【創作BL】波風たてて、つかまえて:5話
【あらすじ】
「誰も俺のことを知らないところに来てみたかった」教師を辞めた小浪祥真は、衝動的に離島「たつみ島」へ向かう。
そこで再会したのは、10年前、家庭教師として関わっていた教え子の守安遥だった。島で人々に慕われながら生きる遥。
けれどその姿は、小浪が知っている彼とも、遥自身が思い描く自分とも少しずつずれていて……
波風たてぬよう生きてきた少し臆病で疲れたふたりが、見ないようにしてきたものたちと向き合っていく物語です
前回↓
昼下がりの浜辺は、天気もいいのに閑散としていた。
海水浴場としての開発が追いついておらず、無骨な砂浜に白い波が泡立っている。
「昨日はごめんね、今日もこんなことになって」
「僕の方こそ、ごめんなさい」
「何で遥くんが謝るんだよ」
さらりと笑う小浪の声が波に溶ける。
「もっと気にかけていればよかった……って」
「心配になるよね。せっかくいろいろやってくれてるのに」
遥の「ガイド」や「元教え子」としての厚意も熱意も、手に取るように理解できるのに、こころが一向に反応しない。謝ったところで状況が変わらないことも理解しているが、小浪にはほかにやりようがなかった。
「祥真さんこそ、せっかく逃げてきたのに、無理しないでください」
さざ波に寄せて遥はぽつぽつと、しかし力強く伝える。
他人と接することにとても臆病だった少年だった。なのに、今は反射光をたたえた力強いまなざしで訴えかけてくる。この空間すべてが焼き付いたように、小浪の体もこころも身動きが取れない。
「この島にいる間は、祥真さんは自由だから」
「自由」と遥の言葉を小さく反芻して、小浪はつま先を水平線に向けて踏み込んだ。
たったひとつの単語に、淀んでいた思考をすすがれたような、唐突に軽やかな気分になった。
慌てて遥が手を握る力を強める。
「いきなりどうしたんですか!」
「何だろ、『自由か、いいな』って思ったら、ちょっと泳いでみたくなって」
悪びれず小浪は波の動きに合わせて弾んだ。
「いいな、って……祥真さんが教えてくれたんですよ」
「何を?」
「まぁいいですけど……何も準備せずに海に入っちゃダメです」
遥の言わんとしていることが、この時の小浪にはわからず、自分がかつて教えたということを思い出すこともできなかった。
そうこうしている間に、すぐに二人とも膝上までが海水に浸かってしまう。
そのままじゃれあうようにして互いに手を引き合ううちに、遥の顔から戸惑いの色が消えていく。本当にくだらないことをしている。そんな自覚がどうしてだか、小浪をさらに破顔させた。
「お兄さんたち、島の方ですかー?」
浜辺から声をかけられたかと思えば、どうやら旅行客らしき男性2人組が波打ち際までやってきていた。
何か恥ずかしいところを見られた気がして、小浪は慌てて遥の手をほどいた。
「はい、どうしました?」と遥が男性たちに歩み寄る。
「ちょっとね、お尋ねしたいことあってんけど~」
「……カップルとか……恋人同士におすすめの場所やお店があれば知りたくて」
はつらつと声をかけてきた男性を遮って、もうひとりの男性が静かに、しかし「待ちきれない」といった様子で尋ねてきた。
「静かな場所がお好みですか?ぱーっと盛り上がりたいですか?」
ふたりのニーズを拾い上げ、いくつかのデートスポットを提示した遥に礼を言いながら、2人組は手を繋いでさっさと立ち去っていった。
小浪は、ぽかんとした顔で一連の流れを見ていた。
「祥真さん?」
「あ……何か、びっくりしちゃって」
「あぁ、時々いらっしゃいますよ。何か、みなさん結構オープンだし」
「いいな」と零したのを見逃さず、遥が拾い上げると
「本土……で、教師してると、何かいろいろと人目気にしちゃってたから……」
小浪が焦った様子で口ごもった。
「ここでも見られはしますけどね。誰も気にしてられないってだけで」
観光に力を入れているとはいえ、一次産業を営む人々が多いこの島では、その日を生きることに必死だ。
「他人のゴシップより雨雲の行方。漁船がどれくらい出せるか、出荷する植物の出来栄えに響かないか……そんなことのほうが気になるんですよ」
「少しうらやましいな」
濡れた前髪を垂らし、小浪が目を伏せる。
その羨望は何に向けられたものだったか。島の住民たちの距離感か、それとも、何の葛藤もなく手をつないで歩いていくあの2人なのか。
西日に照らされる水平線を、目を細めて眺め
