1689年第二ロンドン・バプテスト信仰告白 第4章2項 『創造について』
Of Creation
Paragraph 2
After God had made all other creatures, He created man, male and female,⁴ with reasonable and immortal souls,⁵ rendering them fit unto that life to God for which they were created; being made after the image of God, in knowledge, righteousness, and true holiness;⁶ having the law of God written in their hearts,⁷ and power to fulfill it, and yet under a possibility of transgressing, being left to the liberty of their own will, which was subject to change.⁸
⁴ Gen. 1:27
⁵ Gen. 2:7
⁶ Eccles. 7:29; Gen. 1:26
⁷ Rom. 2:14–15
⁸ Gen. 3:6
神は他のすべての被造物を造られた後、人を男と女として創造された。理性を備えた不死の魂を持ち、彼らが造られた目的である神への生にふさわしい者とされ、神の像に似せて、知識と義と真の聖さのうちに造られた。また心には神の律法が記され、それを全うする力を持っていたが、なお背く可能性のもとにあり、変わりうる自らの意志の自由に委ねられていた。
【使用版・本文上の注意(先に明記)】
WCF 1646:ccel.org掲載の証拠聖句付き版(本文はapuritansmind.com 1647年版と照合)
Savoy 1658:reformedstandards.com掲載版
1689:reformedreader.org版およびreformedbaptistnetwork.com版(両者一致)を基本テキストとする
重要な構造上の注意:WCF・Savoyでは「人間創造」と「禁令とその効果(善悪の知識の木)」が一つの項目(第4章2項)にまとめられているのに対し、1689年信仰告白はこれを第2項(人間創造)と第3項(禁令とその効果)に分割している。したがって「1689年信仰告白第4章2項」という指定は、WCF/Savoyの第4章2項の前半部分のみに対応する。この段落分割の違いは比較上決定的に重要であり、以下では便宜上「WCF/Savoy 4.2」全体を「1689 4.2+1689 4.3」と対応させて比較する。
【この項が答えようとしている問い】
人間はどのような存在として創造されたのか——その本性(理性的・不死の魂)、目的(神への生への適合)、尊厳(神の像)、責任(心に記された律法)、そして自由(可変の意志)を、どう告白するか。
【1689本文を一文で言うと】
神は他のすべての被造物を造られた後、男と女として人間を、理性的で不死の魂を持ち、造られた目的である神への生にふさわしい者として、神の像に似せて知識・義・真の聖さのうちに、心に律法が記され、それを全うする力を持つ者として造られたが、なお変わりうる自らの意志の自由に委ねられ、堕落しうる可能性のもとにあった。
【この項が肯定しているもの】
人間創造が他の被造物創造の後に位置づけられること
人間が男女として造られたこと
理性的・不死の魂を持つこと
神の像に似せて造られ、知識・義・真の聖さを持つこと
心に律法が記され、それを全うする能力があったこと
意志は自由であったが、変化しうる(堕落しうる)ものであったこと
【この項が結果として否定するもの】
人間の魂が可死的・非理性的であるとする立場(機能的否定)
人間創造時点で堕落が既に決定されていた、あるいは人間に道徳的能力が欠けていたとする立場(機能的否定)
人間の意志が最初から不変・固定的であったとする立場(機能的否定)
【中心となる聖書的根拠】
創世記1:27(男女の創造・神の像)、創世記2:7(魂の付与)、伝道の書7:29(人間は正しく造られた)
【WCFとの最大の差】
「rendering them fit unto that life to God for which they were created(彼らが造られた目的である神への生にふさわしい者とすることによって)」という句の挿入。WCFにはこの句が存在しない。
【Savoyとの最大の差】
同じ挿入句。Savoyにもこの句は存在しない。
【1689固有と思われる差】
「rendering them fit unto that life to God for which they were created」の挿入(後述、重点的検討対象)
「善悪の知識の木」に関する内容を独立した第3項に分割したこと(構造上の変更)
【この教理を失うと何を失うか】
人間の尊厳(神の像)、人間の道徳的責任能力(律法が心に記されている)、そして人間の自由と可変性(堕落の可能性の説明的基盤)。
第4章2項「人間の創造について」
1. まず1689本文は何を言っているのか
1689年信仰告白 第4章2項(reformedreader.org版)
After God had made all other creatures, he created man, male and female, with reasonable and immortal souls, rendering them fit unto that life to God for which they were created; being made after the image of God, in knowledge, righteousness, and true holiness; having the law of God written in their hearts, and power to fulfil it, and yet under a possibility of transgressing, being left to the liberty of their own will, which was subject to change.
