#46 “養う”と“支配する”を、混同しないでほしい
扶養内でパートを始めた。
家から近くて、家事にも支障の出ない医療事務。
最初は緊張していた。
しばらくすると気づいた。
——誰も、嫌な人がいない。
みんなコミュニケーションが取りやすくて
丁寧に仕事を教えてくれる。
患者さんとのやり取りも楽しい。
職場の空気は心地よかった。
ある日、院長が言った。
「アズさん、大人しそうで心配やったけど、
ややこしい患者さんの対応もうまいし
てきぱきしてるし、ほんま頼りになるよ」
お礼を言いかけて、はっと気づく。
……これって、元夫のおかげでは?
モラハラ男との生活で鍛えられた
対人スキル、今ここで開花。
皮肉にも。
———
元夫が聞いてくる。
「パート、どうなん?嫌やったら辞めたら?」
「みんないい人ばっかりで、楽しいで」
その日あった出来事や、患者さんからスーパーの特売情報を聞いて、帰りに自転車で爆走した話なんかをする。
ただの日常会話。
元夫の箸が止まった。
「……単純やなあ。アズちゃんが未経験で何も出来へんから気ぃ遣ってるだけやろ。
お気楽なパート主婦ってうらやましいわ。
代わってほしいわ」
——何それ。
私は黙った。
胸の奥が一気に冷えた。
⸻
夜。背中を向けて寝ようとしていたら、
元夫が小声で謝ってきた。
「ごめん。今日、同期の中で
僕がいちばん出世してへんって知って
ショックで……
それなのにアズちゃんが楽しそうやから
なんか寂しかってん」
は?
笑うしかなかった。
出世してる人って、仕事に全振りしてる。
社内営業も頑張ってる。
元夫は、お酒が嫌いから飲み会には行かない。
プライベート第一。
仕事は二の次ってスタンスって明らか。
——遅れるに決まってるやろが。
「あなたは“出世に興味ない人”やと思ってたわ」
私の言葉に、元夫は珍しく素直に頷いた。
「そうやな……。そこまで頑張らんでも給料これだけもらえてるし、ええわって思ってた。
同期からは『型に嵌まらん生き方で自由でうらやましい』って言われてる。
でもやっぱりショックやってん。
アズちゃんは笑ってパートしてるのに」
——ただの八つ当たりか。
・出世競争に負けていた現実
・周囲からの評価の低さ
・家庭の中でしか優位に立てない自分
元夫はおそらく「自由」や「型破り」
という言葉で、“パッとしない自分”
を誤魔化してきた。
それが崩れた瞬間だったのだと思う。
私はもう一度、頑張ろうとしただけ。
それを「寂しい」と言われても。
少しずつ、“普通の社会”に出ることが
楽しくなっていた。
「助かってる」「ありがとう」
と言ってもらえるだけで、呼吸がしやすくなる。
——何より、お金が稼げる。
家庭という“箱の中”で、管理され、評価されず、息が詰まりかけていた私が、やっと浮上してきた。
⸻
私には「会社を辞める」という選択肢があった。
けれど、元夫にはない。
それは理解している。
——でも、それとこれとは話が別だ。
「アズちゃんを養う」と言ったのは、彼自身。
だったら、その責任を引き受けた上で、
上から目線にならずにいられるかどうかが
人としての“品”なんちゃうの?
扶養する方が偉くて、扶養される方が下。
そんな関係性の夫婦、リアルで見たことない。
養われてるからって、管理される筋合いはないし、支配されていい理由にはならない。
⸻
私は、依存したくて辞めたんじゃない。
疲れ果てて、そうするしかなかっただけ。
そして今、少しずつ呼吸を取り戻してた。
それを「お気楽」「うらやましい」と言われても。
ぶつけてくるなら、その前に——
自分が私をあんなふうに追い込んだことを
少しは思い出してほしい。
…まあ、言って理解出来る人じゃないけど。
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