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【創作BL】波風たてて、つかまえて:最終話

【あらすじ】
「誰も俺のことを知らないところに来てみたかった」教師を辞めた小浪祥真は、衝動的に離島「たつみ島」へ向かう。
そこで再会したのは、10年前、家庭教師として関わっていた教え子の守安遥だった。島で人々に慕われながら生きる遥。
けれどその姿は、小浪が知っている彼とも、遥自身が思い描く自分とも少しずつずれていて……

波風たてぬよう生きてきた少し臆病で疲れたふたりが、見ないようにしてきたものたちと向き合っていく物語です

https://note.com/empchi_k/m/m1052c2980b27

前回↓

小浪からの問いに、遥が目を見開く。

「求人……?」
「生活のために収入源は不可欠だよね。あとは住むところもか。
 散歩中に空き家はいくつか見つけたけど、売物件かどうかは解らなかったし
 賃貸の物件もあんまりなかったかな」

混乱した様子で遥が呼びかけてきたことに気づき、小浪は一旦話すのを止めた。

「冗談……ですよね?」
「本土には俺のものは何も無いんだ。
 仕事も、コミュニティも、置いてきた絆とかもね。
 だから良い機会なんだよ」

自分のものなど何も無いという点では、この島は本土と何一つ変わらない。
これからも何一つ手にすることはないかもしれないが、今の小浪には触れていたいと思うものがある。

「だからって、たつみ島じゃなくても……」
「そうだね」
「祥真さんなら、どこでもやっていけるのに」
「だったら、逆にたつみ島でもいいわけだ」

あっと遥が声をあげる。

「僕も、両親に……今の祥真さんと同じこと言って、出てきたんだった」
「そうなんだ、何だろ、俺たち実は似てるのかな」

ごく自然に漏れた小浪の笑い声に、乗りかかることなく遥は続ける。

「しかも、そのときの両親と同じこと言って、祥真さんを止めようとしてる……」
「現実的に考えたらそうだよね。きみが思慮深い大人になったってことじゃないか」
「そんなこと……ないです」

俯いて消え入りそうな声を残した遥の姿に、小浪は初めて会った頃のことを思い出した。
すっかり忘れていた。あの頃から根本的なところは変わっていない。

「そう、そんなことない、違ってた。
 思い出したよ。
 きみは最初から、大人みたいな子どもだった。
 周りの子どもが気にしないことを考えて、気遣って生きてきてた」
「……ただの悪い癖です」
「きみの悪い癖に甘えちゃって
 それで今、きみを苦しめてるのは俺だ」

暗闇に目が慣れたおかげで、手で探ることなく遥の頬を撫でることができた。
再会してからの遥が、いつだって逃げ道のような言葉を用意してくれていることに、小浪は今やっと気づいた。
きっと遥自身も傷つきたくないからであろうことは容易に予想できるが、それでも小浪を縛るまいとする、遥なりの思いやりの形のひとつなのだ。
撫でられている頬が逃げようとしているのを察し、追いかける。

「ダメですよ」

今度は全身で遥が逃げようとする。
ここで逃がしてはならない。
小浪の本能が警鐘を鳴らす。
呼びかけてソファを降りようとしているところで手首を掴むと、身を反転させた遥に正面から抱きしめられた。

「ダメですって……言ったのに……」

「我慢できなくなる」と震えて湿った声が小浪の肩口に埋まっていく。
本当は、再会できてずっと嬉しかった。再会してから、がっかりさせたくなくて必死だった。元気がないことに気づいてからは、何かしてあげたくて力になりたくて、でも何もできなくて悔しくて消えてしまいたかった。告白も、するつもりなんて無かったのに止められなかった。
途切れながらゆっくりと遥からこぼれ落ちてくる言葉たちに、小浪は耳を委ねて目を閉じた。

「さっき、僕を傷つけたとかって言ってたけど
 それで申し訳ないとか思って
 この島に来るんだったら絶対やめてください」

再会した時に、随分厚みを帯びて頼りがいのある風格にも見えた。
今も、強い言葉で小浪を諌めるが、肩と背中が震えて、どこか儚い。
抱き返せば壊れてしまうだろうかと恐れ、小浪は遥の背に、静かに手を滑らせた。

 「罪悪感はそれなりにあるよ
 でも、それとこれとは別」

あやす様にして遥の背を撫でて

「この島に来て、遥くんには言いにくかったことも話せてしまう
 しかもそんなにつらくないって言っただろ」

合わさっていた上体を開いて、正面から遥の顔と向き合う。形のいい両目は不安そうに不思議そうに、所在無く視線を落としたままだった。

「きみがこの島にいてくれて、本当によかった」

「やめてください」と掠れて震えた声が小浪に縋る。
「泣きそう」と続けざまに言われたので、何かを答えるかわりに、再度、遥の背に腕を回した。肩に頭を乗せさせて、髪を撫でる。
自分ではダメなのではないか、好きな人の何の役にも立てないと
ひとりで苦しんで、こんなにも自分自身を追い詰めていたのだと、小浪は改めて遥の不器用さに思いを馳せていた。
それに気づけなかった悔しさは、確かに今感じている罪悪感の根としてはり巡っている。
髪を撫でても、背を撫でても無力だ。
それでも寄り添う。そこにいる。
遥は小浪にとって、たつみ島そのものだった。
小さくて控えめだが、うつくしくて
陽だまりのあたたかさも、渦巻く風も、表情豊かだが、ただそこにある。
だから甘えてしまうのだ。
これ以上、甘えて踏みにじらないためにどうすべきかは小浪にはわからなかった。
振り払われないのを良いことに、遥の頭や背を撫で、肩口で泣かせ続けていた。