文の骨格:
時間的順序:After God had made all other creatures(他のすべての被造物創造の後)
主体・対象:he created man, male and female
本性1:with reasonable and immortal souls(理性的・不死の魂)
挿入句:rendering them fit unto that life to God for which they were created(彼らが造られた目的である神への生にふさわしい者とする)
本性2:being made after the image of God, in knowledge, righteousness, and true holiness(神の像、知識・義・真の聖さ)
能力:having the law of God written in their hearts, and power to fulfil it(心に記された律法とそれを全うする力)
限定:and yet under a possibility of transgressing, being left to the liberty of their own will, which was subject to change(しかし堕落の可能性のもとに、変わりうる意志の自由に委ねられて)
本文だけから確定できる論理構造として、この項は人間の創造を「本性の付与」→「目的への適合」→「能力の付与」→「自由の限定」という順序で展開している。「rendering them fit unto that life to God for which they were created」という句は、本文の位置としては「理性的・不死の魂」の直後、「神の像」の直前に置かれており、文法的には「with reasonable and immortal souls」に付帯する分詞構文(rendering...)として機能している。この句が何を意味するかについては後の節で検討するが、本文レベルでの位置づけとしては、魂の性質(理性的・不死)と、神の像への言及との間に置かれた媒介的な句であることをまず確認しておく。
2. 聖書はどこまでこの告白を支えるのか
証拠聖句(1689、reformedbaptistnetwork.com版):⁴ Gen. 1:27 ⁵ Gen. 2:7 ⁶ Eccles. 7:29; Gen. 1:26 ⁷ Rom. 2:14, 15 ⁸ Gen. 3:6

特に注目すべきは、ローマ2:14-15が証拠聖句として用いられている点である。この節はパウロが異邦人(堕落後の人類)について語ったものであり、無垢な状態のアダムの心に律法が記されていたことの直接的根拠としては、時間的にも神学的にも間接的である。これは「証拠聖句が付いているという理由だけで直接的根拠と判断しない」という原則の重要な適用例である。
3. WCFから何を継承したのか
WCF 4.2(本文、ccel.org証拠聖句を付す)
After God had made all other creatures,(d) he created man, male and female, with reasonable and immortal souls,(e) endued with knowledge, righteousness, and true holiness, after his own image,(f) having the law of God written in their hearts,(g) and power to fulfill it; and yet under a possibility of transgressing, being left to the liberty of their own will, which was subject unto change.(h) Beside this law written in their hearts, they received a command not to eat of the tree of the knowledge of good and evil;(i) which while they kept, they were happy in their communion with God, and had dominion over the creatures.(k)
証拠聖句:d. Gen 1:27 e. Gen 2:7 f. Eccl 7:29; Gen 1:26 g. Rom 2:14-15 h. Gen 3:6 i. Gen 6:17; Gen 3:8-10 k. Gen 1:26, 28
1689が継承した要素:
「he created man, male and female, with reasonable and immortal souls」——ほぼ完全に同一
