教員の仕事、実は“やらなくていいこと”が多すぎる
■ はじめに
「忙しいのは分かっている。でも、それが“仕方ない忙しさ”なのかは別の話です。」
教員という仕事は忙しい。
これは現場にいる人間なら誰もが実感している事実です。
ただ、長く現場にいて強く感じたのは——
「この忙しさ、本当に必要なのか?」
という違和感でした。
授業準備や生徒対応で忙しいなら納得できます。しかし実際には、
誰のためか分からない書類
形だけの会議
毎年繰り返されるだけの業務
に多くの時間が割かれています。
そしてそれは、「仕方ない」で片付けられ続けてきました。
■ 現場の実感
例えば、ある時期の一日です。
朝:授業準備の合間に分掌の書類修正
昼:会議資料の確認(前年度ほぼ踏襲)
放課後:部活動指導
夕方:教科書選定の理由書作成
夜:研修レポート作成
この中で、「本当に教員がやるべき仕事」はどれだけあるでしょうか。
少なくとも私は、こう思っていました。
「授業と生徒に使う時間が削られている」
忙しさの“質”が、明らかに歪んでいる。
■ 一般的な認識とのズレ
教員の忙しさはよくこう語られます。
人手不足
部活動が大変
保護者対応が増えた
もちろんどれも事実です。
ただ、それだけでは説明がつきません。
なぜなら、
「減らせる仕事」が放置されているからです
本来見直されるべき業務が、「前例踏襲」という理由だけで残り続けている。
■ ”忙しさ”の正体
現場で見えてきたのは、忙しさの正体は3つに分けられるということです。
① 誰もやめる判断をしない業務
教科書選定の詳細な理由書
毎年同じ内容の研修
形式的な報告書
「必要かどうか」ではなく
「前からあるから」で続いている
② 本来外に出せる業務
入試関連の事務作業
書類処理・点検
一部の進路業務
教員がやる必要がない
③ “善意”に依存している業務
部活動
学校行事運営の過剰な作り込み
「やらないと回らない」ではなく
「誰かが無理して回している」
■ 本質的な問題
ここが重要です。
教員の忙しさは
「仕事が多い」のではなく
「仕事の整理がされていない」
という問題です。
つまり、
必要な仕事
減らせる仕事
外に出せる仕事
この整理がされていない。
結果として、
全部を教員が抱える構造になっている
■ 現場視点からの提言
ではどうするべきか。
答えはシンプルです。
「教員の仕事を再定義する」こと
具体的には、
教員がやるべき仕事を限定する
それ以外は削減または外部化する
“善意前提”の仕組みをやめる
これは理想論ではありません。
むしろ、
これをやらない限り、状況は変わらない
と現場で確信しました。
■ 次回の記事で
では実際に、
何が「やらなくていい仕事」なのか
どこまで外に出せるのか
どこに一番大きなムダが潜んでいるのか
それを具体的に見ていくと、ある業務に行き着きます。
多くの教員が経験しながら、あまり外からは見えない仕事。しかも、ミスが許されず、膨大な時間と神経を消耗する業務です。
そう、それは入学者選抜業務です。
本来、最も慎重であるべき仕事でありながら、現場では“人海戦術”で支えられているのが実態です。
そしてここには、
「教員がやる必要がある仕事」と「そうでない仕事」が混在している
という構造的な問題があります。
次回はこの入試業務を取り上げ、
なぜここまで負担が集中しているのか
どこまで外部化できるのか
それによって学校はどう変わるのか
現場の実感をもとに、具体的に分解していきます。
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この記事で触れた「教員がやる必要のある仕事」と「そうでない仕事」。
その象徴ともいえるのが、入学者選抜業務です。
現場では膨大な時間と神経を要する一方で、「本当に教員が担うべきなのか」と考えさせられる業務も少なくありません。
その実態と改善の可能性については、こちらの記事で詳しく書いています。
📌 入選業務、なぜ教員がやっているのか?
📌 なぜ学校は変わらないのか ~教員異動が止めている″改革″の正体~
