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小野フランキスカの断層

あとちょっとで小学校も春休みってころ、「かえり、つきあってくれない?」とフランキスカがおねがいしてきて、なぜかわたしはいやな予感がする。

だって、フランキスカとわたしは朝学校へいくときも休み時間もおうちにかえるときもいつもいっしょじゃないか。いまだっていつもの公園でまちあわせして、いつものようにいっしょに登校してるさいちゅうで、学校がおわればいつものようにいっしょにかえるはずだろ。
だから、あらたまって「つきあって」なんて言われると、いつもわたしがあたりまえだと思ってたものがフランキスカにはあたりまえじゃなかったのかな、ってちょっと不安になる。

「いいけど、なんだよ?」

つよがってわざとぶっきらぼうに返したのに、わたしの返事をきいたフランキスカの顔はぱあっとあかるくなって、「ありがと、ナオ、だいすき」といつものことばを三つ並べてくる。
その顔があんまりしあわせそうだからわたしはもうつめたくあしらうことができなくて、「や、だから、なに?」ともういっかいきく。
フランキスカは「まだないしょ」と言って、いたずらっぽくわらった。

「なんなんだよもう」と口をとがらせてみせるわたしにフランキスカはおかまいなしだから、わたしは(どうせいつものことだろ)って呪文をとなえて、波だつきもちをなだめてしずめる。

だけど、とわたしは思う。
(ほんとうによくわらうようになったよな)

はじめて出会ったころはフランキスカのほうがぶっきらぼうで、顔をみても声をきいてもうまくきもちをくみとることができなかったのに、わたしがフランキスカのためにつよがってばかりいるあいだにすっかり逆転してしまったみたいだ。

わたしはフランキスカの横顔をながめながら、きょう一日、もやもやをかかえたまますごさなきゃなってかくごする。


やっとのことで学校がおわり、もやもやではちきれそうになっていたわたしは靴をはきかえるのもそこそこに「で?    なんなの?」ってフランキスカを問いつめる。

フランキスカはへへっとわらって、「おかえし、しようとおもって」と言う。
「へ?」ってなるわたしに、フランキスカは先月クラスのともだちからもらったバレンタインのおかえしがしたいのだと説明する。

「ナオにもいっしょにえらんでもらえたらなって」というフランキスカの声を、わたしはもう聞いてない。

(しまった、わたし、あげてない)
(しまった、おかえしもらえるんだったら、あげればよかった)
(なんでわたし、フランキスカにバレンタインしなかったんだろ)
(なんで、いままでおかえしなんてしてなかったじゃん)
(ずるい、フランキスカからおかえしもらえるなんてずるい)
(ずるい、わたしもフランキスカのおかえしほしい)

だけど、フランキスカのまえではぜったいにつよくなくちゃいけないわたしは、「そんなのずるい」とか「わたしにもちょうだい」とは言えなくて、「そっか、わかった」と言ってフランキスカのあとについていく。


「……れなんかどうかな? ねえ、ナオ?」
フランキスカの声が聞こえてきて、ぼーっとしていたわたしはわれにかえる。
「あー、うん、いんじゃない?」
とっさに出てきたことばがあまりにもいいかげんで、いくらなんでもテキトーすぎかって思ってると、「ねえ、ナオ」ってフランキスカがからだごとこっちを向く。

「ねえ、ナオ おともだちにあげるのは三つなんだけどね? あとひとつ、とくべつなおくりものをしたいひとがいるんだよ」

(え……)

むねがぎゅっとなる。血がどくどく鳴ってる。息ができない。目のまえが暗くなる。
とくべつな、ひと?

