【創作BL】波風たてて、つかまえて:6話
【あらすじ】
「誰も俺のことを知らないところに来てみたかった」教師を辞めた小浪祥真は、衝動的に離島「たつみ島」へ向かう。
そこで再会したのは、10年前、家庭教師として関わっていた教え子の守安遥だった。島で人々に慕われながら生きる遥。
けれどその姿は、小浪が知っている彼とも、遥自身が思い描く自分とも少しずつずれていて……
波風たてぬよう生きてきた少し臆病で疲れたふたりが、見ないようにしてきたものたちと向き合っていく物語です
前回↓
台風襲来のニュースを受けて、島内が慌ただしくなる。
小学校は臨時休校となっていたが、遥は、体育館や特別教室の片付けや準備に追われていた。いざと言う時には避難所になるのだ。
駆り出された教職員らは、かつての台風の思い出話、そこから学んだノウハウを共有しあっている。
遥もその輪に自然と混ざった。ただ、居心地が良いとは言えなかった。
こういった「みんなで協力」という場面は苦手というか、慣れない。
自分がどう振舞って良いかがわからなくなる。
「ほら、5年前の、あの窓が割れた時は……あぁ、遥先生は知らないよね」
「そうそう、職員室がやられて酷かったんだ」
へぇ、それは大変だ。
大げさに困ったような笑顔を作ってやり過ごす。
移住者の遥に、住民たちはやさしく丁寧に接してくれるし、馴染ませようといろいろ声をかけてくれるが、手を突っ張りたくなる瞬間がある。
10年前からそうだった。こういう優しい人に手厚く構われると無性に逃げたくなってしまうのだ。
話が途切れたタイミングで、ポケットに入れていたスマホを何となく開くとオーナーからの着信があった。近くにいた教員に断りを入れ、折り返す。
「えっ、停電?」
遥の声にその場にいた教職員らが一斉に注目を寄せた。
そのまま会話の様子を見守られ、これもまた居心地が悪かった。しかし、通話が終わると
「大丈夫?」
「学校はもういいから、人手が必要なら行っといで」
と、遥からの説明を待たず一斉に送り出された。
校門を出たところで再度オーナーに電話をかけると、いくつかの支援要請をされたが
「遥の家にさ、小浪さん連れてってあげてよ。
ほら、民泊用の部屋、まだ残ってるだろ?」
「……それは」
衝撃のオーダーに口ごもった。
「よろこんで」と前のめりになる気持ちと、自分の「家」という最も取り繕えない場所に、小浪を引き入れる心理的コストを恐れる気持ちが、遥の胸中でぶつかり合う。その結果
「小浪さんが、良いって言うなら……」
「何?良いよな?」
うまく聞き取ってもらえなかったらしい。
すっかり灰色になった空からは風が吹き降ろされ、電話口の遥の声をさらって行く。
降りてきた風が荒れに荒れるせいで、引いていた自転車に乗ろうとするが、うまく進めない。
「あーもう……」
当てどなく愚痴めいた呻きが漏れる。めちゃくちゃだ。
こういうときのたつみ島も、自分自身も。
逃げ出したい気持ちすらもあったが、この島には逃げ場がないし、今逃げるのは最低だ。
足取り重くペンションに向かう。
「祥真さんなら、こういう時どうするんだろう」
小浪はこの状況をどう捉えているだろう。
停電ならしかたないよね。それで、まさかのかつての教え子という「知り合い」がいて、部屋も持て余してるような家に住んでるんだから。他に新たな宿を探すよりコスパもタイパもいい。
「俺は、全然嫌ではないですけど」と言うに決まっている。
そう、おそらく拒絶はされないはずだと、遥は意を決してドアを開いた。
その先で受けたのは、脳内で対話した小浪そのままの返答。
ほっとする間もなくペンションを出発した。嵐がすぐそこに迫っている。
「スーツケースお持ちしましょうか」
「大丈夫だよ。遥くんも荷物抱えてるし」
断られたのは解ったが、元々静かに話す小浪の声は、強風が重なってさらに聞き取りづらい。道中の会話は諦め、帰路を急ぐ。
途中、一昨日も会った男性2人組に絡まれてから、小浪がまた虚ろげな空気を醸し出していたが、この時の遥にはそれに気づける余裕は無かった。
やっとたどり着いた自宅の玄関は薄暗く、恐る恐る明かりをつける。
こちらは停電していないことを改めて確認し、遥は胸を撫で下ろした。
「立派な家だね」
「今となっては、無駄に広いだけだったりしますけどね」
「そう言えば、一泊いくら?」
「いやいや、祥真さんからはいただけませんよ」
