(栖庫ナオ)の悽断
わたしは公園にいる。ブランコに腰かけて、だれかを待っている。いや、なにかを拾いにきたんだったっけ…… そんな気がしたが、思い出せない。
公園の端っこ、植え込みのそばにひとりのおんなのこがしゃがみこんで、じっと地面を見つめている。
わたしはその子のそばに近寄って「なにしてるの?」と声をかける。
ふりむいたおんなのこの手もとがみえて、わたしはぎょっとする。
おんなのこの両手いっぱいに蟻がのっている。おんなのこはその手を口もとにもっていって、のせられた蟻をほおばる。
もぐもぐと口をうごかしているおんなのこに、「それ、もうしないほうがいいよ」というと、おんなのこは口の端にくっついた蟻の残骸を手で拭いながら、「こうしないとわたしがしぬ」とちいさな声で反論する。
「でも……」と言いかけて、わたしは、おんなのこのからだが端のほうから砂のように崩れはじめているのに気がつく。
おんなのこは崩れ落ちるじぶんのからだをながめまわしてからわたしのほうに視線をむけ、「ほらね」という。
わたしはそのこが砂になっていくのをどうすることもできずにただ見ている。
おんなのこはそんなわたしをじっと見つめたまま、「ジャングルジムのとこにきて 先に行ってまってるから」といい、さいごに残ったふたつの目が崩れ落ちて、ぜんぶ砂になる。
(この公園にジャングルジムなんてないけど……)といぶかしんでいると、わたしは小学校の校庭に立っていて、校庭のすみっこに建つジャングルジムがみえる。
そのてっぺんにおんなのこが腰かけている。
わたしを見つけてかたほうの手をあげ、てのひらをみせてくる。
「きて、ナオ わたしたいものがあるの」
(わたしたいもの……?)
こらした両目がとらえたものをみて、わたしは息をのむ。
地層がつみかさなったみたいなケーキ。
それは小学生のわたしが當眞さんといっしょにつくって、フランキスカにあげたものだ。
(じゃあやっぱり……)とわたしは確信する。あのおんなのこはフランキスカだ。
いま、フランキスカの手にある「とくべつな」おくりものは、不安定に支えられているせいか、ズレて、いまにも崩れ落ちそうになっている。
「ナオ、わたし、しってるよ?」
「え……?」
「ナオがわたしのおかえしをとったこと」
「いや、それは……」口ごもるわたしに、フランキスカは慈愛に満ちたまなざしを注いで、いう。
「こころなんて、うばってしまえばいいっておもった?」
わたしはなぜそうするのかわからないまま、ジャングルジムに背を向けてかけだす。
背中には、あの日わたしがフランキスカに吐いたひどいことばたちが、フランキスカの声で投げつけられた。ふりむきもせず、わたしはにげた。
どこをどう走ったかわからなかった。足をゆるめて、息をととのえる。
まわりのけしきにはみおぼえがあった。
(ああ、ここは……)
中学生のおんなのこがふたり、たのしそうにわらいながらこちらへ歩いてくる。その制服にもみおぼえがあった。
ふたりが近づくにつれて、その姿がよく見え、話し声が聞こえるようになる。そうしてわたしの胸がしめつけられる。
……「ねぇ、また前髪切ってくれない?」
……「え、いいよ じゃあうち寄ってく?」
……「うん、いく ありがと だいすき」
ひとりは小野フランキスカで、もうひとりはぜんぜんしらないだれかだった。
しらないだれかのほうが、まじまじとフランキスカを見つめるわたしの視線に気がついて怪訝な顔になり、「だれ?」とフランキスカに訊く。
訊かれて小首をかしげていたフランキスカは、しばらくわたしの顔を眺めたあと、ようやく思い出したというふうに「ああ、ナオか」という。
しらないだれかのほうが「しりあい?」と訊くと、フランキスカは「んーん」と肯定とも否定ともとれるような音を出し、「いこ」とその子の手をとって、くるりと身をひるがえす。
あとに残されたわたしは、「待ってよ」のひとこともいえず、呆然と立ちつくしている。
わたしは年季の入った団地の敷地に立っている。高三のフランキスカがおもての縁石に座っているのがみえる。
フランキスカはわたしに気づいて手を挙げる。
「やあ、ナオ どうかした?」
これもわるい夢のつづきなのかはっきりさせたくて、わたしはフランキスカに声をかける。
「時間、あるか? 話したいことがある」
フランキスカは「あー」と言いかけて、わたしの背後、遠くのほうへ目をやり、「おーい!」と手をふる。
そうしてわたしをチラリとみて、「ごめん、デートなんだ」と断る。
向こうから駆けてきた小学生のおとこのこがそのままのいきおいで「フランちゃんぎゅー!」ってフランキスカの胸にとびこんでくる。
フランキスカは、「いいこだねぇ、よしよし」っていいながらそのおとこのこを猫みたいになでている。
フランキスカはおとこのこと手をつなぎ、「じゃあねナオ ばいばい」といって歩み去る。
夕日がわたしたちの背中を照らして、影を長く伸ばす。
わたしの影だけがその場に縫いとめられたように、ふたりの影から引き離される。
夜がわたしを包んでゆく。
わたしは町はずれの丘に建ついまは使われなくなった電波塔のそのうえに立っている。家々にともる灯りがどこまでもひろがっているのが目にとびこんでくる。
「ねえ、ここから飛んだら、どうなるかな」
足場の縁に手をかけたフランキスカがふりむいて、いう。
わたしはあわててつめより、フランキスカのからだをつかもうとする。それよりはやくフランキスカのからだが柵をこえて、わたしの手は宙をつかむ。
「あは、ナオがいっしょじゃなくてもへいきみたい」
さかさまになった顔でそうわたしに笑いかけて、フランキスカは50メートル下へ落ちてゆく。
(おまえが飛ぶというのならわたしもいっしょに飛ぶ)、そう思っていたはずなのに、わたしはその場から一歩も動くことができず、三秒たって鈍い音を聞く。
眼下を見下ろせば、そこにはフランキスカが咲かせた花があるはずだった。
泣いて喚いて暴れたいきぶんはあった。
だが、それをしてなにになる?
(だいじょうぶ 落ち着け、わたし)
そう言い聞かせる。
だから次に、大学のキャンパスでフランキスカが手代木マカナを連れて「わたしたち付き合うことになった」と告げてきたときも、最西端の断崖でまたしてもフランキスカを掴み損ねたときも、わたしはあわてない。
(こんなときあいつならこういうだろ)
そう思ってフランキスカの口癖をまねてみる。
「いたって平穏」
声にだして、苦い笑いが浮かぶ。
だって、ぜんぜん平穏じゃなかった。
胸のまんなかに埋められない風穴があいて、言い知れない悲しさが吹き抜けているみたいだ。
だけど、ふしぎときもちは凪いだ。
わたしがこわくて目を背けてきたものたち。それを見せつけてくるなにものかがいる。
だけどもう、わたしはちゃんと見なければならない。わたしとフランキスカに起こりうるすべての事象を。また、わたしと一切かかわらないべつの宇宙のフランキスカを。
いまここでわたしとフランキスカをつなぐものが見えなくなってしまった以上、そうしなければフランキスカをたぐりよせる糸口はない。
「さあ、こいよ これでおわりじゃないだろ」
わたしは虚空を睨む。
すこしずつ、でもたしかに小野フランキスカに近づいていると信じて。
「待ってろ かならずみつけてやるからな」
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ちゅーる代