「having the law of God written in their hearts, and power to fulfil it; and yet under a possibility of transgressing, being left to the liberty of their own will, which was subject to change」——ほぼ完全に同一(「unto change」→「to change」という前置詞の軽微な差のみ、Level 0)
証拠聖句d, e, f, g, hの5点はすべて1689に引き継がれている
一方、WCFの「endued with knowledge, righteousness, and true holiness, after his own image」という語順は、1689では「being made after the image of God, in knowledge, righteousness, and true holiness」と語順が入れ替えられている(「像に似せて造られた、知識・義・聖さにおいて」)。これはLevel 0〜1の語順変化であり、教理内容自体に変更はない。
4. Savoyを通ると何が見えるのか
Savoy 4.2(reformedstandards.com)
After God had made all other creatures, he created man, male and female,(a) with reasonable and immortal souls,(b) endued with knowledge, righteousness, and true holiness, after his own image,(c) having the law of God written in their hearts,(d) and power to fulfil it;(e) and yet under a possibility of transgressing, being left to the liberty of their own will, which was subject unto change.(f) Beside this law written in their hearts, they received a command not to eat of the tree of the knowledge of good and evil;(g) which while they kept they were happy in their communion with God, and had dominion over the creatures.(h)
証拠聖句:a. Gen 1:27 b. Gen 2:7, Eccl 12:7, Matt 10:28, Luke 23:43 c. Gen 1:26, Eph 4:24, Col 3:10 d. Rom 2:14-15 e. Eccl 7:29 f. Gen 3:6, Eccl 7:29 g. Gen 2:17, Gen 3:8-11, Gen 3:23 h. Gen 1:26, Gen 1:28
本文はWCFとSavoyの間でLevel 0の差(語順・句読点程度)しかない。しかし証拠聖句においては、Savoyが独自にWCFを拡張していることが確認できる。
Savoyの脚注b(「不死の魂」の根拠)は、WCFのGen 2:7一点に加え、伝道の書12:7・マタイ10:28・ルカ23:43という新約の魂の不死性に関する聖句を追加している。
Savoyの脚注c(「神の像」の根拠)は、WCFのGen 1:26に加え、エペソ4:24・コロサイ3:10という、新しくされた人(新生)における神の像の回復に関する新約聖句を追加している。
これはSavoyが本文レベルではWCFを完全に踏襲しながら、証拠聖句の充実という形で独自の神学的関心(特にキリストにある神の像の更新への意識)を示していることを意味する。
ここで1689の証拠聖句を照合すると——1689の脚注6(「神の像」の根拠)は「Eccles. 7:29; Gen. 1:26」であり、Savoyの拡張(エペソ4:24、コロサイ3:10)を含んでいない。同様に、1689の脚注5(「不死の魂」の根拠)は「Gen. 2:7」のみであり、Savoyの拡張(伝道の書12:7、マタイ10:28、ルカ23:43)を含んでいない。
この事実は重要である。 前項(第4章1項)の分析では、Savoyの証拠聖句はWCFとほぼ完全に一致し、1689がむしろ両者から証拠聖句を絞り込んでいた。ここでは逆のパターンが見られる——Savoyが証拠聖句を拡張したのに対し、1689はその拡張に追随せず、WCFの最小限の証拠聖句セットの水準にとどまっている。
この観察から導けることは、1689年信仰告白の編集者たちが、Savoyを機械的に経由して証拠聖句を継承したのではなく、WCFとSavoyの双方を参照しながら、その都度取捨選択を行っていた可能性である(PLAUSIBLE、一次史料による確認はできていない)。少なくとも、「1689はSavoyを単純に転写した」という単純化した継承像は、この証拠聖句の検討によって否定される。
5. 1689はどこを変更したのか
差分1:「rendering them fit unto that life to God for which they were created」の挿入

