涙、涙のスキーパトロール生活①
2024年12月〜2025年3月まで冬山で住み込みアルバイトをした時のエピソード。自分が柔なことぐらい知っていたけど、この3ヶ月半に及ぶ自然の中での仕事で、何度涙を流したことか… それでも、「涙の分だけ成長はできた」というような歌詞の歌が、頭に浮かぶくらいに、私は案外前向きだった。
スキーパトロールとは?
スキー場の安全管理を行うために、コースの巡回や傷病者の救護を行うスキー場のスタッフ。
【主な業務内容】
気象観測 気象条件によるリスクの把握
始業前パトロール 全コースの安全確認 セイフティネットの設置等
巡回 定期的にゲレンデ内を巡回 危険個所への対応や傷病者の発見、悪天時におけるお客様の誘導等を行う。
救護 救護要請のあったお客様への応急処置とスノーモービルやアキヤボートを使用した搬送。
訓練 アキヤボートを使った搬送、日赤救急法を用いた傷病者対応の訓練等。
最終パトロール お客様の最後尾を滑走し、ゲレンデ内が無人であることを確認
今回のエピソードは5. 訓練に当たる。
1/20(日) 救助<遭難 もうダメかも
全てはここから始まった。
コース外で尻餅をつきながら、立ち上がれずにいた私の頭には、色んな言葉が駆け巡っていた。
『遭難』『孤独』『責任』『救助』『無力感』
パトロール隊員として働き始めて1ヶ月が経過した頃、私はいつも通り出勤。信頼する先輩方からの指導に必死についていく毎日。本日も1日が始まった。
お昼を過ぎた頃、無線が入った。
「コース外で人が倒れているという通報あり。なお、明確な場所については不明。捜索、救助をお願いします。」
ピリッと緊張が走った。
指揮官役の先輩から、今手が空いている、私とパトロール隊員2年目の先輩の二人で行くように指示が出た。どうやら、別エリアのパトロール隊員2名も向かっている様子。
私たちはリフトに乗りながら、作戦を練った。
先輩隊員が先発で傷病者を探しに行き、発見後に私は後発で、アキヤボート(以下アキヤ)と呼ばれる傷病者を運ぶソリを引きながら向かうことになった。以下の写真がそのアキヤだ。

アキヤの準備をして、リフト降り場で待機をしていた私の心臓の鼓動は明らかに速かった。
先輩隊員から無線が入った。
「傷病者を発見。アキヤを現場まで下ろしてください。コース外入口から北へトラバースしてください。」
アキヤの取手についているロープを身体に括り付け、アキヤが流れないようにセーフティを取る。そしていざ出発。リフト降り場からコース外の入り口までは、緩やかな下りからコースの登り返しが待っている。汗だくになりながら、30kg程の重さのアキヤを押しながら、斜面を登る。
やっとコース外の入り口に着く頃には、私の体力はもう既に消耗されていた。そこから、整備されていない深雪の中を進む訳だが、30kgのアキヤを斜面に対して垂直になるように傾けながら進むには、私の腕の筋力ではもたない。
それゆえに、私がその状態でトラバースをすることは極めて困難だった。行きたい方向に舵を取れない、という経験は初めてのことだった。そのできないことに対するフラストレーションと、傷病者の元へ無事に辿り着けるのかという不安で、私の精神状態は極限だった。
100万円すると言われているアキヤのコントロールをしっかり取れていない私は、幾度となくアキヤを木に衝突させながら、どちらかといえば、前に進むというよりも、斜面下へとズルズルと落ちていった。
コース外に入った時に、これは時間がかかると思い、先輩隊員に時間がかかるという無線を入れてから、自力で格闘してきたが、これは傷病者を救う前に現着はできない。そう考えた私は、必死にアキヤが流れないように押さえ込みながら、無線を飛ばした。
「〇〇さん、△△さん、応援をお願いします。」
一人で運ぶよりも応援を待って、二人で運んだほうがよっぽど速い。振り絞った考えを無線に託した。しかし、二人からの応答はなかった。完全に孤立し、希望を失った私に、根気強さなんてものは失われていた。
以前訓練で、地形を理解するために入ったここのコース外のエリアは、ものの数分で抜け出すことができたのに、気づけば30分もの時間が経っていた。息を切らしながら、背中がバキバキになりながら、私はアキヤの搬送を諦め、その場で、アキヤが流れないように座り込みを決めることしかできなくなっていた。
周りの景色は、見渡す限り林。木と木の間から差し込む光を見ながら、どこがいったいゴールなのだろう。もはや、傷病者のもとまで辿り着けず、私はこのままここで動けずに終わるのではないか。
気づけば、私の目には温かいものが溜まっており、今にも溢れ出しそうだった。
そのタイミングで、後ろから私の名前を呼ぶ声がした。そう、別エリアの出動中のパトロール隊員が、私を発見してくれたのだった。一気に安堵と、やる気が満ち溢れてきて、傷病者のもとまで早く行かなきゃ!という正気を取り戻した。
合流したパトロール隊員と二人で、アキヤの搬送を始めた頃、どこから共なく叫び声が聞こえてきた。
「〇〇さーん」
先輩隊員が、私の名前を呼びながら、自分の位置を知らせてくれていた。彼の声を頼りに進んでいくと、見覚えのあるウェアの傷病者と、先輩隊員、そして指揮官役の隊員の姿が見えた。
そう、傷病者は別のパトロール隊員だったのだ。つまり、今回のこれは全て訓練だったのだ。先程の無線に応答がなかったのは、なんとかやり遂げさせたいという先輩隊員たちからのエールだったのだ。
傷病者をアキヤに乗せて、無事パトロール室前まで搬送を完了した。傷病者役の隊員をアキヤから出すと、緊張の糸が切れたのか、目の奥に溜めていた温かいものが一気に溢れ出し、快晴の下、客で賑わうゲレンデで、わんわん泣いた。
怖かった。ホッとした。やり遂げた。
色んな感情が一気に押し寄せ、私の感情はぐちゃぐちゃだった。たかが訓練、されど訓練。
本気でやる訓練の信じられない緊張感を味わった。
涙を拭って全員で訓練の反省会を行い、自分の経験値として、今回のケースを頭の引き出しの中へそっと閉まった。次のいつ起こるかわからない本当の救助のために、今回の反省を活かして行動を改める。この一つ一つの積み重ねが、救助という現場に欠かせないことなのだと、心に刻んだ大切な1日となった。
本当のパトロール隊員としての自覚を得た日は、きっとこの日だったに違いない。
涙、涙のパトロール生活②へ続く。
写真は北アルプスや新潟の山々の景色📷
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