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【創作BL】波風たてて、つかまえて:8話

【あらすじ】
「誰も俺のことを知らないところに来てみたかった」教師を辞めた小浪祥真は、衝動的に離島「たつみ島」へ向かう。
そこで再会したのは、10年前、家庭教師として関わっていた教え子の守安遥だった。島で人々に慕われながら生きる遥。
けれどその姿は、小浪が知っている彼とも、遥自身が思い描く自分とも少しずつずれていて……

波風たてぬよう生きてきた少し臆病で疲れたふたりが、見ないようにしてきたものたちと向き合っていく物語です

https://note.com/empchi_k/m/m1052c2980b27

前回↓


荒れ狂う風と雨音を聞きながら、遥は一睡も出来ずにいた。
ちゃんと大人として振る舞えただろうかと自問したが、あんなふうに想いをぶつけてしまっては、その後どんなに取り繕っても意味が無いと激しく自責した。
ざわつく胸を掻きむしって、ベッドに転がる。
「困らない」とまっすぐに小浪は言っていたが

「気持ち悪いって思われたかな」

遥の小さな嘆きはシーツに吸われていく。
同性同士の恋人たちに偏見も嫌悪も無かった。
島に来ると本土のしがらみから解放されて、みんな仲睦まじく旅を満喫していたから、それも恋愛の在り方のひとつとして自然と受け入れていた。
しかし、小浪は違うかもしれない。
先日、男性2人組の旅行客の対応した時に、明らかに動揺していたように遥には見えていた。
あの動揺は、歓迎しているようには到底見えなかった。
なのに、堪えられなかったからと言って好意をぶつけた。
困ってはいなくても、何か不快な思いをしたかもしれない。
同性で、元教え子で、何年も会っていなくて、さして取り柄もない自分のような男に慕情や劣情をぶつけられて、どんな思いをしただろうか。
とにかく無かったことにするしかないと、告白の後、急拵えで態度を変えてみたが、小浪の反応が思い出せないせいで、効果の程がわからない。
せっかく会えたのに、嫌われて、それでまた別れることになるのかと想像し、遥は一晩中生きた心地がしなかった。

そのまま迎えた朝、小学校から電話が入る。
休日ではあるが、避難所の手伝いに来て欲しいとのことだったので、二つ返事で向かった。
小浪はまだ起きていないようだったので、メッセージアプリから書き置きだけ残した。
小浪を起こさないよう、見つからないよう、なるべく音を立てず、家を出た。

在宅の仕事の納期が迫っている時などは、たまに徹夜をすることもあったが、今回の徹夜は違った。
何の達成感も無く、ただただ気分が悪い。
ふらつく脚に鞭を打って、持ち場につく。
配布用の飲み物を始めとした物資を長机に運びながら、ふと周囲を見渡すと、腰の曲がった老人や、子どもを背負ってやってくる若い母親たちの姿が確認できた。
これくらい何だ、自分より大変な思いをしている人の前で無様な姿は見せられないと、遥は懸命に笑顔を作って物資を運んだ。
炊き出しも終わり、来訪する島民の数もまばらになった頃に帰宅を許されたが、最後まで作業を続けた。
帰る勇気が出なかった。
こうして小浪と距離を取り続けることで、さらに墓穴を掘っていくことには薄々気づいていた。
だが、寝不足のせいで、判断を誤っていることには気づかなかった。

昼をしばらく過ぎた頃に避難所も閉鎖されたので、仕方なく帰宅することにした。
玄関を開けると、小浪のサンダルが無いことに気づく。
家の前の路地、庭など、周囲に小浪の姿はない。
震える手で小浪に電話をかけてみると、コールは鳴るが、そればかりで応答はない。
こうしている間に戻ってくるだろうかとも考えたが、ただの散歩にしては長い時間が経った。
島民らは台風の後始末に追われ、観光客用のワークショップは軒並み休業だし
商店もスーパーくらいしかまともに運営していないのだから、行くところなど無いはずなのだ。
にわかに遥の背筋が冷える。
電話に応答しないということは、拒絶して出ていったのかもしれない。
でも、どこへ行ったのか。
家主として安否確認のため、小浪が宿泊している部屋を改めると、スーツケースはそのまま置いてある。
何もかもはっきりしない状況だが、確信していることがある。
遥が知る小浪は、一般的な分別ある大人だ。
拒絶のためと言っても、黙って去るという非常識をはたらく人間ではない。
ここを紹介した元宿泊先のオーナーなら何か知っているかもしれないと思い立ち、オーナーに電話をかけた。