観察:この句はWCF・Savoyのいずれにも存在しない、1689固有の挿入である。WCFとSavoyが一致しているため、これは会衆派を介した継承ではあり得ず、1689編集段階での追加と確定できる(第3パターン)。
解釈:この句は、人間創造に目的論的・関係的な言い回しを追加している。「その(人間が)造られた目的である神への生」という表現は、人間の存在目的を、抽象的な「神の像」という存在論的規定だけでなく、「神との生(life to God)」という関係的・契約的な言葉で言い換えている。これは後続の第7章(神の契約について)における契約神学——特に行いの契約(covenant of works)のもとでの人間の被造的立場——を先取りする響きを持つ読み方を可能にする。
歴史的仮説:この挿入が、Particular Baptist特有の契約神学的関心(後の第7章での契約論の精緻化と呼応する)を反映したものである可能性は、本文の位置づけとしては興味深い仮説である(PLAUSIBLE)。ただし、この句だけから、起草者が意図的に契約神学的な先取りを行ったと断定することはできない。「for which they were created」という目的節は、単に「神の像に造られた」ことの言い換えとして、修辞的な効果を狙った可能性も同程度に考えられる(同じくPLAUSIBLE)。
歴史的事実:この挿入の背景にある編集意図を直接示す一次史料は、本分析の時点では確認できていない。
Level評価:Level 2(Doctrinal clarification)。この挿入は新しい教理を導入するものではないが、人間創造の目的を関係的な言葉で明示化しており、単なる文体上の言い換え(Level 1)にとどまらない明確化の機能を持つと判断する。ただし、これがLevel 3(教理構造そのものの変化)に達するとは言えない——人間の本性・堕落可能性についての基本的教理命題自体は、WCF/Savoyと変わらない。
差分2:段落の分割(構造上の変更)

観察:WCF・Savoyでは一つの項目にまとめられていた内容を、1689は二つの項目に分けている。これもSavoy=WCFであるため、1689固有の変更(第3パターン)である。
解釈:この分割により、1689年信仰告白第4章は、WCF/Savoyの2項構成から3項構成に拡張されている。内容的には、「人間の創造・本性・能力」(2項)と「禁令とその結果としての幸福・支配権」(3項)が、論理的にも区別可能な二つの主題であることが、独立した項目として明示される。
歴史的仮説:この分割が、1689年信仰告白全体における項目の細分化傾向(より短く、論理的に単位化された項目を志向する編集方針)の一環である可能性は考えられるが、この一項目の分析だけからは確認できない。他章における同様の分割パターンの有無を確認する必要がある(未検証)。
Level評価:構造上の変更であり、Level基準(教理内容の変化を測る尺度)を機械的に適用するのは適切ではない。教理命題そのものはWCF/Savoyから一切変更されていないため、内容面ではLevel 0〜1にとどまる。しかし、告白の組織構造というテキスト外在的な次元では、これは意識的な編集判断の産物であり、記録に値する。
差分3:証拠聖句の非追随(Savoyの拡張に従わなかった点)
前節(第4節)で詳述した通り、1689はSavoyが独自に追加した新約聖句(Eccl 12:7、Matt 10:28、Luke 23:43、Eph 4:24、Col 3:10)を採用せず、WCFの最小限のセットにとどまっている。
Level評価:Level 0(証拠聖句の相違であり、本文の教理命題を変更するものではない)。ただし、この非追随は、「1689がSavoyを経由して証拠聖句を継承した」という単純な仮説を否定する消極的証拠として記録に値する。
6. その変更理由はどこまで分かるのか
観察(ESTABLISHED):三つの差分(挿入句、段落分割、証拠聖句の非追随)はいずれも原文照合により確認できる。
解釈(PLAUSIBLE):挿入句が契約神学的関心を反映している可能性、段落分割が項目細分化の編集方針を反映している可能性は、いずれも合理的な仮説だが確定的ではない。
歴史的仮説:上記に同じ。
歴史的事実:これらの変更についての起草委員会の議論を直接示す一次史料は確認できていない。
「編集者は契約神学を先取りする意図で挿入した」というような断定は行わない。代わりに、「この挿入は、契約神学的な読みを可能にする言い回しになっている」という記述にとどめる。
7. Particular Baptist自身の以前の告白と比べると
第一ロンドン・バプテスト信仰告白(1644/1646年)第4条(前半、人間創造に関する部分)
In the beginning God made all things very good, created man after His own image and likeness, filling him with all perfection of all natural excellency and uprightness, free from all sin.
