【創作BL】波風たてて、つかまえて:4話
【あらすじ】
「誰も俺のことを知らないところに来てみたかった」教師を辞めた小浪祥真は、衝動的に離島「たつみ島」へ向かう。
そこで再会したのは、10年前、家庭教師として関わっていた教え子の守安遥だった。島で人々に慕われながら生きる遥。
けれどその姿は、小浪が知っている彼とも、遥自身が思い描く自分とも少しずつずれていて……
波風たてぬよう生きてきた少し臆病で疲れたふたりが、見ないようにしてきたものたちと向き合っていく物語です
前回↓
「すっかり『先生』ではなくなった、ただの無職ってこと。がっかりだよね」
目を細めただけの表情で小浪が問いかけてくる。
口元も、笑っている形は成しているが、遥にはただの切れ込みのようにも見えた。
「がっかりじゃないけど……もったいないなぁと」
「うん、よく言われた」
「またいつでも戻れば……」
「どうかなぁ……もう、疲れちゃったんだよね
だからここに逃げてきちゃったってわけ」
「僕のエゴかもですけど」と前置きをして遥が続ける。
「ここに逃げてきてくれて、嬉しいです」
「それくらいポジティブに考えられたらいいね」
鼻で笑われてしまった。
それを受けて、飲んだ息が上手く吐き出せない。
変わらず風は吹いて、雲も木の葉も揺れる。
動き続けているこの島で、小浪は特別異質に見えた。
何か言わなければと思えば思うほど、遥の喉も顔も硬くなっていく。
無理矢理に遥は微笑んで見せた。
「灯台は、また明日にしましょうか」
やっと喉が緩んで絞り出されたのは、逃げを打つセリフだった。
**
元は大家族の家だったのだろう。広さと部屋数の割に安価で、これはとても賢い買い物だろうと、当初の遥は有頂天だった。
余っている部屋を使って民泊もやってみた。しかし、大事な「旅行客」とは言え、「他人」の気配がする状況に耐えかね、今シーズンで閉業を決めたばかりだった。
すっかり空洞と化した部屋たちを這って、数件隣の大衆居酒屋からの笑い声が漏れ聞こえてくる。
その声と賑わいにほんの数ヶ月前を思い出し、苦笑してマウスをデスクにすべらせた。
移住したばかりの頃の自分は何とも浅はかだったなと、何度も一人反省会をしていた。
「ひとりで考えちゃうと、どんどん変になることない?」
10年前、小浪にそう心配されたこともあったが、なかなか無くならない悪癖のひとつだった。
民泊の収入がなくなった補填として始めたウェブデザインの仕事は、オンライン環境さえあれば自宅で完結するのがありがたい。
ふぅと伸びをひとつ。夜風に乗って指笛の音まで聞こえてきた。
「元気だな」
マウスのクリック音を液晶前でちらつかせ、遥は独りごちた。
「本土で何かあったのかな」
家族や友人、恋人たちと浮かれた調子で来る人、仕事でしかたなしに来る人……
それから、小浪のように、憔悴して癒しを求めてやって来る人。
どんな目的があれ、はるばるこんな島に来る人は、根が元気な人が多い。
しかし小浪からはその元気さは感じられない。
「先生を辞めた」という話をしてくれた時、遥が感じたのは正体不明の空虚だった。
何を求めているのか、何がしたいのか、まるで見えてこない。
遠路はるばる来たのだから、楽しんで元気になって帰ってほしい。そしてまた来て欲しい。
遥もそんな島民らと同じポリシーの元に活動していたが、それを小浪に押し付けてはいけないと何となく感じていた。
「明日はどうしようかなぁ」
頬杖をついて、あてどなく呟く。
カチカチ、カタカタ、硬質な作業音。
わぁと歓声まじりの笑い声。
どれもが混ざり合えず、ぼんやりと遥を包む。
自室なのに、小浪のことを考えているのに、居心地が悪くて嫌気がさしていた。
納品が終わったのは深夜で、少しの朝寝のあと起床した。
迎えにゆくと告げた時刻までは1時間程度余裕があった。
コーヒーの準備をしながらスマホを開く。
「ごめん。体調不良なので今日は部屋で休みます」
小浪からのメッセージを見て一気に目が冴えてしまった。
「大丈夫だよ、ありがとう」とは返信があったものの、いてもたってもいられず
気づいたら商店街のスーパーに来ていた。
飲み物などの差し入れを入手し、小浪が宿泊しているペンションへと向かう。
小浪のために何かをしないといけない。その「何か」の中身は見当もつかないが、動かずにはいられなかった。
「そちらに宿泊してる小浪さんなんですけど……」
ペンションの前でオーナーに電話をかけると、扉が開いた。
「うん、今日また出かけるって約束してたんだろ?」
そこまで来てるならもう入れよ。口ひげを揺らして笑いながら、オーナーは遥を招き入れた。
「頭痛と発熱だって。寝たら治るとは言ってたよ」
「何だろう……慣れない旅先で緊張してたのかな。それとも僕が昨日無理させちゃったのか」
「遥」
ぴたりと空気が止まる。
「悪い癖。自分以外のことを想像しすぎ」