「小浪さんが知らない間にいなくなってて……さっきから連絡も取れないんです」
「今朝なら散歩してるところに会ったけどなぁ」

オーナーの話しぶりから察するに、ほかの宿を紹介した様子もないようだ。

「遥、またいろいろ想像してる?」
「……してます」
「小浪さんも大人だし大丈夫じゃない?」

そんなことは解っている。ただ、自分は違うのだ。
大人になりきれない。小浪の身を案じる気持ちと、今の孤独に耐えきれない気持ちに揺さぶられ居てもたってもいられない。

「でも、台風のせいで危ない場所とかもあるから、探してきます。
 オーナーも何か知ってたら連絡ください」

道すがらメッセージアプリを確認する。
もしかしたら通知が漏れていただけで何か送ってきてくれたかもしれないと期待した。
しかし、今朝自分から送った外出を告げるメッセージがそのまま残っており「わかったよ、気をつけて」と小浪から返信がきている。
そうだ、拒絶したのは、自分が先だった。
「小学校から呼び出されて」なんて、他者のせいにして、実質だまって小浪をおいて家を出てしまった。
愕然として立ち尽くす。

「ほんと、何してんだろ……」

触れたかったのに拒絶して突き放して、なのに今、なりふり構わず捜索している。
もし見つけたとして、どう声をかけるか、どう謝るか、まるで良い案は浮かばないのに

「早く見つけなきゃ」

小浪と話がしたい、顔が見たい。今度こそ、間違えたとしても逃げない。そう決めて、あぜ道を駆け出した。

思いつくところは探したが見当たらない。
狭い島のはずなのに、意図して人を一人探そうとすると想像以上の難易度がある。
明日の朝になっても帰らなければ、駐在に捜索願かなと、遥はぼんやり考えながら、自宅に向かって歩いていた。

「お疲れ!遥先生!」

はつらつと声をかけてくる女性と、その横で不貞腐れた顔をしている少年が歩いてくる。

「こんにちは、佐竹さん」
「今回の台風も大変だったね!アタシは船も止まって暇になっちゃったけど!
 遥先生は忙しかったろうに、またアサヒが迷惑かけてごめんね!」
「え?」
「いやね、さっきそこでつかまえてさぁ……またこの子隠れてたんだろ?遥先生の家の方から歩いてきたから、てっきり今日も連れ戻してくれ……あれ、そういや遥先生どこ行ってたの?」

些か混乱する佐竹さんの横でアサヒの視線が泳ぐ。
じっと見つめてみたら目が合った。圧力を感じたのか、ぼそりと口を開く

「遥先生も早く帰ったら?」

何があったのかは解らないが、何となく察したことがある。

「また学校でね、佐竹さんもお疲れ様です」

言葉とともに疾走を始めた。
「あら、またねー!」と、すでに佐竹さんの声が遠くなっている。

玄関に明かりがついていて、いつもならしまったと思う光景に息が弾けた。
その勢いのままに戸を開いて飛び込んでいくと、キッチンに小浪がいた。
驚いたのかびくりと肩を震わせ、目を見開いて遥を見ている。
いた、やっと見つけた、帰ってきてくれた、どこにいたんだ、何をしていたのか、ケガはないか、スマホはどうしたのか
聞きたいことが溢れて止まらないが、小浪はいつものさざ波のような調子で返答するばかりだった。それが心地よかったのか、心身ともに限界が来ていたところに、凄まじい安堵感をおぼえたせいか、遥はソファに崩れ落ちて眠ってしまった。