この第4条は、人間創造について「神の像と似姿に似せて造り、自然本性的な優秀性と正しさの完全性で満たし、あらゆる罪から自由であった」と述べるのみであり、1689/WCF/Savoyに見られる「理性的・不死の魂」「心に記された律法」「変わりうる意志の自由」といった詳細な人間論的規定を欠いている。
この比較から見えることは、1689年信仰告白の第4章2項が持つ人間論的な精緻さ(魂の本性、律法の内在、意志の可変性という三層構造)は、1644/46年の簡潔な定式化からの独自の内的発展ではなく、明らかにウェストミンスター的モデルの採用によって初めて導入されたものだということである(STRONGLY SUPPORTED)。1644年のバプテストと1689年のバプテストの間で、人間論の教理内容そのものに断絶があったとは考えにくいが、その神学的精密さの水準には明確な相違がある。
8. 当時、この教理は何を守ったのか
Function(教理的機能):
「理性的・不死の魂」の明示は、人間の魂の可死性を主張する立場(例えば一部の再洗礼派に帰せられたモータリズム/soul sleep的立場)を機能的に排除する。
「心に記された律法」「変わりうる意志」の明示は、人間が創造時から道徳的に無能力であった、あるいは逆に堕落が不可能であったとする両極端の立場を機能的に排除する。
Intention(歴史的意図):これらの機能が実際にどの論争相手を意識して書かれたかについて、この項単独からは確認できない。17世紀の魂の眠り論争(mortalism controversy)との関連は、WCF研究において指摘されることがあるが、この一次史料(本文そのもの)が特定の論敵を名指ししているわけではないため、SPECULATIVEの水準にとどめる。
9. 告白全体のどこに位置するのか
前項(第4章1項)が創造全体の主体・目的・様態を扱ったのに対し、この項は創造の頂点である人間に焦点を絞る。1689では、この項に続く第3項(禁令と幸福)、さらに第6章(堕落)、第7章(契約)へと接続する構造上の要石である。特に「心に記された律法」「変わりうる意志の自由」という規定は、第6章の堕落論、第9章(自由意志について、Savoyのみ独立章として存在——1689にも対応章あり)の前提を成す。
WCF/Savoyでは、この項と「禁令とその効果」が一体であったのに対し、1689ではこれが独立した第3項になったことで、「人間の本性」と「人間が置かれた試練の状況」が、告白の構成上、より明確に区別された二つの論点として提示されるようになっている。これは教理内容の変更ではなく、体系的提示の精緻化と言える。
10. キリストの福音とどうつながるのか
直接的接続:この項自体はキリスト論的内容を直接含んでいない。
体系的接続:「神の像」という規定は、新約聖書(コロサイ3:10、エペソ4:24——ただしこれらは1689の証拠聖句には採用されていない)において、キリストにおける新生・再創造の教理と結びつく。Savoyがこれらの聖句を証拠として明示的に採用したのに対し、1689がこれを採用しなかったという事実(第5節差分3)は、1689がこの体系的接続をこの項において積極的に強調しなかったことを示唆する(観察レベル)。この接続の欠如が意図的な神学的選択か、単なる証拠聖句選定上の簡潔化かは、断定できない。
類比的・牧会的接続:初代の人間の完全性と自由の告白は、キリストにあっての回復(新しい人)という牧会的類比を可能にするが、これは本文自体の主張ではない。
11. この一文を失うと何を失うのか
人間の尊厳の神学的根拠(神の像)
人間の道徳的責任の根拠(心に記された律法、全うする力)
堕落論における人間の自由な意志の位置づけ(強制されたのではなく、自らの意志によって堕落した、という理解の前提)
「rendering them fit unto that life to God」という1689固有の句を失えば、人間創造を神との関係的目的の中に位置づける言い回しが失われる(ただしこれはWCF/Savoyには元々存在しないため、1689固有の強調点の喪失に限定される)
12. では、私たちに何を意味するのか
当時、この教理は人間の尊厳と責任を同時に確保する機能を果たした——人間は神の像を担う尊厳ある存在であると同時に、律法の下にある責任的存在である。現代においては、人間の価値を機能や生産性に還元する傾向、あるいは逆に道徳的責任を環境要因に全面的に還元する傾向のいずれに対しても、この告白が示す「尊厳(像)と責任(律法)の両立」という構造は、問題提起的な視座を持ちうる。ただしこれは告白本文が直接語っていることではなく、現代的類比として提示するにとどめる。
結論
1689年第二ロンドン・バプテスト信仰告白第4章2項は、人間論の教理内容においてはWCF・Savoyから実質的に継承されているが、二つの点で1689固有の編集判断が確認できる。第一に、「rendering them fit unto that life to God for which they were created」という関係的・目的論的な句の挿入(Level 2、契約神学的な読みを可能にする)。第二に、WCF/Savoyでは一項にまとめられていた内容を、人間創造(2項)と禁令・幸福(3項)に分割した構造上の変更である。
