七夕の歩幅:#毎週ショートショートnote
僕は駅前の七夕の短冊の願いを見るのが好きだった。短冊には、その人の人生の一部がぶら下がっている。
「健康でありますように」
「○○高校に合格しますように」
一枚だけ妙な短冊を見つけた。
『隣の席の奴、消しゴムのカスが飛び散るのでやめてほしい 🐶』
妙に具体的で願い事というより苦情だった。しかも僕には心当たりがあった。なんとなく気になって、翌日、僕も短冊を書いた。
『消しゴムのカスが飛び散らないように』
翌年。その短冊はまたあった。
『給食の牛乳を勢いよく開けるアホがいる 🐶』
僕は思わず笑った。そして返事を書く。『気をつけます』
それから毎年、不思議なやり取りが続いた。
相手の名前は知らない。顔も知らない。それでも七夕になると、僕は駅へ向かった。高校を卒業しても。大学生になっても。一年に一度だけのやり取りは続いた。
ある年、最後の短冊は短かった。『歩く速度がもう合わない 🐶』
僕は少し考えてから書いた。『歩くのが速いなら合わせます』
それ以降、僕は就職を機に町を離れた。少し寂しかったが、そんなものだろうと思った。
久しぶりに故郷へ帰った。
駅前には、昔と変わらず七夕の笹が揺れていた。僕は懐かしくなって短冊を眺めた。もちろん、あの短冊はない。
僕が新しい短冊を手に取った時だった。
「もういいよ」と声がした。
__振り向くと、妻が立っていた。
妻は少しだけ笑って、先に歩き出した。
僕もその後を追う。
不思議なことに、歩幅はぴったりだった。

田原にかさん いつもお世話になっております!
おまけ:青春ミステリー短編集
絵の天才と呼ばれている青年が、人を描くと猫になる
その隠された秘密とは?
告白した返事を待っていた 彼らの結末
午後4時50分に起きた奇跡とは?
