政策の判断のフレームワークはどう考えるべきか
別の方で政策の議論になったので政策のフレームワークを考えていこう。結論から言えば
「原則として自由市場に任せる。再分配の要請と市場の失敗がある場合は、政府の失敗の費用を考慮して介入する。」
となるだろう。
このフレームワークが非常に広範に適用可能な価値判断のもとで成立することをまずは論証しよう。
パレート効率性はほとんどの人が合意できる
価値判断というのは効率と分配に分けられる。ここでいう効率とは「無駄のない資源配分」のことを指す。無駄のない資源配分をより厳密に定義すると「誰かの効用を下げない限り、誰かの効用を上げられない状態」である。経済学ではこの状態を「パレート効率」という。
このパレート効率である状態がよいというのは、様々な価値観を持っている人がいたとしても合意できるのではないか?というのはこれは背理的に考えればわかる。
パレート非効率な状態とは、誰かの効用を下げなくても、誰かの効用を上げられる状態である。つまり誰かの効用も下げずに誰かの効用を上げられる変化を起こせる。この変化を否定する人はいないだろう。ゆえに、パレート非効率な状態よりもより良い状態をほとんど全ての人は好んでいるのである。
無論、効率的な状態において、良い分配ができてるとは限らないので、パレート効率的な状態が理想的な状態とは限らない。
要するにまとめると
「パレート効率的な状態は理想的な状態ではないが、理想的な状態は常にパレート効率的である。」
となる。
ゆえに、まずパレート効率な状態を目指すというのは人々が合意可能な目標なのである。なのでまずはこれを目指そう。
一定の条件下で競争的な自由市場はパレート効率性を達成する
ではどのようにパレート効率性を達成するのか。それは基本的には自由市場が良いのである。自由市場は無駄のない資源配分を達成してくれる。この根拠は「厚生経済学の第一基本定理」で証明されている。この場で詳しい証明をするのは本筋ではないので避けるが、背理法を用いれば驚くほど簡単に証明できる。
ただしこれが成立するためには仮定があり
ー、完全競争(個々の主体の行動で価格を動かせない状態)
ー、外部性や情報の非対称性などの市場の失敗の不在
ー、公共財の不在
などなどがある。
現実的には概ね自由市場はうまくパレート効率性を達成してくれるのだが、例外的に自由市場に任せるだけでは達成できない状態がある。だから原則として「自由市場に任せる。市場の失敗がある場合は介入する。」のである。
例外的に自由市場ではパレート効率性を達成できない状態がある場合もある
先ほども言った通り自由市場に任せるだけでは解決できない問題はある。例えば
ー、公害や騒音、炭素排出などの「外部性」
ー、取引における「情報の非対称性」
ー、非排除性、非競合性がある「公共財」
ー、収穫逓増などによる「独占、寡占」
などなどは自由市場だけでは解決しない問題である。マクロ経済学などの分野も含めれば「価格の硬直性」なども市場の失敗に入るだろう。そういった問題に対しては政府が介入して解決することが可能な場合がある。其のような場合においては、政府が介入するとより効率的になる。
例えば「国防」は公共財である。市場に任せると国防サービスは誰でも享受できフリーライダーが発生する。こう言った場合は、政府が供給した方がいいのである。しかしながら、こういった市場の失敗があるからと言って、全ての場合で介入するべきであるという話にはならない。それは「政府の失敗」があるからである。
政府が介入する際は、政府の失敗も考慮しなければならない。
市場の失敗があるからといってすべての場合で政府が介入するべきという話にはならない。なぜならば「市場でうまく解決できないこと」がわかったとしても「政府がうまく解決できること」は証明されてないからである。
政府の失敗としては
ー、規制の罠(規制当局が、規制されている側の産業に取り込まれること)
ー、レントシーキング(企業が政府に働きかけ、競争以外の方法で利潤を得ようとすること。)
ー、官僚的な硬直性(民間よりも政府の判断の方が硬直的である現象)
