アラフィフの私が、お金の使い道をまだ決められない理由
書いて捨てて、また書く
私のお金の使い道というお題で、記事を書こうと思ってから、
いったい何度書き直したことだろう。
このお題、アラフィフの私には悩みが深すぎて、簡単ではなかった。
闇が深いとは言いたくない。
言っちゃうと、ドロドロとしたマグマのように熱く、
錦蛇のように長くて太い、愛憎の記憶を呼び覚ましてしまう。
だから、フランクな感じを残しつつ、
マックでフルーリー飲みながらポテトを齧るくらいの感覚で、
"悩み"と表現した。
我が家は、もう何年か経つと子供たちが独立する。
けれど、夫との関係は一度壊れた後、少し修復したものの、
以前のように気軽に一緒に出かけるような関係ではなくなっている。
雨漏りする天井に青ビニールを被せて応急処置したみたいな。
根本的に、何にも解決してないのに、
雨は止めてくれてるから放置してしまってるようなイメージ。
今後の夫婦関係をどうするかという大問題もひっくるめて、
世帯のお金の使い道を考え直していかなければならない帰路に立っているからだ。
おかげで、水曜日に投稿しようと思ってたのにあげられなかった。
昔のドラマで、髭ボウボウの作家が頭を描きながら、
くしゃくしゃの原稿用紙をゴミ箱に投げて、当たって落ちる。
あの感じ。
パソコンの発明のおかげで原稿用紙代は浮いたけれど、
パソコン代はそれ以上に高いから、
結局、何だかなぁと思っている。

買っても買ってもみかんを消費するので、箱買いした。
ビタミンCをたくさん摂って、風邪を跳ね除けてくれ。
ついでに、受験を控える長女には職場で頂いた
免疫ケアのタブレットも毎日飲ませている。
先日タブレットを床にばら撒いて拾って
また入れたらしい。
けど、床拭きした日の夜だから、きっと大丈夫。
⸻
優先順位が変わって、家族の時間が消えていった
お金はみんな、自分を幸せにするために使うと思う。
今の私の場合はファッション、インテリア、ライブなどなど、
ウキウキしてテンションを上げるために使う。
友達と会って食事したり、ちょっとしたプレゼントを送り合ったりして、
心温まる時間を過ごすことにも使ったりする。
子供たちが小さい頃は、家族でいろいろな場所に出かけていた。
安いホテルにしょっちゅう泊まっては温泉に入ったり、ご当地グルメを楽しんだり、
「今しかない時間」を逃すまいと、必死だった気がする。
上の子が中学に上がった頃から、急にそれができなくなった。
部活、友達、塾。
家族の予定より、それぞれの予定が優先されるようになった。
気づけば、家族で出かける先がなくなり、
家族の時間のために使うお金は、たまの外食と、教育費、娘たちの服くらいしかなくなった。
私たちは、子供がいないと一緒に出かけたり、食事したりして
夫婦の時間を共有することができないでいる。

初詣ではないけど、年末に鎌倉に行って、
荏柄神社で菅原道真公に手を合わせてきた。
毎日手を合わせる…
つもりがつい忘れる。
⸻
見て見ぬふりしてきた、夫婦とお金の問題
それは逃げでもあると思う。
夫婦関係を見直すことが面倒で、見て見ぬふりをしているのだ。
ちょっと数値が増えた体重計のように、
何度も同じ話をする義父母のように、
健康診断の再検査の紙のように。
いつか向き合うつもりで、そっと棚の奥にしまっている。
娘たちが大学生になったら、
それこそ本当に夫婦の時間に、どうお金を使うか、真剣に考えていかなければならない。
旅行に行ったり、ふらっと出かけたり。
そして、娘たちLOVEの私は、そうやって、少しずつ子離れしていかなければ。
⸻
「夫に合わせる人生」は、やっぱり苦痛
……とは思うけれど。
夫のペースに合わせるのは、正直苦痛だ。
うちの夫は人に合わせられない。
じっとしていられないから、待てないし、考えるより先に動き出す。
レストランに入る前の待ち時間中も、
座っていられずソワソワして立ったり座ったり、
近くをウロウロして、何かと忙しない。
「そんなに焦っても変わらないよ」と伝えて座らせても、
目はキョロキョロ、常にレジ周りの店員を目で追っている。
待ったり、迷ったりする間の会話を楽しんだり、
迷いすぎて別方向に進んじゃったりとか、
そういう副産物に喜びを感じないのだ。
兎にも角にも、先に進んで家に帰ることが第一目的。
1歳前後の、じっとしていられないヨチヨチ歩きの幼児を見守るお母さんのような気分になる。
心が休まらないのだ。
散々抵抗して、どうして欲しいのか話し合おうとしても、
すぐ「君だって」と言って話をすり替えたり、キレて怒鳴ったりしてくる。
面倒で、結局距離を取るくらいしか対処のしようがなかった。
若い頃は合わせられたけど、アラフィフ乙女になった今、そんな体力はない。
またあれに付き合うのかぁ、と考えるだけで、気持ちが萎える。
一人の時間は好きだけど、
完全に一人になりたいわけでもない。
かといって、ずっと夫に合わせるのもしんどい。
義父は夫に輪をかけて、合わせられない人だった。
義母がどうしてたかというと、やっぱり一緒に出かけたり、旅行に行ったりはしていなかった。
「じっとしてないお父さんに合わせるのは面倒だから」
と言って、友達や親戚と旅行していた。
叔父も大分モラハラな人間だった。
叔母と出かけるなんて、「恥ずかしくてできるか!」と公言していたらしい。
自分のお金は全部車につぎ込んで、家には入れない。
叔母は正職で働いて稼いで、家事も1人でして、子供たちを養った。
茶道や絵手紙など趣味の多い人で、今も一人で生き生きと楽しんでいる。
私もそうするしかないのかな。
ありがたいことに趣味は沢山あるし。
お金が掛かるけど、着物に手を出し始めたりしても人生楽しめるのかな、
なんて考えたりもする。

面倒で娘たちに何にも料理を教えてない私。
でも、ネットで調べてこれだけできたら、
嫁に行っても大丈夫っしょ❣️
成長したものだ。
⸻
それでもまだ、答えを決めきれない理由
家族が増えて、
家族が離れていく、その途中。
まだ、今後の自分のお金の使い道を決められないでいる。
もしかしたら、若かった頃の私たちに戻れるのでは?と、
つい期待している自分が、心の中にいるんだなと、
この記事を書いて感じた。
口ではつい、悪ぶってしまうので、
そんな悩みありませんよってな感じで強がってしまうけれど、
やはり心の奥には、1人で楽しむ人生に一抹の寂しさを感じている。
私も幸せで、夫も幸せ、そんな関係を築いていかなければ、
夫婦で同じ屋根の下、長く暮らしてきたお互いの努力が無駄になってしまう。
だから、一歩一歩慎重に。
焦らずゆっくりと、私のペースで探していこう。
そして、長女の受験が終わったら、私の方から少し近づいてみよう。
そう思った。
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