口を引き結び、所在無く視線を落とすと、オーナーはまた笑った。
「1度声をかけてみようか。昼食まだなんだ」
客室がある2階を促され、オーナーの後に続いた。控えめなノック音と、抑えた声で呼びかける。
「小浪さん、起きてる?」
返事がないので安否確認のため小浪の部屋へ入ると、熟睡している様子で、緩やかに胸が上下していた。
「まだ寝かしとくか」
階下で電話が鳴る音がする。
ちょっと行ってくる、あとよろしく。
了解です。
視線だけでやりとりをし、オーナーは静かに退室した。
見事な気配の運び方は、まさに熟練の宿主のなせる技だ。
カーテンを締め切った部屋には、ゆるやかな呼吸音だけが漂っている。
室内のデスクに、買ってきたペットボトル飲料を並べようとしたが、外装のビニール袋がざわつくので袋ごと置いておくことにした。
小浪が起きてしまうと、きっと驚くだろう。あるいは、勝手に部屋に入ったと見なされ不気味がられるかもしれない。
無防備に晒された小浪の額にシワが寄っていく。起きる前に退室しなければと半開きになっているドアに手をかければ
「やめろ……」
「えっ」
不意の呼び掛けに心臓ごと縮み上がり脊髄反射で返答してしまった。
小浪の目は閉じられたまま、緩やかな呼吸音もそのままだが
「けしてくれ」
朧げにもう一言投げ出された。
誰に向けて?家族?友人?それとも……
オーナーに悪癖だと指摘されたばかりなのに、遥は想像を膨らませて疑問を呼ぶ。
仕事だけでなく、夢に見るほど苦しめられた何かから逃げるためにこの島に来たのだろうか。だとしたら
「納得はできるけど、もしそうなら」
こんなのってないよ。
小浪をあのような空虚に陥れた何かがあるのなら、悲しく、許し難い。
もう一度だけ小浪の寝顔を覗くと、眉間のシワも消え、薄い唇がまた控えめに閉じたり開いたりしている。
遥の指先が、誘われるようにして、小浪の口元に伸びていく。しかし、かろうじて生きていた理性が、下手に触れて小浪を目覚めさせた時のリスクを案じてくれた。遥もまた、オーナー同様に静かに退室していった。
「触れられないよな」
階段を降りながら、遥は行き先を切断された自身の指をじっと見つめていた。
リビングではオーナーが昼食の準備をしていた。
「昨日は二人でどこ行ってたんだ?」
「商店街と、灯台のほう……何か聞きました?」
「楽しかったって言ってた」
「ほんとかなぁ」
オーナーが露骨に眉をひそめる遥を笑う。
「何、どうした?」
「また悪い癖です」
「今度は自覚があったか」
良かったら味見してくれと差し出されたのは、オーナー手製のミネストローネで、スパイスが優しく香った。遥もまた昼食を済ませていなかったということを、自身の胃袋が先に思い出した。
「遥も、何か心配する前にちゃんと食べような
腹減ってる人間はろくなこと考えないから」
図星を刺され、口に含んだ具材たちが上手く飲み込めない。
何とか流し込み、スプーンで皿をひと混ぜし呟く。
「あの人、ここにいるようでどこにもいないような感じがして……」
「旅行者ってのは、だいたいみんなどっかふわっとしてるものだろ」
オーナーの言うことも一理あるが、それはどこかしっくりこない。
「オーナーには『楽しかった』って言ってたみたいだけど、それが本心なのか、わからないんです」
「そういう疑問を持ち続けるのは、俺たち観光業界の人間には大事だけど
遥の場合はそれで病むからなぁ。
お客様の気持ちまでガイドしなくていいんだよ」
「わかってはいますけど……」
「まぁでも、遥にとって小浪さんは、ただの『お客様』じゃなさそうだな」
キッチンで背を向けたままだったオーナーが振り返り、口角を吊り上げて問う。
「昔の……恩人、ですし……」
「昔の?」
「すごくお世話になった……なのに……」
なのに、小浪を思い出さなくなっていた日もあった。
好きだったはずなのに、気持ちも行動も伴わなくて、そんな自分が不甲斐なかった。
「僕は何もできない」
「決めつけが早い。まだこれからだよ」
しばらくして小浪が部屋から出てくる。何か声をかけなければと一瞬考えている間に、オーナーが声を発した。
「何か食べます?スープは作ってあるから、もしリクエストがあれば」
「ありがとうございます。まだちょっとすっきりしないから夕食に頂いていいですか?」
「もちろん」
「祥真さん、大丈夫ですか?」
「遥くんもありがとう
ずっと寝てたから身体がバキバキだ」
「わかる」
しみじみと言った様子でオーナーが相槌を挟み
「ちょっと散歩でもどう?」
遥と昨日のデートの続きでも、と付け加えられ、遥の心臓が跳ねた。
耳の付け根からかっと熱くなっていくのに焦っていたら
「そうですね」と小浪には何でもないように軽く返され、跳ねた心臓はそのままちくりと鋭く疼いた。
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