などなどが挙げられる。市場の失敗があるからと言って政府が介入するのは必ずしもうまくいかないどころか、逆に巨大な非効率を生み出してしまうこともある。
こう言った非効率があるので基本的に市場の失敗があるからと言ってすぐに政府が介入するという議論にはならないのである。ゆえに、政府の失敗の費用と、介入による便益を比較しなければならないのである。
政府の政策手段は「比較優位」で決められるべきである
具体的に政策目標に対してどのような政策手段を取るべきかは、二つの原則がある。
ー、n個の政策目標に対しては、n個以上の政策手段を用意すべきである
ー、政策手段の割り当ては、比較優位に基づいて行われるべきである
というものである。
まず一つ目の原則が導出される理由は、「二つの変数を一つの政策で制御するのは偶然の一致でない限り達成不可能だから」と説明できる。これ自体は単なる事実であるため、ほとんどの人が受け入れられるだろう。
二つ目の原則に関しては要するに政策割り当てにおいても、結局効率性を求めるべきであるということである。比較優位の原理に基づいて政策を採用するとは端的にいうと、「他の政策と比較して、機会費用が低い政策手段を取るべきである」というものである。
二つ目の原則も、「効率」という原則はほとんどの人が合意できることを確かめたように、ほとんどの人が受け入れられるだろう。
比較優位については以下の記事を参照せよ。
「効率」の部分のまとめ
以上の議論をまとめると効率の部分に関しては
「原則として自由市場に任せる。市場の失敗がある場合は、政府の失敗の費用を考慮して介入する。」
となる。
そして政策手段の選択は
ー、n個の政策目標に対しては、n個以上の政策手段を用意すべきである
ー、政策手段の割り当ては、比較優位に基づいて行われるべきである
となる。パレート効率を達成するためのフレームワークはこれで良いだろう。次に分配の話に移る。
「分配」は人それぞれの価値判断がある
パレート非効率な状態よりもパレート効率な状態の方が良いというのは、極めて弱い価値判断で言及可能だった。しかしながら、分配の問題はそれぞれの価値判断がある。「一切再分配をしなくて良い」と考える人もいれば、「なるべく満遍なく分配するべき」と思う人もいる。これは価値判断の違いであり、目標は定まらない。しかしながら、目標は異なるが、「それを達成するための手段」の点では合意が得られる可能性がある。
さきほど「政策手段の割り当ては、比較優位に基づいて行われるべきである」と述べたが、当然再分配という目標についても、同様に「比較優位のある手段」で行われるべきである。
どのような再分配の手段が良いかについては以下で考察しているので、参照せよ。(負の所得税が良いという結論である)
どのような分配をするべきかについては言及せず、「分配の方法」のみ話をすれば、広範に受け入れられる価値判断が導出できる。先ほどの「効率」の議論ででた
「原則として自由市場に任せる。市場の失敗がある場合は、政府の失敗の費用を考慮して介入する。」
というフレームワークに「分配」の問題を追加し
「原則として自由市場に任せる。再分配の要請と市場の失敗がある場合は、政府の失敗の費用を考慮して介入する。」
というものを導出する。
上記のフレームワークは再分配の要請と言及するのみで、それが具体的にどのような再分配の要請なのかは言及していない。つまり、人によって異なる分配という目標自体は包括的に受け入れ、其の上で方法論としては「効率」という幅広く合意が得られる価値判断を持って制限する。
ゆえにこのフレームワークは非常に広範な価値判断の人に受け入れられるだろう。どのような「目標」を持っていたとしても、このフレームワーク内に治るはずであるからである。
まとめ
「原則として自由市場に任せる。再分配の要請と市場の失敗がある場合は、政府の失敗の費用を考慮して介入する。」
「n個の政策目標に対しては、n個以上の政策手段を用意すべきである」
「政策手段の割り当ては、比較優位に基づいて行われるべきである」
「分配の手段も比較優位のある手段を採用するべきである。それは負の所得税である。」
