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#55 一緒にいるのに孤独——ずっと“日常の居場所”がなかった

たとえば、予定のない土日。
一般的な夫婦は、買い物に出かけたり
家事をしたり、ソファで映画を観たりするのだと思う。

なんでもない週末を、なんでもないふうに過ごす。
それが「普通」だと、私は思っていた。

けれど、元夫と私は違った。

元夫の“週末ルーティン”は、朝9時から午後4時すぎまで——
グリーンチャンネルの競馬中継に張り付くことだった。


テレビの前から一歩も動かず
レース結果に一喜一憂。

水分補給もトイレも最小限。
元夫の視界には、モニターと馬しか映っていないようだった。

私は洗濯機を回しながら、掃除機をかけようかな…と思うけれど、
「音がうるさい」と言われて、遠慮してしまう。

出かけようとすると、なぜか分からないが
止められる。


「せっかくの休みなんやから、アズちゃんもゆっくりしたらええねん」

「買い物?行かんでええ。
外でご飯食べたらええやん」

息が詰まる。
なら出かけようと思い、マッサージの予約を入れようとすると、不機嫌になる。

元はと言えば、自分が
「僕が家にいる時は予定を入れないでほしい」
と言ったのだ。

なのに、これ。
なら、私も好きにしてよくない?
拘束される筋合い、なくない?

「なんで僕が家におるのに、出かけるん?」

……いや、意味が分からん。
私、もう何時間も放置されてるんやけど?


競馬に夢中になってるあなたに気を遣って
私は何も出来てないんやけど?

レースが終わるのは16時半すぎ。
夕食にはまだ早い、微妙な時間。

その時間になると、元夫はニヤつきながら決まってこう言う。

「ちょっとこっちおいで」

私はどっと疲れていた。
洗濯以外、特に何もしていないのに
なぜか体の芯が重い。


この人が家にいると、しんどい。


元夫は言う。
「土日は家事せんでいいし、夕飯も作らんでええって言ってるやん?ラクしてるやろ?」

——違う。
何かをしようとすると、いちいち禁止される。
あなた、私にストレスかけてるだけやん。
全然ラクじゃない。

テレビは1台。
ドラマも録画も観られない。
ソファは元夫が占拠している。

掃除もできない。
料理もできない。
喋るのも遠慮。

いったい私は、何をして「ゆっくり」すればよかったんだろう。

———

夕食に何が食べたいかと聞かれ、近所のイタリアンの店と答えると、元夫の目が曇った。

「高いやん」


選択肢は、ファストフード、牛丼チェーン、スーパーの惣菜。
外食の楽しみすら無し。

ああ、私は、空気か何かになってるんやろなと感じた。

私は元夫に「家で競馬するならWINSに行って」
と伝えた。何度も。

家にいるなら、もう少し日常を共有したい。
それが無理なら、出かけて欲しい。

けれど、元夫が聞き入れることはなかった。

———

何かを変えて欲しいわけじゃなかった。
ただ、一緒に“日常”を生きて欲しかっただけ。

けれど、元夫にとって、日常は「退屈な休憩所」
であり、私は、空気やペットのような存在だったのだと思う。

いや、違うな…。
空気は無くなったら生きていけないし
ペットは大事にされている。

もしかしたら、「マンションの備品」
くらいに思っていたのかもしれない。

でも私は、備品じゃない。
生きた人間だ。

———

「普通」を求めることに、どうしてこんなに神経をすり減らさなきゃいけなかったんだろう。

望んでいたのは、“特別”じゃなかった。
旅行三昧でもない。

——ただ、“共に生きる日常”だった。
それだけだったのに。

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