「だれだよ……」 声が出ていた。しまったと思ったが、もう遅かった。

フランキスカはいっしゅんびっくりしたような目でわたしをみて、それからふわっとゆるんだ顔になって言う。
「あのね、そのひとはね、わたしのヒーローで、おうじさまなんだ そのひとと会えたから、わたしはいましあわせ だから、わたしのこころをかたちにしておくれたらいいなって」

(そっか、しらなかった、気づかなかった、そんなやつがいたなんて)

「どんなのだったら伝わるかな?」

そっか、そういうことか。
だったら、わたしは、フランキスカを応援しなくちゃ。
(つよがることには慣れてるんだ)
わたしは、わたしをにぎりつぶそうとしてくる見えないちからにあらがう。
(つよがる?    これが?    なんで?)
ふいに浮かんできた「?」につかまってしまうまえに、わたしは言う。

「そんなの手づくりにきまってるだろ あ、そうだ、わたしもつくろうかな、おかえし」
ちゃかしてごまかす。

「ナオ、もらってたっけ?」
するどいつっこみ。

「うるさいな、わたしにだってフランキスカのしらないことがあるんだよ」
ない。

「そうなの?    手づくり、したことないからうまくできるかな」
うまくできなくていい。

「手伝ってもらったらいいだろ」
フランキスカんちに来てるかせいふさんに。

「ナオだったら、手づくり、うれしい?」   
…………。

わたしは、フランキスカのだったら、とは言えずに、「うん、まあ」とこたえる。

フランキスカは「うーん、そっかぁ、うーん」としばらく考えこんでから、おかえしの三つのお会計をすませてお店を出る。

それからいつもの公園までいっしょに歩いてかえり、いつものように「じゃあね」「またあした」っておわかれする。フランキスカを見送ってまた歩きだしたわたしは、右、左、右……とかわりばんこに出てくるじぶんのつまさきを見つめながら、いつものような「またあした」は来るのかなって考えている。


ふと視界の前方はしっこにべつのつまさきが入ってきて、ナオは足を止める。
つまさきから足、胴体となぞって顔にたどりつくまで思ったよりもあって、ナオはすこしひるむ。細身で背の高い、おとなの、おとこのひと。若いのかどうなのか、見た目からじゃよくわからない。
そのひとはじっと立ったまま、わらうとキツネみたいに細くなる目でナオを見下ろしている。

「お嬢ちゃん、歩くときは顔あげとかんと危なかろ」

叱られたと思ったナオは、とっさに「ごめんなさい」とあやまる。キツネ目のおとこのひとはココッとわらって、「べつに叱っとりゃせんよ お嬢ちゃんがげんきのう見えたけんちょっと心配しただけや」と言う。
ナオは、ぜったいあやしいって思うけれど、なぜだかキツネ目のおとこのひとのことばを聞いてしまう。

キツネ目のおとこのひとはナオのまえにきてしゃがみ、片手をナオの頭にのせて、じっ……とナオの目をのぞきこんだ。
ふしぎとナオは怖いという気がしなかった。ナオはおとこのひとの目を見返そうとするが、細く閉じられてよくみることができなかった。わずかにのぞく黒目がナオの目からこころの奥をさぐるように見ているのがわかった。
ナオはじぶんのからだを自由にうごかすことができなくなっていることに気づいたが、それでもべつにかまわないと思った。ただ、ふしぎなここちよさに包まれているのを感じていた。

やがて、キツネ目のおとこはナオのなかに何かを見つけたというふうに、「なるほど」と独りごちる。そうして、きょとんとしているナオに言った。

「なあに、お嬢ちゃん こころなんて、うばってしまえばいいんですよ」

ナオは何を言われているのかわからなかった。わからなかったけど、わかった。そのことばのここちよさに酔って、うっとりとしたきぶんになっていくのを感じた。

「いいこいいこ、や」そう言ってキツネ目のおとこはナオの頭を撫で、「また会おな」と立ち上がる。キツネ目のおとこは、ナオがぼーっとしたまま「うん、またね」とこたえるのを聞いて満足したみたいにわらいをうかべ、立ち去っていった。

