涙、涙のスキーパトロール生活②
2024年12月〜2025年3月まで冬山で住み込みアルバイトをした時のエピソード。自分が柔なことぐらい知っていたけど、この3ヶ月半に及ぶ自然の中での仕事で、何度涙を流したことか… それでも、「涙の分だけ成長はできた」というような歌詞の歌が、頭に浮かぶくらいに、私は案外前向きだった。
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スキーパトロールとは?
スキー場の安全管理を行うために、コースの巡回や傷病者の救護を行うスキー場のスタッフ。
【主な業務内容】
気象観測 気象条件によるリスクの把握
始業前パトロール 全コースの安全確認 セイフティネットの設置等
巡回 定期的にゲレンデ内を巡回 危険個所への対応や傷病者の発見、悪天時におけるお客様の誘導等を行う。
救護 救護要請のあったお客様への応急処置とスノーモービルやアキヤボートを使用した搬送。
訓練 アキヤボートを使った搬送、日赤救急法を用いた傷病者対応の訓練等。
最終パトロール お客様の最後尾を滑走し、ゲレンデ内が無人であることを確認
今回のエピソードは6. 最終パトロールに当たる。
2/9(日) ブリザードの中の3時間ラッセルパトロール
この日は天候が悪かった。
朝からいつも通り始業前パトロールを行うも、あまりの風に、まだ動いていないリフトがぐわんぐわん揺れていた。
それでも、スキー場のオープンの判断が決まる前に、私たちはいつもと同じように始業前パトロールを行うのだ。この始業前パトロールは、私にとって最も好きな時間だ。仲間たちと共に、誰もいないゲレンデを、スノーモービルにくくりつけたロープを手で持ちながらスキーで斜面を駆け上がっていく。朝の冷たくて心地よい空気が、鼻から身体の中へと広がっていく。天気の良い日は、美しい雲や、遠くの雪化粧をした山脈たちが顔を出す。日中の賑やかな声はなく、辺りは静まり返り、自然の中にいることを感じられる時間だ。
そんないつも通りのコースを滑走するも、目の前に見えるのは、ホワイトアウト寸前の景色。辛うじて、コースの目印となる木々や支柱、リフトが見えるが、明らかにいつもと雰囲気が違った。
「この仕事は自然相手の仕事でもあるからね。」
ベテランの隊員たちは、慣れたようにそう口を開く。私もなんだかんだ物心つく時から大学までスキーはやってきているため、厳しい環境であることはわかっているつもりだったが、やはり働くのとプライベートで滑るのでは、身の引き締まり方が違う。
案の定リフトは、強風のため運転見合わせとなり、午前中にリフトが動くことはなかった。しかし、ここのスキー場はいくつものスキー場が繋がっており、我々の管轄下のリフトが運休しても、他のスキー場からアクセスができる。お昼の12時には、その他のスキー場からのアクセスも完全に絶たれ、リフトやゴンドラの運休が決まり、私たちは13時から最終パトロールを始めた。
既に私たちの管轄下のゲレンデのリフトは運休しているため、隣のゲレンデまで回り込み、リフトに乗車して、我々のゲレンデ山頂まで向かわなくてはならない。
通常であればものの15分ほどで到着するのだが、圧雪をかけてからひとっ子1人滑っていないゲレンデは、とんでもない積雪状態だった。いつもなら、一本リフトに乗ってトラバースをすれば漕ぐこともなく隣のゲレンデまで出られるのだが、今日はそうはいかない。間で他のリフトを経由してまたトラバースする羽目になった。
やっと隣のゲレンデ山頂に辿り着いたが、山頂の天候はより厳しかった。あまりの風の勢いで、暴風雪と地吹雪が混ざり合っている。私たちが利用している連絡通路は、風の通り道ということもあり、雪が吹き溜まり、ありえない積雪状態となっていた。あまりの深雪に滑走することは不可能。板を真上に蹴り上げながら歩いても、足はどんどんと雪の中へ埋もれていく。
これは板脱いだら、もっと沈んじゃいそうだな。
ただ、あまりにも進まない。途中から諦めて、板を脱ぎ、肩に板を担いで、胸まである雪の中をラッセルした。寒い。重い。手足の指の感覚はとうになくなり、頬は真っ赤になっていた。息は上がり、その吐いた息がゴーグルを曇らせ、いつのまにかその曇りがカチンコチンに冷え固まり、ゴーグルからの視界はゼロになった。無論、ゴーグルの曇りなのか、ホワイトアウトなのか、はじめはわからないほどだった。吹雪の中、ゴーグルをつけることを諦めた私のまつ毛は一瞬で凍り、目が開かなくなった。
最初は「早く温まりたい。」「もう帰りたい。」なんて可愛い感情だったのが、いつの間にか「私このまま動けなくなって凍死コースかな。」「行動不能で救助隊要請するレベルじゃないか、これ。いや、私たちがその救助隊なんだった。」「なんでそんな中私、ゲレンデを歩いているんだろう。」なんて、そんな危ない負の感情が入り始めていた。
よく「病は気から」なんて言うけど、こういう極限状態のときの精神の持ちようって本当に大切で、前回のリゾバ先で「岳」や「孤高の人」を読んで痛いほど自然の脅威と人間の脆さを学んでいた私は、急激に自分のしていることが怖くなった。
こんな状況で、万が一遭難しているお客さんを見つけたとしても、自分一人で助けられる自信がない。そう、最終パトロールは、四方八方のコースに隊員が散らばって、残っているお客さんたちがいないかを確かめる。ここから私は一人で行動をしなくてはならない。この状況で職務を全うできるのか、私は?と、そう思ってしまった。
「もう終パトやめませんか?」
