨイ:でしょ。だから私が呼ぶの。めんどくさくない範囲で(笑)

🎤 トック:ひどい。


鳴いてるのに、いない

👻 ヨイ:……ねえ、トック。

🎤 トック:はい。

👻 ヨイ:虫がなんで怖いか、分かる?

🎤 トック:いや、見た目すよ。脚多いし動き読めないし、こっちの予想を全部裏切ってくるし。

👻 ヨイ:それもある。でもね。本当はね。こっちの気持ちが一切通じないからなんだよ。

🎤 トック:気持ち。

👻 ヨイ:クモにさ、「お願い、見逃して」って言っても通じないでしょ。睨んでも泣いても土下座しても、ゼロ。なんにも届かない。

🎤 トック:……たしかに。ゴキブリと交渉できないっすね。テーブル、着いてくれないっすもん。

👻 ヨイ:そう。話し合いの席につく気がない。それが虫の怖さの正体。

🎤 トック:(黙る)

👻 ヨイ:でね。今日の3本。全部それなの。

🎤 トック:全部?

👻 ヨイ:ザ・フライは——感情が通じてた最愛の人が、だんだん通じない側に変わっていく話。

🎤 トック:……あの、最後の自死。「まだ俺であるうちに終わらせてくれ」って。あれ、そういうことだったんすね。完全に通じなくなる前に。

👻 ヨイ:そう。で、フェイズIVは——感情がゼロなのに、頭だけはめちゃくちゃいい相手に人類が負ける話。悪意がないから憎むこともできない。命乞いも通じない。

🎤 トック:交渉のテーブルに着けすらしない、最悪の相手。

👻 ヨイ:(うなずく)……じゃあ、フェノミナは?

🎤 トック:……えーと。あれは逆すよね。虫と気持ちが通じちゃう女の子の話。

👻 ヨイ:そう。3本でたった一人だけ、虫と通じ合えた人間。……でもね、トック。

🎤 トック:でも?

👻 ヨイ:虫と「だけ」通じるってことは、さ。

🎤 トック:……。

👻 ヨイ:人間とは通じ合えなかった、ってことなんだよ。

🎤 トック:……あ。

👻 ヨイ:学校で浮いて。母親に捨てられて。誰とも通じ合えなかった女の子に、虫だけが応えた。「虫と話せる」のは祝福なんかじゃなくて——人と通じ合えなかった、その証なの。

👻 ヨイ:……さっき、トック、言ったでしょ。

🎤 トック:え。

👻 ヨイ:「すごい力があるから余計に独りな気がして同情しちゃう」って。

🎤 トック:……あ。言いました。

👻 ヨイ:それ正解だったの。蝿の王の力は孤独の裏返し。誰とも通じ合えなかったから、虫が応えるしかなかった。トックの同情は、この映画のいちばん芯を食ってた。

🎤 トック:……うわ。なんすか、それ。急にいちばん切ないやつ来たじゃないすか。さっきまで猿がカミソリ持ってたのに。

👻 ヨイ:(窓の外を見る。西日がほとんど落ちている。蝉の声がいつのまにかやんでいる)……まあ、そういうことも、あるよね。

🎤 トック:(その横顔をちょっとだけ見て、何も言わない)

👻 ヨイ:……でね、トック。さっきフェイズIVで言いかけたやつ。

🎤 トック:あ。「後でつながる」って言ってたやつ。

👻 ヨイ:そう。支配される歓びの話。

🎤 トック:はい。

👻 ヨイ:フェノミナのジェニファーは、誰とも通じ合えなくて一人で孤独だった。虫としか通じ合えなかった。

🎤 トック:はい。

👻 ヨイ:でも、フェイズIVの最後にアリ側に行けば、もう孤独じゃないんだよ。

🎤 トック:……あ。

👻 ヨイ:自分より上の知性に全部委ねて、群れの一部になった。「通じ合えない者同士」をやめたの。砂から起き上がってきた、あの穏やかな顔は、もう誰とも通じ合えない孤独から解放された顔。

🎤 トック:……通じないのが怖い、って話だったのに。

👻 ヨイ:そう。そこが今日の裏側。通じないことは怖い。交渉できない他者は怖い。……でもいっそ、自分が「通じる必要のない側」に溶けてしまえたら。それは救いにもなる。

🎤 トック:さやえんどうも、そうでしたよね。感情なくなれば、苦しくないっていう。

👻 ヨイ:(うなずく)一番最初の回から、ずっと同じこと言ってるのかもね、わたしたち。怖いものの正体はいつも「通じなさ」で。その「通じなさ」はこっちが手放した瞬間に、楽園にもなる。

🎤 トック:……それ、今日でいちばんゾッとしたっす。

👻 ヨイ:(ふっと戻る)……ま、いっか。はい、まとめ。今日の3本は虫が「なる・通じる・支配する」の3段階でした。

🎤 トック:……言い換えると?

