配達員ろること2号 第9話『水のサブスク』

第9話『水のサブスク』
水を飲む。
それでも足りず水を飲む。
「ぷはー」
三本目だった。
ろるこはコンビニのレシートを見た。
水。
水。
水。
水。
水。
水。
「私、水のサブスク入ってる?」
誰に言うでもなく呟く。
とにかく暑かった。
空は青い。
道路は白い。
アスファルトは黒いはずなのに、もう熱で色が飛んで見える。
自転車を漕ぐたびに汗が流れる。
止まれば暑い。
走っても暑い。
どうしろと言うのか。
スマホが鳴る。
配達だ。
「よし」
気合いを入れてペダルを踏む。
五分後。
「暑い……」
気合いはなくなっていた。
◇
マンション。
階段。
またマンション。
また階段。
信号待ち。
ろるこはペットボトルを取り出した。
ゴクゴク飲む。

半分なくなる。
「これ絶対おかしいって……」
朝持ってきた水はとっくになくなっている。
途中で買った水もなくなった。
今飲んでいるのは三本目。
もう何本目なのかよく分からない。
配達を終え、公園へ向かう。
ベンチには2号がいた。
いつものように座っている。
いつものようにスマホを見ている。
いつものように暑そうな黒い服を着ている。

「2号さん」
「ん」
「暑くないんですか?」
「暑い」
「全然そう見えない」
「暑いから喋る気力ないだけや」
なるほど。
少しだけ納得した。
ろるこは隣に腰掛ける。
ペットボトルを開ける。
また飲む。
「今日だけで水千円くらい飲んでるんですけど」
「飲み過ぎやろ」
「だって喉乾くんですよ」
「そら乾く」
ろるこはレシートを見せた。
2号は見る。
少しだけ沈黙する。
「水ばっかりやな」
「でしょ?」
「でしょやない」
ろるこは笑った。

「これもう実質、水道料金払ってるのと変わらなくないですか?」
「変わるやろ」
即答だった。
ろるこはまた水を飲んだ。
「汗で全部出ていくんですよ」
「そらそうや」
「じゃあ私いま実質ペットボトルですか?」
「知らん」
即答だった。
ろるこは少し考える。
そして閃いた顔をした。
「私がペットボトルなら、自転車は給水車ですね」

2号はスマホから顔も上げずに言った。
「病院行け」
ろるこは声を出して笑い、新しいペットボトルを開けた。
「はぁ……」
「なんや」
「夏になると水代だけでバカにならなそうですよね」
「せやな」
「水のサブスクとかあったらいいのに」
2号は少しだけ考えた。
「ウォーターサーバーや」
「あ」
沈黙。
「あ、そっか」
また沈黙。
「私、今めちゃくちゃアホみたいじゃないですか?」
「今更気付いたんか」
「ひどっ」
その時、2号のスマホが鋭く鳴った。
チラリと画面を見た2号が鼻で笑う。

「なんですか?」
「水2Lが12本。エレベーターなしの4階。パスや」
「うわ、最悪……!」
2号はキャンセルをした。
「……あ」
今度はろるこのスマホがけたたましく鳴った。
画面を見たろるこが、引きつった笑みを浮かべる。
「あ」
「給水車、出番やで」
「チャリで水12本なんて運べるわけないじゃないですか! 無理無理!」
ろるこは迷いなく拒否ボタンを押した。

二人のスマホは、暑い真夏日の空の下で、今日も容赦なく鳴り続けている。
その日飲んだ水は六本だった。
あとがき
シロクマ文芸部のお題「水を飲む」に参加させていただきました。
実は8.5話を書いていたのですが……お題を見た瞬間に、ろるこが水を飲むシーンが思い浮かんだんです(笑)
最初は番外編として出そうと思ったのですが、案外9話として入れても悪くないかなと。
ろるこの水を飲むシーンから始まり、配達員の水分補給事情、水のサブスク、給水車、水案件と、なんとか話を広げることができました(笑)
さて、この話は真夏のお話のように感じるかもしれませんが、実は5月頃のお話です(笑)
連載が始まってもう1年になりますが、ろること2号が出会ってから作中ではまだ季節が変わっていません(笑)
実際の季節に合わせて話を書いていたら、ろるこがあっという間にベテラン配達員になってしまいますからね。
配達員の水事情について少し話すと、僕の場合、今くらいの時期なら飲んでも600mlのペットボトルを2本くらいです。
まだ繁忙期ではありませんし、稼働時間も短めですからね。
でも夏になると本当に大変です。
ごくごく飲みます(笑)
それだけでは足りず、アイスも食べます。
あ、もちろん稼働中の話ですよ(笑)
さて、少し今回の話を解説します。
ラストシーンで出てきた「2Lの水12本」の注文ですが、あれは本当にあります(笑)
コンビニ注文で大量の飲み物が入ることもありますし、ピックパックペイのような買い物代行ではさらに大量の飲み物を頼まれることもあります。
僕自身は、水が大量にあるのを見たらキャンセルするのであまり記憶に残っていないのですが、20本くらいの注文を見たことがある気がします(笑)
一応、Uber Eats側も重量対策はしていて、確か8kg以上になると注文できなかったり、買い物代行では商品ごとにキャンセルできたりする仕組みがあります。
フードデリバリーの配達員はバイクや自転車が多いので、あまりに重すぎる荷物は走行中のバランスを崩す原因になり危険なんですよね。
なので、水の大量注文は敬遠する配達員も多いと思います。
それを今回ネタとして使いました。
フードデリバリーのアプリでは、お店の場所とお届け先は見えますが、注文内容はオーダーを受けるまでわかりません。
つまり内容を知っているということは、2号は一度その案件を受けて注文内容を確認し、その後キャンセルしたということになります。
そして配達員同士が近くにいる場合、キャンセルされた案件は近くの別の配達員へ飛ぶことがよくあります。
ろるこは近くにいたので、お店とお届け先を見た瞬間に「あ、これ2号さんがキャンセルした案件だ」と察して受けなかったんですね。
という、配達員じゃないと少しわかりにくい表現を入れてみました(笑)
この辺がわかると、実は2号のセリフの中にもうひとつ、配達員じゃないと気付きにくい意味があることも見えてくると思います(笑)
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現在、『配達員はクジラの夢を見るか?』を連載しています。
今回のようなのんびりした公園の会話とは少し違い、本編『配達員ろること2号』より少し前の時代のお話です。
豚野郎、2号、ラビ爺たちが、配達員の間で語られる高額案件「クジラ」の謎に迫っていきます。
ろるこがまだ現れない頃の東京で、彼らが何を見ていたのか。
興味があればぜひ読んでみてください。
Xでは僕の生存報告やAIイラスト、それからボツ案や裏設定なんかをゆるく垂れ流しています(笑)
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※本作はフィクションです。
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