「俺は、何がしたかったんだろうな」
高い波がつぶやきごと小浪と遥を襲った。文句を言いながら遥が頭を振ると、前髪から飛び散るしずくがきらめいて弾ける。
「祥真さん、何か言ってませんでした?」
「別に、何も」
**
島に来て4日になった。仕事が立て込んでいるとの事で、遥とは初めて別行動をする日になる。
適当に島内を散策し、夕飯はどうしようかと空を仰いだ。まだ青々とした空を、ぽってりとした白い雲がのろのろと横切っていく。
カメだ。ウミガメが空を渡っている。いや、空にいるのならソラガメか。などと考えていたら、先日「佐竹さん」と呼ばれた女性に勧められた居酒屋「かめきち」のことを思い出したので、小浪はそこへ行ってみることにした。
レトロに装った店内では、小さなテレビが店内の隅に置かれ全国放送のバラエティなどを映している。
番組の合間に、気象情報が流れた。
どうやら台風が発生し、この島に近づいているらしい。
「どうりで、風が強いわけだ」
「ね、本土に帰るの遅れちゃうね」
「かめきち」の大将が心配そうに小浪に言う。
「名残惜しいと思ってたから、ちょうどいいです」
呑気だなと大将にからかわれたが、本心から言えた言葉だった。
本土には仕事も同居家族もないので、島に取り残されようとも、小浪にとっては危機ではないのだ。
それよりも、たつみ島に到着してしばらくの間、小浪はもったいない過ごし方をしてしまったと少し後悔していた。
癒しを求めてやってきたはいいが、何が癒しなのか理解していなかった。
紺碧がゆらぐ波間も、枝葉と揺らす風のそよぐ音も、底抜けにあたたかい陽光だって、ただ過ぎ去っていってしまった。
せっかく遥が見せてくれたのに、どれもちゃんと体の芯から味わえなかった。
浅瀬で戯れた昨日は、おそらく「楽しい」と思っていた。
もっと深いところで海に潜るのも良さそうだったが、遥の手が熱く小浪の手に吸い付いてきて許されなかった。
あんな風に、誰かから必死で触れられたことは、小浪の思い出す限り無かった。
「無理しないで」
と、遥に言われたとき、その言葉が小浪の胸の奥でほのかな灯火を放った。
かつての同僚らによく言われたし自身も彼らに言っていたがお互いどこか他人事だった気がしていた。
また、生徒らに隠し撮りされてしまった人物―当時「恋人」だと思っていた人にもよく言われた。なのに、同じ口で頻繁に誘い出され、バーだのホテルだの深夜まで連れ回された。
それが「愛されていること」だと錯覚していた当時の自分が哀れでならない。
結局みんな自分に無関心だったのか。
食事を終えて店を出る。
吹き荒れる風の中、夜道をひとり自虐しながら歩いている自分の姿がとても惨めに思えた。
ポケットのスマホが震え、着信を知らせる。遥からだった。一呼吸おいて通話を繋げる。
「えっ、すごい風の音…どこにいるんですか?」
「そろそろペンションに戻るところだけど」
「台風来てるらしいですよ!いろいろ飛んでくるから気をつけてくださいよ」
今日はどこ行きました?危ないことしてませんか?ちゃんとご飯は食べましたか?
他愛もない質問や小言をいくつも並べられて
ふふ、と小浪は小さく笑った。
「この島に来てから、すっかり立場が逆転してるなぁ」
「そうですか?」
教えられ、導かれ、それがひどくあたたかくて心強い。
荒んで凝り固まった思考がほぐれてゆく。
ふと見上げれば、夜空が轟々と風を吹いて、雲の切れ間から、星が落ちてきそうなほど輝きひしめいていた。
時期と場所が良ければ天の川も見られるのだと、遥に教えられたのは昨日だったか一昨日だったか。
「きみの前だと」言いかけて止まる。ちょうど遥の言葉が重なったからだ。
「あっ、すみません」
「いいよ、何?」
「そんな風に思うくらい、祥真さんの力になれてたなら、嬉しいな……って」
電話の向こうの遥の表情が手に取るように想像できて、胸が甘く締め上げられた。
「うん、本当に助かってる。忙しいのに、ありがとう」
ペンションの外灯が見えてきた頃合で通話を切る。
大きなため息が漏れた。
きみの前だと、すっかり丸腰だ。
初めて会った時もそうだった。
幼いながらあまりにも真面目に生きているように見えていたので、遥には誤魔化しもきれい事も通用しないと小浪は確信していた。当時は、内心体当たりのつもりで接した。
なのに、たつみ島で遥と再会してからは、自分を守ることばかり考えてしまう。
そんな意志に反して、守ろうとすればするほど、嫌な思い出や、気づかなければ良かったことに気付かされ、足場がぐらついてしかたない。