👻 ヨイ:人間が虫に負けていく順番。……で、最後は負けたほうが楽になる順番。

🎤 トック:きれいにまとまった……と見せかけて、結論がいちばん怖いんすよ、毎回。

👻 ヨイ:じゃ、今日の宿題。

🎤 トック:来た。ヨイせんの無茶振り。

👻 ヨイ:今年の夏、絶対虫に遭遇するでしょ。Gでも蚊でもカマキリでもなんでもいい。

🎤 トック:しますね。夏なんで。っていうか、今この瞬間も背中にいる気がしてます。

👻 ヨイ:その時、一回だけ心の中で、本気で話しかけてみて。「頼むからあっち行ってくれ」って。

🎤 トック:……通じないでしょ、それ。

👻 ヨイ:通じない。その「通じなさ」を味わってほしいの。こんなにすぐそこにいるのに。何ひとつ伝わらない。——それが今日の3本の怖さの正体だから。

🎤 トック:実地研修じゃないすか。鬼っすか。怖さを家で再現させる先輩、初めて見たっす。

👻 ヨイ:(笑う)で、「今年いちばん、話が通じなかった虫」をコメントで教えて。どんなやつにどんだけ無視されたか。

🎤 トック:俺、たぶんGで書きます。さっきから一匹、俺の中で、ずっと無視してくるんで。

👻 ヨイ:(笑う)それもう、心の同居人だね。

🎤 トック:(DVDを片付けながら)……でも、今日のやつ後を引くな。虫の話してたはずなのに。気づいたら、ぜんぶ人間の話だったっす。

👻 ヨイ:(雑誌を、ぱたんと閉じる)ホラーってだいたいそうだよ。怖いものの話をしてるように見えて——本当は、人間が何を怖がるかの話をしてる。

🎤 トック:……ヨイせん。たまにほんといいこと言いますよね。

👻 ヨイ:たまに、は余計。

🎤 トック:(笑って、立ち上がる)次、何の回にします?

👻 ヨイ:(少し考えて)……まだ言わない。トックがまた勘で選んできて。そっちの方が——

🎤 トック:「面白いから」っすよね。

👻 ヨイ:(笑う)覚えてきたじゃん。

🎤 トック:(鞄を背負いながら)……あ。ヨイせん。

👻 ヨイ:ん?

🎤 トック:さっきの、蝉。

👻 ヨイ:ん。

🎤 トック:いつのまにか鳴きやんでますね。

👻 ヨイ:(ドアを開けながら、振り返りもせず)……鳴いてるのに、いない、の続編はやめときな。今夜、夢見るよ。

🎤 トック:見たくないっす!

(西日が完全に落ちる。部室が少し暗くなる。夏の夜の別の虫の声が、かすかに聞こえ始める。二人にはその声が何を言っているのか分からない)

🎤 トック:……いや、でもヨイせん。

👻 ヨイ:ん?

🎤 トック:今日ずっと「背中にいる気がする」って言ってたじゃないすか。

👻 ヨイ:うん。

🎤 トック:(少し黙る)

👻 ヨイ:……トック?

🎤 トック:……今、いなくなったんすよね。

👻 ヨイ:(少し黙る)

🎤 トック:……なんで、今のほうが怖いんすかね。


なかのひとの一言

 夏だ!虫だ!ミンミン蝉だ!公開される頃には蝉がうるさくなっていることを祈ってこれを書いてます(ただ今5月末)。私は虫は大丈夫なんですが、蜘蛛だけがダメで。もう出たら逃げます。生まれつき嫌いなレベルで嫌いです。嫌いというか怖い。しかし怖いままでは情けない。小学二年生の頃、これではいけないと一念発起して、図書室で昆虫図鑑を借り、蜘蛛のページを見続け、恐怖を克服するという試みを行いました。それを女子に見られ「え、なにやってるの?蜘蛛好きなの?キモイ」って引かれました。それでもめげない。最後には昆虫図鑑を蜘蛛のページにしたまま自分の顔にかぶせて昼寝するという技をあみだしたのです。起きるじゃないですか。うーん、って本を上げると蜘蛛が顔面に飛び込んでくるわけです。うわぁ!言いながら目が覚める。そこまでしても、彼らとは友達になれませんでした。私はタタラ場で、蜘蛛は森で生きていくしかなかったのです。蜘蛛、自分が最も畏怖する対象、それが観たくて……観たくて……もう何本も……蜘蛛ホラーを観てしまったよ……!(鷲巣巌)
なんでや。ホラー好きは業が深いの。知ってた?
おすすめの蜘蛛映画は「アラクノフォビア」「タランチュラのキス」です。前者も後者も本物を使っている点がポイントです。あと鳴き声。前者のボス蜘蛛鳴くんですよ、シュー、キューって。キモイ。後者は美少女が地下室で大量のタランチュラを飼ってて、ムカつく奴らを暗殺していく話です。キモイ。
では次回のホラー部室でお会いしましょう。

(なかのひと/恐怖は乗り越えるもの)


ホラー部室のこれまで

👉 ホラー部室第1回「チャッキーは別れたDV旦那で、トマトには言えない遺族がいて、さやえんどうは救済だった」

👉 ホラー部室第2回「焼き殺しても夢に出てきて、肛門から宇宙人が出てきて、不安のおすそわけされた話」

👉 ホラー部室第3回「教習所通いの俺が、車に恋して、AC/DCでノって、タイヤと三角関係になった話」

👉 ヨイ初登場回『悪魔のいけにえ』考察|汚い映画なのに、なぜ目を逸らせないのか——美しい地獄


ヨイとトックのホラー部室について

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。この「ヨイとトックのホラー部室」は、AIと人間のハイブリッドで作られています。
漫談のアイデア、作品テーマ、構成設計はなかのひと(著者)が考え、AI(主にClaude)はテキスト生成の補助として活用しています。ただし、最終的な文章は必ずなかのひとが全文チェック・編集・リライトしており、「なかの人の一言」は完全に人間の手で書いています。ヨイとトックの掛け合いを通じて、映画の何でもない話をゆるーくお楽しみいただければ幸いです。

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