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長野・松本諏訪観光#10 -諏訪大社 上社本宮- Z5Ⅱ

■今回は1泊2日で長野県の松本・諏訪に旅行に行ってみます。松本では国宝・松本城、諏訪では諏訪大社を中心に観光をするつもりです。

旅行を企画する時、自分はいつもコンテンツを目一杯詰め込んで計画を立てるため、当日のスケジュールに余裕がありません。ただ余裕がないと、ゆっくり写真撮影を楽しむことが難しくなるので、今回は計画にしっかり余裕を持たせてみます。

こうすることで、途中思い付きで寄り道をしたり、グルメを堪能したりと、意外性も楽しめるのではないかと期待しています。写真もいろいろ撮って来ましたので、よろしければご覧ください。
 
<2日目>
5.松本神社

6.松本城

7.諏訪大社・下社春宮

8.諏訪大社・下社秋宮

9.手長神社

10.諏訪大社・上社本宮 ←今回はこちら
11.諏訪大社・上社前宮
 
■それでは今回の<諏訪大社・上社本宮>を紹介します。

諏訪大社は、長野県の諏訪湖周辺4カ所に鎮座する神社。式内社(名神大社)で、信濃国一宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は建御名方神、八坂刀売神、八重事代主神。全国に約2万5千社ある諏訪神社の総本社。旧称は「諏訪神社」。上社(本宮・前宮)と下宮(秋宮・春宮)の2社4宮から構成される。幣殿、拝殿、左右片拝殿、脇片拝殿、四脚門、入口御門、額堂、摂末社遙拝所、勅願殿が国指定重要文化財。

『古事記』には祭神の建御名方神が神々の戦いに敗れ諏訪に逃げ込み居ついたことが記載され、『日本書紀』には天武天皇の時代から朝廷の崇敬を受けた記録が残っているほどの古社。祭神は武神として古くから崇敬され、坂上田村麻呂が蝦夷征伐の際に参拝している。中世には源頼朝や武田信玄など、時の為政者に篤く信仰された。江戸時代には地元領主だけでなく徳川幕府からも朱印地を下賜され篤い崇敬を受けた。明治以前は本殿がなく、諏訪氏をルーツとする大祝(おおほおり)という現人神が存在していた点でも他の神社と異なり特異な祭祀形態であった。

上社本宮は諏訪造りと呼ばれる独特な社殿様式を備えている。すなわち社殿の四隅に御柱(おんばしら)が立ち、幣拝殿とその両側の片拝殿が一列に並び、本殿はなく神体山を拝する形態となっている。また幣拝殿の脇、四脚門の両側に東宝殿、西宝殿があり、寅年と申年ごとに交互に建替がなされ遷座祭が行われるのも特徴となっている。
上社本宮には歴史ある建造物が多く残っており、幣拝殿 / 左右片拝殿 /脇片拝殿、勅願殿、天流水舎、神楽殿、四脚門、五間廊、勅使殿、摂末社遙拝所・大国主社、入口御門・布橋、神馬舎が国指定重要文化財となっている。
 
■今回のカメラ機材は次の通りです。
 
Nikon Z5Ⅱ + Megadap ETZ PRO+ + SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN
 
2026年上半期に定番化した標準ズームセットです。自分の撮り方だと、焦点距離は24-70mmの範囲でほぼ収まるし、その範囲では単焦点レンンズに引けを取らない写りをしてくれるので、レンズ付けっぱなしの状態になっています。かつての単焦点オタクはどこに行ってしまったのか…汗

境内入口の大鳥居と社号標。
大きなブロンズ製の狛犬。
社殿方向を望む。一段高いところに塀重門があるがこれは入口ではなく、そのの右手に入口があり、社殿は塀の向こうの左手奥にある。
こちらは<一之御柱>。写真枠外左手の神楽殿周辺は修復工事中。
階段脇に水の流れがあったので、スローシャッターで遊んでみる。笑
いざ、階段上の社殿に向かう。
塀の内側の神域に入ってすぐの場所にある屋根なし手水鉢。
<参拝所>まで真っ直ぐ伸びる参道。(拝殿ではなく参拝所が正式名称。)
参道右手、斜面の高いところにある<勅願殿>。国指定重要文化財。
いざ<参拝所>に参る。
参拝所の奥にある、中央は<幣拝殿>、左側は<左片拝殿>、右側は<右片拝殿>。
参拝所前の花菖蒲。
社殿の北側にある廻廊<布橋>を抜けたところの<入口御門(布橋門)>。国指定重要文化財。
布橋門の横にある<二之御柱>と樹齢千年の老古木<贄掛(たえかけ)の大欅>。
布橋門の近くにある<神馬舎>。国指定重要文化財。
布橋門の繊細な彫刻。
ここから布橋門の脇にある建物を順に紹介。こちらの覆屋の中にある<額堂>。
額堂の隣にある<摂末社遙拝所>。国指定重要文化財。
摂末社遙拝所の軒の下。扁額1枚に3社程度、境内社の社名の記載がある。
苔に光が当たり、非常にビビッドな発色の石製灯籠。石と苔と光の競演。
幣拝殿と布橋の間にある<四脚門(勅使門)>。境内で最古の建造物で、1608年徳川家康による寄進。写真左側は<左片拝殿>、写真右側奥は<脇片拝殿>。3つとも国指定重要文化財。
御朱印

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