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#73 【①サトウ弁護士】正論で殴られた、最初の離婚相談

うっかり無計画に問い詰めるのは、
悪手にしかならない。

風俗通いに気づいたこと。
離婚を考えていること。
——絶対に気づかれてはならない。

水面下で、進めよう。



会話を減らした。
自分の情報は与えない。

食料品も、輸入肉、惣菜メインに切り替えた。

買い物には、元夫名義の家族カードを使った。
支払いは元夫だから、もう知らん。



生活時間や動線も極力ずらした。
目も合わせないようにしていた。

夜は元夫が帰宅し、夕食を食べている間に
風呂に逃げ込んだ。

元夫は、私の変化に困惑していた。
けれど、藪蛇を恐れたのか、何も聞いてこない。

静かに、家の中の空気は張り詰めていった。

会話のない部屋。
様子を伺う元夫の目。
冷蔵庫のモーター音がやけに大きく聞こえた。



毎日、スマホで検索を繰り返した。

「離婚 準備」
「証拠 風俗」
「財産分与 隠し口座」

——やっぱり、専門家の力が必要だ。



その前に、やるべきことがある。

元夫の源泉徴収票、給与明細。
住宅ローン残高。
書類ケースを漁り、写真に撮った。

そして、元夫の部屋へ。
クローゼットの奥から、過去の手帳を引っ張り出す。

あの男には、“記録魔”という謎の特性がある。
——いつから通っていたのか。

ページをめくるたび、心臓が冷たくなる。
湿気た古い紙の匂いが気持ち悪い。

以前の風俗通い発覚から2年後(たぶん)
「うつ」と診断された年の途中から、
風俗店通いは始まっていた。


つまり——3年弱。
気づかなかった。
興味がなかったから。あの人に。

笑えてきた。
「うつ」でも、風俗行けるんや😇



貴重品をまとめたリュックを
クローゼットに押し込んだ。

自分名義の通帳、キャッシュカード、
パスポート、年金手帳、保険証券。
何かあったら、持って逃げられるように。
リュックのジッパーを閉める手が震えた。

2駅隣の、ネットカフェで、会員証を作った。



ある夜。
元夫が言いづらそうに口を開いた。

「5万円、貸してくれへん?」

——は? また?
前の3万円も返してもらってないけど。

「給料日にまとめて返すから」

「一筆書いて、実印押して」

強硬な私に、元夫は慌てた。

「そんな……夫婦やん、僕ら」
誤魔化すように笑う。

「妻って、便利で使える奴隷なん?」

「何で、そんなこと言うん…」
元夫は青ざめ、黙り込んだ。

——翌朝、仕事に行くためにバッグを手に取る。
なんだかおかしい。
財布のボタンが開いている。
1万円が消えていた。


——そんなに、お金がない?

その瞬間、全身が冷えた。

急がなければ。
あの人、父の生命保険がどうとか言っていた。




元夫が二泊三日の旅行に出ている間に、
私は弁護士事務所を予約した。

選んだのは「女性の離婚問題に強い」
サトウ法律事務所。
女性の弁護士というのも、安心材料だった。

出かける前に、元夫にLINEを送った。
「サユリとランチ行ってくる」



駅前のビル三階。
事務所には、アロマオイルの香りが漂っていた。



「これは、もう無理でしょ」

“風俗店通いの記録”
を見て、サトウ弁護士はあっさりと言った。
現実を突きつけられると、頭の奥が冷えた。



「こんな男、ろくでもない。
早く別れて、人生やり直した方がいいわ。
実家はあるのね?じゃあ帰ればいいじゃない。
仕事は?」

「……扶養内パートです」

「お子さんいないのに、どうして?」

「体を壊して辞めたので……扶養から出るなって」

サトウ弁護士の眉間には皺が寄っていた。
哀れみと苛立ちと、呆れ。



「それ、モラハラやないの!
——あのね、キツいこと言うけど、
それ、“守られてる”んじゃなくて
“閉じ込められてる”だけやから。」


胸に突き刺さった。
けれど、はっきりと分かった事がある。

別れたい本当の理由は、モラハラ。



「決めるのはあなた。
でも、もう“答え”は出てるよね?」

その正しさに、私は逆に引いた。

見せたのは風俗の記録だけなのに。
私の十年を切り捨てる言葉だけが置かれた。



「生活が……とか言ってる間にね、
歳をとって、動けなくなる。
その時に後悔しても遅いよ。
働ける体と、実家があるなら間に合うから。」

「母とは、微妙なんです……」

「旦那さんのせいでしょ?
謝って頼りなさい。自分のために。」



そして最後に、彼女はきっぱりと言った。

「とりあえず別居!
別居しないと、何も始まらないから。」

その言い方には、もうこれ以上話しても無駄、
という空気があった。



サトウ弁護士は、確かに出口へ導いてくれた。
けれど、そのためにどうすべきか、
具体的な手順については教えてくれなかった。
法律の話もなかった。
——無料相談だからかもしれない。

私は、事務所を出たあと、
駅前のベンチにしばらく座っていた。

——これから、どうしよう。

出口は見えている。
でも感情は、まだ暗いトンネルの中だった。



帰りの電車を降りた時、スマホが震えた。
画面には——元夫。

嫌な予感がした。

「アズちゃん、出かけとん?」
硬い声。

「うん、LINEしたやん」

「いや、僕、予定、聞いてないねんけど」

ああ、やっぱり。
“管理”しきれなかった苛立ちが滲んでいる。

「急に誘われてん、仕方ないやろ?」

語尾が強くなる。

元夫の声が冷えた。
「……最近、冷たいよな。何なん」

「別に」

——沈黙。

「……今どこなん?」

「梅田。サユリと」
デタラメを言った。

間があってから、ざらついた笑い声。
「ああ…あのブスで、デブな」

——やっぱり、そうくるか。
この人、サユリをバカにしてるんじゃない。
私をバカにしてる。

友人を貶すことで、私を下げようとする。
——もう、この人と話すことは何もない。

電話を切ったあと、心は静かだった。
離れる覚悟は、もう出来ていた。

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