W杯スペイン対フランス戦―スポーツが育む「帰属意識」とアイデンティティ【2026/07/15】
我が家にとって特別な一戦
ワールドカップ準決勝、スペイン対フランス。
この試合は、我が家にとって単なる準決勝ではなかった。
以前にも書いたように、主人はフランス生まれ・フランス育ちだが、ご両親はスペイン人。幼い頃から父親の影響でリーガ・エスパニョーラを観て育ち、永遠のヒーローはラウルだ。
ラウルが引退してからサッカーを観る機会は減ったものの、今でもスポーツでは自然とスペインを応援している。
テニスなら(引退してしまったが)ナダル、F1ならアロンソ、MotoGPならマルク・マルケス。
そんな主人の影響もあり、私もいつしかスペインを応援するようになっていた。
一方、娘は少し違う。
スペインへ行ったことは一度だけで、スペイン語も話せない。
家庭ではフランス語を使って育ったため、自分では「フランスと日本のハーフ」という意識の方が強かった。
だから今回も、最初はフランスを応援するつもりだったようだ。
娘が初めて心から応援した国
試合当日の朝4時。
娘は、パパを喜ばせようと買ったラミン・ヤマルのスペイン代表ユニフォームを着て、眠そうな目をこすりながらテレビの前にやって来た。
「今日はスペインもフランスもどっちも応援する!」
そう言っていた娘だったが、試合が始まると状況は変わる。
スペインは美しいティキ・タカを披露し、高い位置からのプレスでフランスの攻撃を封じる。
エムバペ、オリーセ、デンベレら世界屈指の攻撃陣を相手に、全員が連動して守り、ボールを奪えば細かくパスをつなぎながら攻撃へ転じる。
その躍動感あるサッカーに、娘はすっかり引き込まれていた。
普段なら途中で眠ってしまう娘が、この日は最後まで目を輝かせて試合を見続けた。
終盤には、
「早く終わって!」
と、スペインの勝利を願っていた。
試合終了のホイッスル。
主人と娘は思わず抱き合って喜んだ。
家族三人で、同じ国を応援し、同じ瞬間に歓喜した。
きっとこの朝の記憶は、娘にとっても、私たち夫婦にとっても、一生忘れられない思い出になる。
スポーツは国を一つにする
娘の姿を見ながら、私はスポーツとナショナリズムの強い結びつきを改めて感じた。
日本でもワールドカップになれば、普段サッカーを観ない人まで日本代表を応援する。
代表チームを応援することで、「自分もこの国の一員だ」という感覚が自然と生まれる。
スポーツには、人々の帰属意識を育み、国を一つにする力があるのだと思う。
だからこそ、今回、スペインの元首相による「フランスは非常にレベルの高いチームだが、フランス人はいない」という趣旨の発言が大きな議論を呼んだ。
これに対して、スペイン代表のクバルシは、
「フランス代表でプレーしているなら、肌の色に関係なく彼らはフランス人だ」
と語った。
さらにラミン・ヤマルも前日の記者会見で、
「サッカーは社会を統合するためにある。そして、その最良の例がスペインとフランスだ」
と話している。
私はこの言葉に、とても共感した。
多様性とナショナルチーム
前回の記事でも、フランス社会の多様性について触れた。
サッカーほど、多様なルーツを持つ人々が、一つの国のために戦う姿を見せてくれるスポーツはない。
代表選手たちは、それぞれ異なる文化や背景を持ちながら、その国のユニフォームを着ることを選び、その責任を背負ってピッチに立っている。
だから私たちは彼らを応援する。
大切なのは、その選手の祖先、両親がどこから来たのかではない。
「今、その国を代表して戦っている」という事実である。
ルーツの違いではなく、同じエンブレムを胸に戦う仲間であること。
それこそがナショナルチームの価値なのだと思う。
娘のアイデンティティが広がった朝
娘には、日本、フランス、そしてスペインという複数のルーツがある。
彼女のルーツについては以下でも話した通り。
だからこそ、自分はどこの国を応援すればいいのか、迷うこともあるだろう。
けれど、この日、家族と一緒にスペイン代表を応援し、勝利を喜び合った経験は、娘にとって自分のルーツの一つを身近に感じる特別な時間になったように思う。
「私はスペイン人になった。」
そんな単純な話ではない。
日本人であり、フランスにも深いつながりがあり、そしてスペインにも家族の歴史がある。
そのすべてが娘の一部なのだ。
今回のワールドカップは、その一つひとつのルーツを少しずつ結び付け、自分という存在をより豊かに感じるきっかけになったのではないだろうか。
スポーツは勝敗を競うだけではない。
家族をつなぎ、人と人をつなぎ、そして、自分がどこから来て、どこへ向かうのかを考えるきっかけを与えてくれる。
だから私は、スポーツには人のアイデンティティを育てる力があるのだと、あらためて感じた朝だった。
今日のタロット
今日の一枚は、

ソードのキング(逆位置)だった。
ソードのキングは、本来、冷静な判断力や公正さ、知性を象徴するカードである。
しかし逆位置になると、自分の価値観だけで物事を決めつけたり、偏見や思い込みによって相手を評価してしまう危うさを示すことがある。
今回の試合をめぐっても、「フランス人とは誰なのか」「スペイン人とは誰なのか」という議論が起きた。
けれど、多文化社会を生きる人々のアイデンティティは、そんな単純な言葉では表せない。
私の娘も、日本、フランス、スペインという複数のルーツを持ちながら成長している。
その姿を見ていると、人は一つの国籍や血筋だけで語れる存在ではないのだと改めて思う。
ソードのキング逆位置は、「決めつける前に、一歩引いて相手を理解しよう」と問いかけているようにも感じた。
スポーツは、ときにナショナリズムを強く意識させる。
だからこそ、その熱狂の中でも、人を分断するのではなく、多様性を受け入れながら一つになれる力を忘れてはいけない。
今日のカードは、そんなことを静かに教えてくれたように思う。
