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投資判断の処方箋③:画面上の損益に揺れたら、錯覚を疑う

証券口座の画面に、損益が表示される。

プラス10万円。
プラス30万円。
プラス50万円。

その数字を見ると、心が動きます。

含み益は、もう自分のお金のように見える。
一方、含み損の場合は、まだ一時的な数字のように見える。

ただ、画面上の数字が私たちに与える影響を、過小評価してはいけません。

錯覚が生じるのは、数字そのものではなく、その受け取り方です。

まだ確定していない利益を、もう手に入れたもののように感じる。
すでに出ている損失を、まだ避けられるもののように感じる。

どちらも、画面上の損益を自分に都合よく意味づけています。

だから、画面上の損益に揺れたら、まず疑った方がいい。

これは、事実を見ているのか。
それとも、錯覚なのか。


失う痛みが、見え方を変える

人は、得をする喜びより、失う痛みに強く反応しやすい。

投資でも、これは普通に起きます。

含み益があるときは、その利益を失いたくない。

まだ売っていない。
まだ確定していない。
それでも、一度画面に表示された利益は、自分のもののように感じます。

だから、プラス50万円がプラス30万円になると、まだ利益が残っているにもかかわらず、20万円を失ったように感じる。

この感覚は強いです。

一方で、含み損があるときは、その損失を認めたくない。

画面上ではマイナスが出ている。
でも、売らなければ確定していない。
だから、まだ戻るかもしれないと思いたくなる。

含み益では、利益が減る痛みを避けたくなる。
含み損では、損失を確定する痛みを避けたくなる。

プラスとマイナスで見え方は違います。

でも、根っこは似ています。

失いたくない。
認めたくない。
痛みを避けたい。

この感覚に引っ張られると、判断しているようで、画面上の数字に反応しているだけになります。

問題は、心が動くことではありません。

その動きを、そのまま正常な認識だと思ってしまうことです。

錯覚を疑ったら、到達点と許容ラインを確認する

画面上の損益に揺れたら、まず錯覚を疑う。

そのうえで確認するのは、到達点と許容ラインです。

含み益で揺れているなら、見るべきなのは到達点です。

当初、どこまで取りに行くつもりだったのか。
目標株価はあったのか。
どの水準まで評価されれば、自分の仮説は実現したと言えるのか。

ここを確認する。

到達点がないなら、迷いの正体は利確タイミングではありません。

出口が決まっていないことです。

到達点があるなら、その根拠が今も残っているかを見る。

根拠が崩れているなら、判断を見直す必要があります。

でも、根拠が崩れていないのに売りたくなっているなら、画面上の利益を守りたいだけかもしれません。

一方、含み損で揺れているなら、見るべきなのは許容ラインです。

どこまで下がったら見立て違いと判断するのか。
どこまでの損失なら、当初から受け入れる前提だったのか。
損切りラインは、あらかじめ決めていたのか。

ここを確認する。

許容ラインがないなら、迷いの正体は「株価が戻るかどうか」ではありません。

損失をどこまで受け入れるかが決まっていないことです。

売るか。
待つか。

その二択に入る前に、いま自分が見ているものを確認する。

画面上の損益は、判断材料に過ぎません。

揺れたら、錯覚を疑う。

含み益なら、到達点を確認する。
含み損なら、許容ラインを確認する。

そこから考え直せばいいのです。


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今回の話は、次の記事ともつながっています。

判断フレーム⑥:含み益は「売る判断」を雑にする
判断フレーム⑤:出口は決める。途中は決めすぎない


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