1分で読める超まとめシリーズ 昭和の大事件 #05「小野田寛郎氏帰国」
※1分で読める超まとめシリーズ
昭和の大事件 #04「横井庄一氏帰国」
からの続き
そして、横井さん電撃帰国の2年後、まさかの二人目軍人帰国に日本中が大騒ぎ。
3人目は、、出ませんでしたね。
<概略>
陸軍少尉・小野田寛郎氏
1944年12月、フィリピン・ルバング島に赴任
任務は、マニラのあるルソン島に上陸しようとする米軍を阻止することであった
しかし米軍の壮絶な攻撃で、部隊による組織的戦闘は終了
同氏も個別行動をとって島の山間部に避難する
同氏は、横井庄一氏同様、終戦まもなく戦死公報が出される
しかしのちに、投稿した兵士らからの証言により、「同氏を含む残留兵数名が生存している」とわかる
同氏は、その後も、手持ちの小銃や軍刀などで戦闘を継続し、敵とみなした30名以上を殺害したとされる

また同氏は住民から奪った短波ラジオを使い、外国放送を聴取、日本が繁栄していることを知っていたとか
ただ、彼が考える日本は「米国の傀儡政権」であり、亡命政権が「満州」にあると考えていたようである
そして1974年、冒険家・鈴木紀夫氏が、フィリピン・ルバング島を訪れる
遂に、同氏との接触に成功
たその数日後に、同氏の元上官である「谷口義美氏(元陸軍少佐)」を担ぎ出すことに成功
小野田寛郎氏に対して「任務解除命令」を出して投降させたという
そして約30年間の戦闘時代は終了
同氏は1974年3月12日、JAL特別機で、羽田空港に降り立った
<以降のエピソード>
帰国後日本政府は、同氏に「見舞金」として100万円を贈呈する
同氏は、その他寄せられた「義援金」も合わせて、全額を「靖国神社」に寄付したという

横井庄一氏と違って、小野田寛郎氏は、戦前と大きく価値観が変化した日本社会に馴染めず
(私感:三島由紀夫氏と近いものがあったのだろうか)
翌年にブラジルへ移住するが21世紀に入り日本に帰国した模様
小野田寛郎氏は、「保守系の活動家」でもあったようだ
「日本を守る国民会議」代表委員などを歴任、かの田母神敏夫氏を支持し、「日本への遺言」と題した講演を続ける中、2014年に亡くなった
享年91歳...
昭和の大事件シリーズ、後半はまたそのうち。
いったんおしまい。
1分で読める超まとめシリーズ
昭和の大事件#06「あさま山荘事件」
に続く
