#62 縁切り神社に祈った翌日、父が逝った
7月のある日。
元夫が、得意げな顔で言ってきた。
「アズちゃんが行きたがってたカフェ
○日なら予約取れるで!行こうや」
いや、もう予約してるやん。
ていうか、旅行行かんのかい。
また勝手に。
私はため息しか出なかった。
その頃、父の容体は明らかに悪化していた。
余命宣告の期限を超えて、なお生きてくれていた。
在宅療養に切り替え、母が介護を担っていたけれど、疲れの色は濃くなっていた。
私は、パートが休みの日や、元夫が旅行に出ている週末を使って、実家に顔を出していた。
動かない身体に気合いを入れて。
父のむくんだ足をさすった。
冷たい水を持っていった。
でも、痩せ細っていく父を長く直視できなかった。長居は、どうしてもできなかった。
そんな中でも、父は私を気遣った。
「ごめんな。ご飯、作らなあかんやろ?」
私は笑ってごまかすしかなかった。
その時、元夫はタイへ行っていた。
——元夫は、何も変わらない。
「気晴らしになるやろ?」
「アズちゃんの気分転換に」
いつも寂しい思いをさせているから、と“自分の気遣い”に酔いしれているだけだった。
——別に寂しくないけど。
そのカフェは、京都にある。
元夫が家にいるなら、実家には帰りにくい。
割り切って出かけた。
帰り道、元夫がふいに言った。
「このへん、縁切り神社あるんやって。
行ってみよか」
私は手を合わせ、ふたつのことを願った。
①父が、苦しまず穏やかに旅立てますように。
②私と私の血縁に、害をなす人間がいるなら。
縁を切りたいので、力を貸してください。
“誰”かは、明言しなかった。
それは、神様に委ねた。
⸻
その翌朝。
兄から電話。
「急変した。迎えに行くから!」
私は慌てて支度し、実家へ駆けつけた。
父は、既に意識のない状態だった。
1時間後。
父は、静かに息を引き取った。
70歳だった。
⸻
亡くなる2週間前の夜のこと。
父から突然、電話がかかってきた。
「お母さんと、兄ちゃんと……アズ。仲良くな」
それだけを、何度も繰り返した。
元夫については、言葉はなかった。
後で聞いてみると、この電話は
私だけにかかってきたもので
兄と母にはなかったという。
———
そして亡くなる1ヶ月前は
父の古希の誕生日だった。
ご馳走なんて食べられない。けれど
花を買い、家族で写真を撮った。
この時は、元夫も一緒だった。
帰り際、父は元夫の手を握って、言った。
「アズを頼みます」
——分かっていたのかもしれない。
「この人には無理だ」と。
でも、信じるしかなかった。
もう時間がないから。
元夫は、「ご安心ください」と言った。
兄は涙ぐんでいたけど
母の目は、どこか冷めていた。
⸻
あの日、神社で祈った願い。
思い出すたびに、背筋が冷える。
あまりに早く、正確に、叶ってしまったから。
神様は、見抜いたのかもしれない。
私がもう限界だったこと。
「自分を守る」ことすら放棄していたこと。
私を憐れんだのかもしれない。
「助けてやる——お父さんは、連れていく」
あるいは、シンプルに考えたのかもしれない。
「これは、あかんやつやな」
私は“本体”を連れていた。
元夫という、最大の害悪を。
⸻
「もう自分を犠牲にしなくていい」
神様と父が言ってくれていた気がする。
——それに気づくのは、もう少し先のことだったけれど。
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