それでも、遥が手を引いてくれるから、何とか立って歩いているのだ。
「吊り橋効果」
独りごちて首を振る。
こんな間違いは許されない。
夜中に遠くの方で破裂音が何度か聞こえて、さすがに恐怖をおぼえたが、眠ることはできた。
雨雲が深いのだろう。薄暗い朝、起きてスマホを見て小浪は異変に気づく。
充電ケーブルをさしてあったはずなのに、バッテリーが回復していない。
リビングに降りると、オーナーが渋い表情を見せながら告げた。
「停電ですね」
聞けば、昨夜の強風による倒木でペンション近隣の電線が破損したらしく、周辺の区域で停電となってしまったとのことだった。
「朝飯は何とかしますよ。
幸い、ガスコンロだから調理環境は生きてるしね。
問題は……」
乗るはずだった船はもちろん、明日は業務用の船まで全便欠航になるだろう。
それぞれ次の船は、台風通過後の安全確認を挟むため、最短でも3日後になることが多いらしい。つまり、あと3泊は必要になるとのことだった。
「……電気の復旧も、今日明日は無理かもですね」
ふぅと肩を竦めてオーナーはスマホを取り出す。
「無事そうな知り合いの宿に、空き部屋無いかかけあって……」
そうだ、とオーナーはつぶやき、どこかに電話をかけ始めた。
「小浪さんの受け入れ先、確保しましたよ」と微笑むオーナーに荷物の整理を促され、宿泊していた部屋の片付けをし、遅めの朝食が終わった頃
遥が息を切らしてやってきた。
「うわ、本当に電気ついてないですね」
「遥んちは大丈夫だった?」
「今のところは、ですけどね。冷凍食品いくつか救助しますよ」
抱えていた大きなクーラーボックスを広げ、次々と食品を詰めていく。
「助かる。持って帰ったら好きに食べてくれていいよ」
小浪が呆気にとられて眺めていると、オーナーが「こちらが受け入れ先です」と遥を指し示した。
「え」
「あれ?嫌だった?」
「俺は……」
昨日の葛藤がざわりと胸の奥を舐め上げてくる。
「俺は、ぜんぜん、嫌ではないですけど、遥くんは……」
「こいつの家、民泊やってたこともあったから、部屋いっぱいあるんですよ。な?」
オーナーに目配せされ、遥が苦笑する。
「やめてください、一応黒歴史なんですから」
「こうして役に立つんだから、たいして黒くもないだろ」
あとはよろしく頼んだよ、と手を振るオーナーに見送られ、小浪は遥とペンションを出た。
昨晩もひどかったが、今朝の風は勢いが違っている。身体が丸ごと攫われるのではないかと思うくらいに、四方八方から風が吹き荒れている。本土に到来する台風とはわけが違うのだろうと、肌で感じ取った。
この暴風の中では、お互いの声があまり聞こえない。防波堤の上を叩きつけてくる波飛沫を避けようと遥が小浪の手首を引いた。固く強い握り方が、遥の緊張具合を雄弁に語るが、それ以外は話のしようもなく、遥の家へと急いでいた。
「おー!一昨日ぶりですー!」
暴風の音を超えて呼びかけられ、何とか顔を上げる。一昨日海辺で出会った男性カップルのうちのひとりだ。先日、遥が言っていた通り「狭い島なので」本当によく会ってしまうのだなと、小浪は愛想笑いを返した。
今日も1歩後ろにいたほうの男性が、この時ばかりは声を張り上げて言った。
「こいつ、泳いで帰れないかなとか言うんですよ!」
「ナメすぎですね!」
そのまま遥と談笑を始める。台風の時のこの島の海の荒れ具合を、遥は笑い話混じりに話していた。
先に声をかけてきた方の男性はいつの間にか小浪の横にいる。
小浪がそれに気づくと、人懐っこいだけではない、含みを持たせた笑顔を向けてくる。
「ナメすぎかぁ……ツレのひと、なかなか言うやないですか」
「まぁ、そうですね」
「同類」にしかわからない空気がある。それを話しかけてきた彼も小浪も察していた。
そしてそれは、小浪にとって、遥には最も気づかれたくないことでもあった。
脳内に語りかけてきたのは、その空気か、隣にいる彼の雰囲気か、それとも自分自身か
「しっかりぐらついてるじゃないか」
「まさか遥くんを意識するとは思わなかったね」
「うるさい」と小浪の口から零れた。
風の音で誰にも聞こえてなかったのが幸いだった。
いなくなりたい、と久しぶりに思ってしまったが、この島にはどこにも逃げるところがない。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いいたします!