「でも」と財布を出しかけた小浪の手を制止する。
「せっかくの旅行がこんなことになっちゃったんだから、いいんです」
「災害は誰のせいでもないよ」
「でも」と尚も制止してくる遥の手を緩やかに振りほどいて、小浪が遥の肩を軽く叩く。
「遥くんのせいじゃない、これだけは言える」
触れられた肩がじわりと熱を帯び、頬にまで広がる。
「今回はお支払いは諦めるけど…そういえば、遥くんは大丈夫?」
「お金なら別に…」
「お金じゃなくて、俺が泊まるの。
もう10年くらい経ってるし、遥くんも成長したから
平気とは思うけど……
他人と泊まれるようなタイプじゃなかったよなって。
いろいろ無理させるかもしれないし」
「大丈夫です、祥真さんなら、平気だと」
元々知り合いですし。慌てて取り付けた。
熱くなった頬と額から汗が吹き出そうだった。
「そっか」と小浪が目元を緩ませる。
今度こそはと小浪のスーツケースを持ち上げ、宿泊用の部屋に案内した。
昼食の時間まではお互い自由時間として、小浪は部屋で、遥は雨戸の補強などに向かう。
作業が終わった頃、風が凪いだと思ったらすぐに大粒の雨が降ってくる。
本土とは重量も強度も違う雨に打たれるのが、遥は嫌いではなかった。
ずぶ濡れになったシャツを玄関先で絞り、タオル代わりに髪を拭う。
並べられた小浪のサンダルを見て、そわりと胸が甘く震えた。
誰も昔の自分を知らない島で、ゼロから始めてみたいと思っていた。
移住した当初の開放感はたまらなかった。
過去の自分はどこかに置いて、思い描いた自分でいられる。
「遥くんは、大丈夫?」
自分のことを知っているからこそ投げかけられた言葉だった。それがどうしてか、嬉しいと遥は感じてしまった。そのような心配をされたくなくて、やってきたはずだったのに。
シャツを脱衣所にある洗濯機に放り込み、ふと鏡を見る。
日に焼けた腕がくっついているのは、普段日光に晒されることのない真っ白な胴体。
そんな自身の身体が、今の遥には特別滑稽に見えてしまった。
着替えのため自室に戻った。
遥の部屋は、台所横の4畳ほどの和室で、そこに仕事用のパソコンとベッドが配置されている。引っ越した当初は、押し入れをベッドにしていたが、ほどなく飽きてしまった。
以来、押し入れは本来の「収納」の用途で使われている。
そして民泊をしていた頃の客用の部屋は3つ、2階に設けてある。
そのうちの一つ、いちばん奥の方にある部屋を小浪に貸し出すことにした。
なるべく互いに気を遣わなくていいようにと、遥なりの配慮の形ではあった。
そろそろ昼食かと小浪に声をかけようとしたら、小浪も部屋から出てくるところだった。
「外にいたの?」
「雨戸の確認を」
「何か、遥くん、すごくたくましくなったね。すっかり島の人みたいで」
「全然!まだまだです」
語気が強くなる。
それを受けてか、小浪の表情に緊張が走ったように見えた。
「全然……そんなこと……恐れおおいっていうか……」
「……悪い癖だ、ごめん。人の成長を評価するみたいに言っちゃうから」
「祥真さんが謝ることじゃ……」
少しずつ取り繕おうとするが沈黙が気まずい。
「お昼はどうしようか?」
何でもなかったかのように沈黙を破った小浪の声が、心苦しくもあった。
「オーナーが持たせてくれた作り置きと……
家にあるもので適当に……って感じにはなるかと」
「そうしよう、外に出るの危ないもんね」
小浪に成長や変化を指摘されるのは、最初は嬉しかった。
けれど、今日この時に関しては「おまえなんか知らない」と言われているように錯覚してしまった。根本は何も変わっていないのに、ちゃんと見て欲しいのにと、遥の気持ちが焦げ付いていく。
昼食を何とか終えると、また小浪が口火を切った。
「このあとどうする?」
「少しだけ在宅の仕事があって……」
咄嗟についた嘘だったが、小浪は感心したといった様子で歓声を上げる。
「こんな時に大変だ。っていうか、遥くん働きすぎじゃない?」
「いくつか兼業してる人、多いんですよ。オーナーも、作曲とかやってますし」
「してそう」
「忙しいときもあるけど、いろんな生き方できて飽きないし
毎日気分転換できる感じで、僕には合ってたかもしれません」
「なるほど……それ、いいなぁ……」
「だったら」と喉元までせり上がった言葉を飲み込む。
言葉の続きを小浪の視線が催促している。
「僕の仕事、やってみます?