(そっか こころなんて、うばってしまえばいいんだ……)
ナオは、おぼえたての呪文をあたまのなかでくりかえしとなえた。


翌朝、いつもの公園にフランキスカはいた。
「おはよう」とあいさつをかわして、並んで歩く。

でも、やっぱり、いつものような「またあした」は来てなかった。
フランキスカの手には紙袋が提げられていて、そのなかには「おかえし」と、「とくべつな」おくりものが入っているはずだ。
そして、わたしはきのうからずっとそうしてたように、あたまのなかであの呪文をとなえつづけていた。

フランキスカの足どりがいつもよりはやく感じる。わたしは、フランキスカははやく学校につきたいんだ、と思った。はやく、とくべつなひとに、とくべつなおくりものをしたいんだ……    そう思った。

ところがフランキスカは学校についても紙袋をひらかなかった。かえるまえにわたすつもりなのかもしれなかった。紙袋はフランキスカの机のよこにかけられた。

わたしはそれを見たくないのに、きもちとははんたいに、視線がうごくときにはかならずそれを視界にいれた。
わたしが紙袋を気にしてることをクラスのみんなに気づかれないかビクビクしながら、それでも気にすることをやめられなかった。
なぜかキツネ目のおとこのひとの顔がうかんだ。にんまりわらって細くなった目のあいだから底知れない黒い瞳がこちらを見ていた。
その目が、(だいじょうぶ、こころなんてうばってしまえばいいんだよ)と言っている気がした。

そしてとうとう、わたしは「わたしじゃないひとに向けられたこころ」をうばってしまう。

おひるやすみのあとのじゅぎょうは図工室でやることになっていた。戸じまり当番だったわたしは「ちょっとトイレに行ってからカギしめる」とできのわるいウソをつき、みんなを先に行かせた。教室にひとりのこったわたしは、だれにも見られてないことをたしかめてから、フランキスカの紙袋をあける。
なかには、きのうフランキスカがえらんだ「おかえし」が三つ、そして、それよりもずっとおおきくてりっぱな包みの「とくべつな」おくりものがひとつ、入っていた。

ただフランキスカの「おかえし」がほしかったわたしは、三つある包みのひとつを手に取る。それをじぶんのカバンの底のほうにおしこむと、とじまりをすませて図工室へ向かった。

心臓がしんじられないくらいドキドキ鳴ってて、まわりのひとに聞こえたらどうしようって心配になった。だけど、(こころなんてうばえばいい)ってくりかえしとなえるとドキドキはしだいにおさまった。

じゅぎょうがおわり、フランキスカといっしょに教室にもどりたくないわたしは、「先生にちょっとよばれてるから」とまたウソをついて、みんなより遅れて教室にもどる。

だまってじぶんの席にすわろうとしたわたしに、フランキスカが青ざめた顔でかけよってくる。

「どうしよう、ナオ    いっこ足りない」

紙袋をひらいて見せてくるフランキスカに、わたしはとぼける。

「え、ちゃんと三つあるじゃないか」

フランキスカは泣きそうな顔で首をよこにふる。

「ちがうよ、これはあげれないの    ナオもしってるでしょ」

けっきょく、三人のうちだれかひとりにだけおかえししないのはできないと言って、フランキスカはだれにもわたさないことにした。
フランキスカは目にうかんだ涙を手の甲でこすって、わたしに言った。

「かえり、ジャングルジムのとこにきて    わたし、先に行ってまってるから」

わたしはどきっとした。わたしのしたことがフランキスカにみぬかれていて、問いつめられるんじゃないかと思った。
へんにおどおどしてたらあやしまれると思ったわたしは、なるべくふつうのふりをして「わかった」って返事をする。
たぶんうまくいった、と思った。
なぜなら、わたしが「わかった」って言ったとき、フランキスカはちょっとだけほほえんだように見えたから。


「ばいばい」「またね」「さよーなら」って校門にむかうおおきな流れにさからって、わたしは校庭のすみっこに建つジャングルジムをめざす。
そのてっぺんにフランキスカが腰かけてる。
わたしを見つけてかたほうの手をあげ、てのひらをみせてくる。

「きて、ナオ わたしたいものがあるの」

フランキスカのカバンも紙袋もジャングルジムの下においてあるから、ジャングルジムの上でわたしたいものがあるというなら、それはいまフランキスカが手にしているものだ。

こらした両目がとらえたものを、わたしはみとめたくなかった。
いや、みとめてはいけなかった。
みとめることはゆるされていなかった。
いま、フランキスカの手にあるのは、あの「とくべつな」おくりものだった。

じっと立ったままうごかないわたしをフランキスカが呼ぶ。
「きて、ナオ わたしのヒーローで、おうじさま」

(は? なんて? だれが?)