いつの間にか眠っていたらしく、ソファに半身を預けていた間に夜が明けていたようだった。
リビングに差しこんできた陽光のぬくもりに自然と目を覚ましたが、下がり気味な小浪のまぶたは更に重量を増す。
遥も目を覚ましたようで、Tシャツの袖で顔を拭っている。
寝ぼけまなこで向き合えば、少々の気まずさが二人の間を通り抜けていく。

「……起きますか」
「昼過ぎには船のチケットの手配に行くから……
 もう少しだけ寝てもいい?」

小浪がまたソファに半身を預けて寝ようとしたので、遥が慌てて立ち上がった。

「部屋に戻らないんですか?」
「ここでいい」

駄々っ子ようだと反省はしたが、今ここで部屋に引き上げると、また遥との間に距離ができてしまうと恐れた。
リビングにタオルケットを持ち込んだ遥が、い草のラグが敷かれたスペースに小浪を誘導する。
横になった小浪に寄り添う形で、遥も床に腰を下ろした。

「いちおう訊きますけど、旅行最終日なのに、寝ちゃっていいんですか?」
「逆に最高に贅沢じゃない?
 こんなふうに、明るい時間にごろごろできるの、何年ぶりだろ……」
「ずっと忙しかったですか?」
「忙しかったな……俺の要領も悪かったんだけどね」

ぼんやりと天井を見つめながら

「きみが思うほどできた人間じゃないのに、好きとか言ってくれるんだもんな」
「できた人間だから祥真さんが好きなわけじゃないですから」
「もの好きだね」

訊くべきではないとわかっていたのに、眠気で脳が制御できず、ずっと飲み込んでいた質問が滑り落ちてきた。

「遥くんも、俺たちと同じだった?」
「どういう意味ですか」
「恋愛志向の話……」
「それは、よくわかんないです
 いつだって、僕と一緒にいてくれてたときの祥真さんを好きだと思った、それだけなので」
「俺は……」

ここで易々と気持ちを返すのはどこか偽物くさく、浅慮だと小浪は思った。
こうして好意を惜しみなく与えられているが、それでも遥がいつかほかの誰か、或いは「やはり」と女性を好きになる日が来るかもしれない。
そして、家庭を持ちたいなど選択しようとする日も。まして遥の両親にどう顔向けできようか。

「難しいこと考えてます?」

遥が寝そべって問いかけてくる。
返事の代わりに顔だけを遥に向けると、よく知った笑顔で

「考え事するとき、急にフリーズしますよね」

恐れるものが増えているのは、引き返せないところまで来ている証拠だ。
小浪も笑うしかなくなって、自身の顔のすぐ近くにあった遥の手に指を絡めた。
それに応えるように、遥の指も小浪の手をとらえる。
関節をなぞる互いの指が熱をはらんでいく。
本当は、何も考えずにこんな時間を過ごしていきたい。
お互いの体温と呼吸音、波と風の声、全部まとめて溶けてしまえたらいいのに。

「俺を大切にしてくれたきみを、俺もちゃんと大切にしたいよ」

既にまぶたは落ちかけ、重力の強い眠気に逆らえず、間もなく二人分の寝息が室内に満ちた。

宣言通り昼過ぎに目が覚めたので、急いで順番にシャワーを浴びて汗を流した。
身支度が整ったら、ふたりで島内の定食屋で軽く食事を取り、港のチケット売り場に向かった。
遥の後をついていくのではなく、隣を並んで歩くと、手の甲どうしが軽くぶつかる。
その度に遥がちらりと小浪を見るので、肘で遥を小突いてみた。
すぐに遥もぶつけ返してくる。
こうして何でもない一日の始まりのように、時が過ぎていくのが、どこか寂しく、同時にいとしくも思えた。
道すがら、小浪は空き家をいくつか見つけて呟いた。

「さっきの物件、良さそうだったけど……場所的にどうなんだろう。
 利便性とか、遥くん的にはどう思う?」
「……そう言えば、なんですけど」
「なに?」
「……僕の家、部屋余ってて……」
「知ってるよ」
「……」
「時々泊まりに行こうかな」
「……いつかは……」
「そうだね、いつかは」

チケット売り場で対応してくれたのは、島に来て間もない日に、遥を「先生」と呼んだ佐竹さんだった。

「台風の日のチケットの返金処理はしてあるのね。
 じゃあ、明日のチケットだけ手配しとくよ」
「お願いします」
「お名前は、小浪さん、ね」
「はい、確かこの島にいっぱいいるんですよね?」
「ん?アタシが知る限り誰もいないよ」

付き添いで来ていた遥を振り返る。
「バレたか」という顔をした後、首筋まで赤くして

「いらない嘘をつきました……」

ごめんなさいと小さく謝罪された。つられて小浪の顔も赤くなる。
佐竹さんが不思議そうに2人を見る。

「チケット発券していいんだよね?」
「……はい、お願いします……」




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