夢も見ないまま深く寝落ちて目を覚ます。
まっくらなリビングで、身体には小浪の部屋に使っていた来客用の夏布団がかけられていた。静かな寝息に誘われ視線を動かせば、すぐそばで床に座り、ソファにもたれかかって眠っている小浪がいた。

「祥真さん」

名前を呼びはしたが、完全に独り言のつもりだった。

「……起きたの?」

返答をしたことに驚きつつ

「こんなところで寝てたら、また体調くずしちゃいますよ」
「うん」
「部屋戻ります?」
「……今はいいや」

ソファのふちに頭を預けて小浪が言うので、遥は質問を続けた。

「……スマホ投げたって」
「ちょっとね、見たくない連絡が来て」
「僕からの?」
「違うよ、遥くんじゃない」
「じゃあ、お仕事の?」
「聞かない方がいい」
「僕は聞いた方がいいと思う」

寝ぼけ声だったが、突き刺すようなトーンを放つ。それを受けてか、小浪は一度顔を手で覆うとふうと息を吐き出しながら元の姿勢に戻った。暗闇の中、小浪の背がどこか凛と伸びていくのが見えた。

「恋人だったかもしれない人かな」
「かもしれないって」
「俺だけがそう思っていた可能性が強くて」
「どんな人でした?」
「それすらよくわかってなかった」
「……まだ好きなんですか?」
「だったらスマホ投げてないよ」

笑い声混じりに返され、また室内が静まる。
仕事も失って、親しい人と離別も重なって、やっとやってきたこの島では、元教え子から裏切りのような慕情を向けられて、平気でいられるわけが無い。なのに、嘆くことも怒ることもせず、傷ついた分だけ、存在がおぼろげになっていく。そんな小浪が、遥には哀れで高潔にも見えていた。

「ごめんなさい」
「どうして遥くんが謝るのさ」
「余計に傷つけたかもしれないから」
「傷ついた……かなぁ、気づいたことはあったけど」

背を向けていた小浪が、遥に向き直る。

「そいつのこと話してても、今はつらくも何ともないんだ」
「話しにくそうだったのに」
「遥くんにはあまり聞かれたくなかった
 好きな人の過去の恋愛って、聞いてていいものじゃないだろ?」
「ちょっとだけ」

ふぅと一呼吸。横になったままの遥の手に、小浪が触れる。

「退職したこともそうだ。今の遥くんには、言いにくかったことが言えてしまう」
「つらいことをさせてますよね」
「全然、何だろう、不思議なもんでさ」

触れられた手が、小浪の両手で祈るように包み込まれた。

「誰も俺のことを知らない島に来てみたかったのに
 知ってもらえることで楽になることもあるんだなぁって」

上体を起こし、そっとその頭に覆いかぶさって抱きくるめた。
こんなことをしていいのかわからないが、そうせざるを得なかった。
「知っている」たったそれだけのことが孤独を溶かすということに、遥も気づきかけていた。
しかし、それを真正面から認めてしまえば、単身本土を飛び出してこの島にいる理由が濁ってしまう。

「僕も祥真さんと一緒に本土に帰っちゃおうかな」

甘えたことを言ってしまったという自覚はあった。自立できたと思っていたのに、見ないふりをしていた弱い自分がすぐ目の前で手招きをしている錯覚がして、生きる支柱が揺らいでいく。

「俺がいなくても、きみはしっかりやってこられたじゃないか」

腕の中から聞こえた言葉が遥の脳裏をひやりと射抜いた。
遥の腕から抜け出して、小浪が続ける

「俺も大丈夫だよ。
 本土に帰ったら、すぐにスマホは新しく用意する。
 まぁ、しばらくは無くても死にはしないかな。
 それから、部屋もまだめちゃくちゃだから片付けもして、仕事も追々探して……」

これ以上は聞きたくない。
言えずに小浪の語りを止められずにいたら、一瞬の沈黙が通り過ぎ
「そうだ」小さく閃いたような声。

「この島の求人情報って何かある?」



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