ぐぐっとなにかがおなかのおくからこみあげてきて、わたしの口からとびだす。

「なんでだよ! ふざけんなよ! おかしいだろ!」

ふざけてるのもおかしいのもわたしのほうなのに、それからもっとわけのわからないことばをたくさん吐いて、わたしはジャングルジムに背を向けてかけだす。「まってよ!」って声が聞こえたけど、ふりむきもせず、わたしはにげた。


わたしは学校を出てからもずっと走りつづけた。止まりたくなかった。止まってしまうと、なにかにつかまって、もう二度と元には戻れないような気がしていた。曲がり角にもかまわず走りつづけたので、とつぜん目のまえにひとかげがあらわれておどろく。急には止まれないわたしの両肩を、そのひとかげがうけとめる。おおきな、おとこのひとの手だった。

「またおうたね、お嬢ちゃん」

顔をあげてみると、おとこのひとはにんまりわらってキツネみたいな細い目でナオを見下ろしていた。ココッとのどの奥を鳴らし、ナオの耳もとでささやく。

「だいじょうぶ つよがらんでええんですよ」

ああ、こういうことばにわたしはよわいのか……
聞いちゃいけないことばなのに、聞いてしまう。
だめだとわかってるけど、あらがえない。
また、からだのちからがぬけていく。
あたまがぼーっとして、きもちよくなってくる。

「はようおおきゅうなろな、お嬢ちゃん そしたらほしいもんなんでも手に入ります わたしがお嬢ちゃんにいいもんあげますわ」

キツネ目のおとこのやわらかい声を聞いていると、わたしはいままでたいせつににぎりしめてきたものをもう手からはなしてしまってもいいかな、って気になってくる。

「……オさん ナオさん!」

ぼーーーっとするわたしの耳に、遠くのほうからわたしの名を呼ぶ声が聞こえる。ねむりからさめたときのように、まわりの景色が目に映る。そこにはもうキツネ目のおとこのひとの姿はなかった。かわりに、遠くのほうからわたしの名前を呼びながら、當眞とうまさんがかけよってくるのが見えた。

當眞さんはわたしのまわりのなにもないところを、何回も何回もなにかを確かめるように見たり嗅いだり聴いたり触れたりする。
地面に小石を三つ並べ、道端に生えているススキの葉を三本揃えてクルッとゆわえる。口のなかでブツブツなにかをとなえたかと思うと、ゆわえたススキの葉を小石の上と空中でくるくる回し、その次に、はおっていた上着を脱いでそのうえでまたススキの葉をくるくるくると回した。
そうしてナオの手をとって、「さあ、かえりましょうか ナオさん」とほほえむ。

うちにつくと當眞さんはわたしを先になかに入れて、「ナオさんのまぶやーやうーてぃちょんどー」と言い、「これに袖を通してください」とさっきの上着をわたしに着せる。わたしは當眞さんに教えられたとおりに「ナオのまぶやーうーてぃくーよー」と呪文をとなえる。
「これでだいじょうぶです ナオさんのマブイは戻ってきましたから」


「それはきょう一日、はおっといてください」と言われたので、わたしにはおおきすぎる當眞さんの上着をブランケットみたいにして、胸のまえでぎゅっとだきしめる。當眞さんの上着は、湿った土と葉っぱの匂いがした。

お庭が見える畳の部屋は、明かりをつけなければ昼間でもここちよい薄暗さになる。わたしは縁側にちかいところにすわって、お庭で當眞さんが植物のお世話をしているのをながめている。