さらに、証拠聖句の検討により、前項(4章1項)とは逆の編集パターンが確認された——そこでは1689がWCF/Savoyから証拠聖句を絞り込んでいたのに対し、この項ではSavoyが独自に証拠聖句を拡張し(キリストにある神の像の更新に関する新約聖句の追加)、1689はその拡張に追随せず、WCFの水準にとどまった。この事実は、1689年信仰告白の編集過程が、WCF・Savoyのいずれか一方を機械的に転写したものではなく、両文書を参照しながらその都度独自の取捨選択を行った、複層的な編集過程であったことを示唆している。
【T評価:8/10】
本文の論理構造(本性・目的・能力・限定という展開)を、体系神学を逆輸入せずに再構成できた。「rendering them fit」句の統語的位置づけも明示した。
【S評価:8/10】
ローマ2:14-15を機械的にAと扱わず、堕落前の状態への遡及的適用という体系的性格を明示した点は妥当と考える。
【C評価:9/10】
WCF→Savoy→1689の比較において、前項とは逆方向の証拠聖句編集パターン(Savoyの拡張に1689が追随しなかった事実)を発見し、記録できた。これはComparison軸の独自の貢献である。
【H評価:6/10】
魂の眠り論争との関連はSPECULATIVEの水準にとどめ、断定を避けた。挿入句の契約神学的含意についても、確定的な歴史的意図の主張はしていない。
【D評価:8/10】
段落分割が体系的提示にもたらす効果(人間の本性と試練の状況の区別の明確化)を、告白本文の変更を越えない範囲で示せた。
【P評価:7/10】
現代への接続を類比として明示し、本文の直接的主張と区別した。
ComparisonがTextを追い越していないか——段落分割という構造上の発見を、教理内容の変化と混同しないよう、Level評価を「内容面」と「構造面」に分けて記述した。 HistoryがStyle史料を追い越していないか——契約神学的関心という歴史的仮説は、PLAUSIBLEの水準を超えて主張していない。 DoctrineがStyle告白本文を追い越していないか——体系的接続(コロサイ3:10等)については、1689がこれを採用しなかった事実をむしろ強調し、逆輸入を避けた。 PastoralがScriptureを追い越していないか——現代適用は類比であることを明示した。
【1689固有と判断できる変更】
「rendering them fit unto that life to God for which they were created」の挿入——ESTABLISHED(原文照合により確認、WCF・Savoyともに不在)
人間創造と禁令・幸福の内容を二項に分割したこと——ESTABLISHED
Savoyが拡張した証拠聖句(Eccl 12:7, Matt 10:28, Luke 23:43, Eph 4:24, Col 3:10)を採用しなかったこと——ESTABLISHED(消極的事実として)
【1689固有とはまだ判断できない変更】
挿入句が契約神学的関心を反映しているかどうか——PLAUSIBLEの域を出ない
段落分割が告白全体の編集方針(項目細分化傾向)の一環かどうか——他章の検証なしには判断できない
【歴史的意図を断定しなかった点】
挿入句・段落分割の背後にある起草委員会の具体的な議論内容は確認できないため、いずれも編集意図の断定は行っていない
Savoyの証拠聖句拡張(新生・新しい人の教理との接続)を1689が意図的に避けたのか、単に参照しなかっただけなのかは判定していない
【使用した版・本文上の注意】
WCFの証拠聖句は ccel.org(Carruthers版に基づく現代デジタル化)に依拠し、apuritansmind.com版の本文と照合した
Savoyはreformedstandards.com版に依拠した
1689はreformedreader.org版とreformedbaptistnetwork.com版の一致を確認して採用した(この項目については両版に相違は見られなかった)
【さらに一次史料確認が必要な点】
1689年信仰告白全体における項目の分割・統合パターンの網羅的調査(この章の分割が例外的か、一貫した編集方針の一部かの確認)
「rendering them fit unto that life to God」という句の直接の文言的出典(Keach、Collins等の同時代バプテスト神学者の著作に類似表現がないかの確認)
Savoyの証拠聖句拡張(新生論との接続)が、Savoy起草者(John Owen等)のどの神学的関心を反映しているかについての、Savoy研究における確認
タイトル画像:Evgeni TcherkasskiによるPixabayからの画像
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