旅は安全第一②有事の際は
今はどの程度復興したのかだワンね
早朝の出来事
この記事の続きでごわす。
旅の時期は2025年の8月で場所は天草。このタイミングでこの場所だと、何があったのかわかる人はわかるだろう。
前日に天草本渡に到着し、翌日の天草観光を模索している早朝に、携帯電話から響く、緊急情報の騒々しい音で目を覚ますことに。そう、これである。
※念のためであるが、リンク先の動画は2025年8月11日の情報であり最新ではない。
線状降水帯に伴う豪雨の情報で、寝ぼけることなく一気に目が冴えてしまった。そりゃそうだ。旅行先で災害情報は、慣れない土地故に緊張感が一気に高まる。山から離れたホテルの高層階に宿泊していたため、下手にどこかに避難するよりもここにいたほうがまずは安全だとはわかった。なのでここでじっとしているのが正しいのだろうが、それでも不安は消えないものである。
情報を取らねばならないが、他方慣れない土地では不安が増大するのも事実。ここはハンドリングが難しいところである。
朝になって明るくなってくると、雨は更に強くなり、ホテルの下の道にも川から溢れた水が流れてきて、床下浸水の住宅も出始めることに。


果たしいつまで降り続くのか・・・という怖さがある中、線状降水帯もようやく終息していくことに。既に被害が大きく出ているのは十分想像できた。まずは、これ以上の拡大は無さそうなのだけはよかった。


ホテルのロビーはある種パニックのような忙しさとなっていた。というのも、この時天草への道は、3号橋と呼ばれる場所で土砂崩れで遮断されており、来る人は来れず、帰る人は完全に足止めだったからだ。
私も足止めされた一人だが、もう慌ててもしょうがない事態。まずは落ち着いて、ホテルの人の手が空いてから延泊の申請をした。そして部屋に戻り、まずは興奮を落ち着かせるために2度寝へ。どうにもならない時には、大きく構えるしかない。
天草から出るルートを模索する
今回の旅は、天草離島めぐりを考えていた。流石にこの状況では遂行困難だろう。ライフラインの船は航行していると思われても、事態を考えたらそこは弁えるべきである。

そしてこの図がそのまま、脱出ルートの検討データとなる。当初の予定は、離島めぐり観光後は快速あまくさ号にて熊本方面への移動だった。
このバス路線は前述の3号橋を通るため、復旧の見通しは不明。また、この日は島内のバスも動かないことはわかっていたため、天草からの離脱は必然的に翌日以降となる。あまくさ号の復活まで天草本渡に滞在もいいのだが、明日にはフェリーの乗船を予約しており、どうにか翌日の中で天草を出たいというニーズがあった。

そんな実情を、バス営業所に相談したら、「牛深のほうは雨の被害が無いので、明日バスが動き出したらそちらから行かれるといいですよ」との助言が。当地の交通に疎いときは、素直に地元の人の話を聞くのが正しい。ということで脱出ルートの腹づもりも出来たので、翌日牛深行きのバスが出るのを願いつつ、漸く落ち着きを取り戻したのであった。
本渡を見て回る
今日一日本渡にいることは確定したので、ここからは買い出しと街巡りだ。流石に「観光」ということは難しいし、実際洪水の後片付けが忙しい方も多い中、お気楽な気分でいるのも申し訳ないのは事実である。慎ましく、皆さんの邪魔にならないように街を廻っていくことにした。
まずは、営業再開したスーパーで買い出しである。




買い物をした後は、本渡にも展開しているChariChariを使っていく。去年の熊本中心部での利用以来だ。

街中を自転車で走らせていくが、災害直後と言うこともあり、特に川が氾濫した場所では厳しい光景が広がる。




クリスチャンヘリテージ
中心部から自転車を漕ぎ、山の上の本渡城跡へ。ここはかつてのクリスチャン大名が滅んだ地であり、ヘリテージがある。





元々は本渡観光を予定していなかっただけに、このような景色に出会えたのは災害が有ってなのだが、当然ながら災害は無いほうが良いだけに、一期一会の難しさといったところであろうか。
天草航路
本渡の景色を堪能したあとは、本渡港を目指す。道中、山からの泥があまり流れ込んでいない感じの川も見られ、線状降水帯が影響を与える範囲の差なのかなどと想像をしていた。





そして、当初の予定ではここ本渡港を出港した船で通る予定だった場所を目指す。それは橋と瀬戸だ。



この本渡の瀬戸、運河なのかと思っていたら昔からの航路であるとのこと。船の大型化に対応のために浚渫はしているのだが、それだけ重要な航路である。そして大型船を通すために橋が上下するのは、まさに見ごたえそのものだろう。急遽の観光なので、時間を合わせて開閉は見ることはできなかったが、ってか本来は開閉を船から見る筈だったのだが、それでも満足である。
本渡瀬戸の光景も、船から眺めたいし、いずれまた改めて天草に来なくてはという思いが強くなった、災害後の街巡りだったね、とは。
その他本渡