すこしずつきもちが落ち着いてきたわたしは、當眞さんにわたしのしたことを聞いてもらいたくなって、ぜんぶ話す。
「わたし、ひとのこころをよこどりしちゃった ひどいことたくさん言っちゃったし、もうフランキスカに会えない」
つよがるのは得意だったはずなのに、いまのわたしはよわさ全開だった。

「ナオさん」と、當眞さんが涼やかな声でわたしの名を呼ぶ。
「ひとのこころというのは、うばったりささげたりすることはできません もしそれをできると思うとすれば、それはかんちがいです」
わたしはだまって當眞さんの顔をみる。當眞さんはつづけて話す。
「こころはものではありませんから、もしうばったりささげたりしようと思ったら、なにかのかたちを与えなければいけません」
「フランキスカのおかえし、みたいな?」
「ええ、そうです こころには色もかたちもにおいも味もありませんから、かわりにおいしいおかしやきれいなお花にこころを込めるんです」
わたしにもわかる。當眞さんの顔をみて、うなづく。
「だけど、かたちを与えられたこころのほうは、そのかたちにずっととどまるわけではありません かたちになったものにかまわず勝手にうつろってゆくのがこころですし、かたちになったのはある瞬間のこころの、ほんの一部かもしれないんですよ? こころというものは凝りかたまることなく、いつも揺れ動いて、変化しつづけているんです」
ちょっとむずかしくなってきた。そういう顔になっていたんだろう、當眞さんはちょっとほほえんで、「だから、だいじょうぶです」と言った。


當眞さんから、「小野さまといつもどおりにもどりたいとお考えでしたら、あしたのナオさんにはやるべきことがあります」と言われたわたしは、わたしのこころをかたちにしなくちゃ、と思う。

フランキスカがわたし以外のひとにおくりものをすることを、わたしはずるいと感じたこと。
フランキスカにとくべつな存在がいるときいて、すっごくかなしくてさみしい気持ちになったこと。
フランキスカからのおくりものがどうしてもほしくて、ウソをつき、こっそりうばったこと。
だから、フランキスカの「とくべつな」ひとがわたしなんだとわかっても、わたしはそれにふさわしくないって思ってにげてしまったこと。
それでも、フランキスカに「とくべつ」に思われたいとねがっていること。
あした、いつもとおなじような「またあした」が来なくても、ちゃんとことばにして伝えよう。いつものつよがりで隠すことなく。

そう決めて、キツネ目のおとこのひとが言った「つよがらなくていい」はちがうなってわたしは考える。
あれはじぶんのよくぼうをおさえなくていいって意味だった。だれかれかまわずじぶんのやりたいことをやってしまえってことだった。たしかにそれは、いままでナオがおしころしてきたものだったから、そうしなくていいと言われてすごくいいきもちになったのはほんとうだ。

だけど、わたしがほしいのはそういうんじゃない。
フランキスカとわたしがつみあげたいくつもの層。
どこからかへんなちからが加わると、ずれたり、ゆがんだり、断ち切れたりするもの。
わたしだけが知っているたからものが埋まっていたり、フランキスカしか知らないひみつのどうくつがあったりするもの。
それは、わたしとフランキスカ、どちらかかたいっぽうのものじゃなくて、わたしたちふたりのものだ。
じぶんひとりで思うようにつくれないから、かっこわるくゆがんだりひび割れたりすることもあるけど、ふたりでつみかさねていった層をこれから先もいっしょにかさねていきたいんだ。

わたしは、地層がつみかさなったみたいなケーキを、當眞さんにおしえてもらいながら(じっさいはほとんど當眞さんがつくりながら)かたちにしていく。
あした、わたしから、フランキスカに贈る「かたち」だ。
そして、もしフランキスカがゆるしてくれるなら、この「こころ」をいっしょに食べるんだ。
うつりかわってゆく、そのほんのいっしゅんを、ふたりでいっしょに味わいたいから。



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玻名城ふらん(hanashiro fran) ちゅーる代