パトロール室を出て、いつもの最終パトロール開始地点に着くまでに、既に2時間ほどはかかっていたのではないだろうか。開始地点に到着した時に、自分の口から出た言葉はあまりにも正直過ぎていた。そしてプロフェッショナルに欠けていた。それぐらい私は追い込まれていた。
開始地点に到着。普段なら、他2名の隊員と、途中途中で合図や無線でコミュニケーションをとりながらくだるが、完全なるホワイトアウトで合図はできない。あまりの吹雪のゴーッという猛烈な度轟音でかき消されているのか、無線が機能しなかったのか、何度呼びかけても他の隊員と連絡はとれなかった。
そんな中、2名のうちの1名と待ち合わせをするポイントがある。そこまでは大した距離はなく、普段であれば、ものの数十秒で再開する地点だが、そこまでがこれまたひどい吹き溜まりになっており、再度板を外して、ラッセルしなければならなかった。今までは雪山登山をする隊員が先頭でラッセルして、道を作ってくれていたが、ここは自分しかいない。自分で道を作っていかなくてはならないのだが、これが本当に苦しい。
自分の背丈以上の吹き溜まりができており、それを越えなければ、待ち合わせポイントに行くことができない。板をスコップ代わりに振り回し、自分の通り道を作りながら、雪の壁を越えていく。
指の感覚はとうに消え、ちゃんと板を掴み続けているのかもわからないほどで、目の前は白い闇に包まれ、三半規管が狂い、方向感覚を失い始める。物との距離がわからなくなるほどのホワイトアウトを経験するのはこれが二度目だが、前回は目が廻り、立てなくなってしまった。今回も前回のような予兆が入り始める。しかし、待ち合わせポイントで待っているだろう隊員のことを思い、半歩でも歩みを進めていった。
無事に到着。隊員が、心配そうに「〇〇ちゃん、無事で良かったわ〜」という声が聞こえた。そこでその隊員から、私の頬の軽い凍傷が始まっていることを告げられ、顔に傷か〜、いや死ぬよりはまだマシか。なんて言ったのを今でも覚えている。
ここからは斜度のある広々としたゲレンデに切り替わるため、なんとか板を履いて滑走して降りられそうだ。
と思ったのも束の間、これまた積雪がひどすぎて、全く滑らない。私の板は圧雪された斜面をカービングする板だ。こんなパウダーどころの話ではない場所を滑走したら下へ沈んでいく。みなさんは、こんな日はフリースタイル用の幅広で軽い板を使っている。すみません、私基礎スキー上がりで、そんな洒落た板は持っていないのです。
私は足を前後に動かして、板を滑らせる努力をする。だが、全くもって滑らない。はぁ、と大きなため息をついたが、度轟音に掻き消され、私はいつもスピードを落としながら滑るゲレンデで立ちすくむしかなかった。
ただ、下に降りなければ、最終パトロールは終わらないし、このまま固まっていれば待つのは死のみだ。
力を振り絞って、クロスカントリーのように足を前後に動かし始める。なんとかいつもの5倍以上の体力を消費しながら、5倍以上時間をかけて再度隊員との再会ポイントに辿り着いた。
「〇〇ちゃん、生きてて良かったわ〜。もう俺、〇〇ちゃん救出しに、ゲレンデ登る準備しててん。」
と頼もしい声が聞こえて来る。そしてもう1人の隊員を探すも、まだ見当たらない。そう、もう1人の隊員のコースは、不整地斜面。コブ斜面だ。コブの上にとんでもない量の雪が積もり、逆に危ない。彼女はまだ戻ってきていない。
もちろん、無線で何度も呼びかけるが、通じることはなかった。
二人で猛吹雪の中、待ち合わせ場所で耐える。
すると、コブ斜面下部あたりのホワイトアウトが抜け、若干の太陽光が差し込んだのか、薄黄色の光が見え始める。そこには、5、6人の集団が滑っていたその後ろに、私たちの隊員が最後追うように滑ってきている。
良かった。助かった。
心からそう思った。こんな天候の中、お客さんが滑っていることにも驚きだったが、隊員の無事が確認できたことに安堵した。
これを読んでいる人は、そんな大袈裟なと思うかもしれない。しかし、あの時は本当に精神的にも肉体的にも追い込まれ、職務どころではなかったのだ。
合流後、最後のパートにまたそれぞれ別れ、パトロール室前でまた落ち合った。帰ると時計は、15:40を指していた。しかし、私たち3人の他に、もう3人が別のエリアの最終パトロールをしている。彼らはまだ帰ってきていない。
彼らが帰って来るまで、パトロール室で暖をとりながら、外を何度も確認しては帰りを待った。
それから20分後、無事彼らも戻ってきた。
全員生きて帰って来れたことに、あんなに感謝したのは、この日が最初で最後だ。
話を聞くと、彼らもかなり苦しんだようで、スノーモービルは何度もエンストしてしまい、その度に雪の中に埋まり、それを掘り起こす作業をしたらしい。そして、林間コースを担当した隊員は、あまりの吹き溜まりの量に滑走を諦め、ずっと歩いて下った。
みんな苦しかった最終パトロールを終えて、何事もなかったかのように退勤していく。いつもなら私も隊長の運転するモービルの背後に跨り、帰宅になるのだが… 今日ばかりは、もうこの雪でモービルも使い物にならないため、圧雪車に乗せてもらい、帰ることになった。
窓からブリザードの脅威を感じながら、今生きていることを実感しながらの退勤となった。
ああ、生きてて良かった。
涙、涙のパトロール生活③へ続く。
写真はチリのパイネ国立公園での雪山登山⛰️
これまた強風で死にかけながら登りました🔥
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