ネイルサロンとかのウェブサイト作るんですけど」
「ごめん、俺には無理だ、センス無いから」
力無く笑ったあと、「頑張ってね」と遥を送り出し、小浪は部屋に戻って行った。
一人になってほっとしてしまったことが情けない。
特にやることもないが、遥も自室に戻り、息をついてパソコンを開く。
せっかくもっと一緒にいられるというのに、不甲斐ない。
先日海ですごしたときはあんなに自然にできたのに
小浪にどう接したらいいのか。どう振舞ったらいいのか。わからない。
「だったら」と喉元まで一緒にせり上ってきた
「この島で暮らしますか?」
「僕と一緒に」
といったフレーズは、ギリギリのところで蹴落とせた。
小浪には、楽しい思い出だけを持って帰ってもらいたいのに、雑念ばかりが渦巻いて、それを制御しきれそうにない。
少しでも気持ちを紛らわそうと、早めに台所に立ち、遥は夕食の準備を始めた。
匂いにつられて小浪も部屋から出てくる。
「どうしよう、お皿とか準備する?」
「ありがたいですけど、お客様は寛いでてくださいね」
台所から小浪を押し出す。
他意もなく掴んだはずだった小浪の肩の感触が、理性を侵食しようとするので、遥は必死にフライパンをふるって上書きした。
夕飯を終え、シンクでは小浪が片付けを申し出て強行していた。
「お客さまなのに、すみません」
「タダで泊めてもらってご馳走になってるんだから、これくらいはさせてよ」
テーブルにひじをついて、遥は、シンクに立つ小浪の背中に向けて呟く。
小浪につきあって飲んでしまった発泡酒のせいか、遥の視界も思考もほのかにとろけていく。
「ずっと、祥真さんみたいになりたかった」
しなやかで、誰も傷つけないし誰にも傷つけられない。
そんな人になれたらどんなに生きやすいだろうかと夢見ていた。
「俺みたいな人間、大変だよ」
「大変でしたか?」
「それなりに。じゃなきゃ、自分のこと誰も知らないところへ行ってみたい
なんて思わないんじゃないかな」
「辛いことがあったんですか……誰かに傷つけられたりとか……」
「傷つけられた…かぁ…。うん、傷ついた、ってのはあるのかな」
他人事のような言い方にひっかかる。
「今の僕じゃダメですよね」
「ダメって、何が?」
「せっかく来てくれて、せっかく会えたんだから……
この島で元気にしたいって思ってたのに」
何もできていない。
小浪に成長を指摘される度に感じていたことがもうひとつあった。
小浪の認識と、自認している自己像とのギャップが苦しかった。
「ずっと、精神年齢は15歳から変わらないから」
「今も昔も、遥くんをダメだと思ったことは無いよ」
皿洗いを終えた小浪がテーブルに戻ってくる。
発泡酒の空き缶を回収しながら
「島の人たちに慕われて、かわいがられてるのも、才能だけじゃなく、きみの努力の」
「じゃあ」
遮るようにして
「祥真さんは、」
強い光が部屋に飛び込み、照明が一瞬消える。即座に轟音。近くで落雷があったようだ。
「……」
何を言おうとした?
「遥くん?」
言ったら取り返しがつかないことになっていた。
遥は俯いたまま冷や汗に耐えるしかなかった。
沈黙はすぐに叩きつけるような雨音に支配されていく。
ノイズの隙間から再度呼ぶ声がしたのに、動けない。
小浪はそのまま元の席に座り、テーブルに投げ出された遥の手に自らの手を重ねた。
握り固めた拳を柔く包む。
いつかのさざ波のような小浪の声や佇まいが、遥は好きだった。
足元に優しく漂って、ゆるやかに引き寄せる。
何度目かの雷鳴のあと、遥はやっと拳を緩めた。そのまま重ねられた小浪の指を握った。
細く骨ばった指にすがるように、それでいて、傷つけないように。
親指の腹で、小浪の指の間接をなぞると、小浪の指も応えるかのように伸縮した。
目の前で自分たちの手が絡み合っているのに、遥にはすっかり他人事に感じられていた。
そのまま初めてたつみ島の海に潜った時を想起していた。
ゴーグル越しに見た、珊瑚に小さな魚がまとわりついていて、ああそうだ、あの時の珊瑚に似ているかもしれない。うつくしくて、頼もしくて、大切にしたいと思わされた、極彩色の枝たちに。
雷鳴に遮られなければ「祥真さんは、僕が好きですか?」と小浪に尋ねていた。
問わなくてよかった。
小浪の返答次第では、何も言えなくなってしまっていただろうから。
ずっと言えなくて、それでもいつか必ず伝えたいと思っていたことがあるのに、一生言えなくなるところだった。
「祥真さん、ありがとうございます」
「俺は何もしてないよ」
「僕は何も出来なかったし、これからもそうかもしれない」
「そんなこと」
「なのに、祥真さんが好きです」
遥が、絡めた指をゆっくりと解き、顔を覆って項垂れた。
「ごめんなさい」
屋根も窓も雨が叩き続け、流れ落ちる雨だれの音まで響いてくる。
「10年前、言えなくて、今になってこんな」
再会は奇跡だった。
その奇跡の瞬間のときだけは、巧みに「今の守安遥」を演じられたのに、上手くやればやろうとするほどボロが出て
「困りますよね、ごめんなさい」
ついにはこんなザマだと、遥の声が震える。
感情も言葉も溢れて止められない。
早く隠れてしまいたいのに、足は見えない砂に沈んでしまった。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いいたします!