ホテルネイキッドキング 第6話
再起動
大林さんとの再会
「赤羽さん!」
振り返ると、そこにはあの頃と変わらない、屈屈のない笑顔の大林さんが立っていた。
「大林さん! ご無沙汰していました。お元気でしたか?」 「はい! ……と言いたいところですが、まぁまぁ、それなりにです」
大林さんは少しはにかみながら答えた。
「送っていただいたメール、本当に嬉しかったんですよ」
「いや、僕の方こそ、赤羽さんの状況もよく分からないまま『日本へ戻ってきてほしい』なんて勝手なお願いをしてしまって、本当にすみませんでした。まさか本当に戻ってきてくださるなんて思っていなかったので……こうしてまたお会いできているのが、まるで夢のようです。さあ、さっそく売り場を見ながらお話ししましょうか」
大林さんに促され、私は新しく担当になったという店内の雑貨売り場を見学することにした。
*
ここで少し、この場所の背景について説明しておかなければならない。
舞台となる「ホテル・ネイキッド・キング」は、国内有数のテーマパーク『ビューティフルスカイ』の周辺に立ち並ぶホテル群のひとつだ。
このネイキッド・キングの隣には、同系列の「ネイキッド・クイーン」「ネイキッド・ジャック」があり、3つのホテルでひとつの巨大なグループを形成している。
私たちがいるネイキッド・キングは、客室数が約800室もある大型ホテルなのだが、営業戦略がいまひとつ振るわず、常に高い空室率に悩まされていた。
そのため、直営ショップに割かれる予算は極端に削られ、まともな仕入れすらできない状態が続いていた。棚を埋めるほどの商品がなく、宿泊ゲストから見ればなんとも物足りない、寂しい印象だったのだろう。当然、売り上げは芳しくなかった。
「どうですか? この売り場……」
大林さんが単刀直入に意見を求めてきた。 「ちょっと……というか、なんというか……」 私が言葉を濁していると、大林さんは苦笑しながら言葉を継いだ。
「全然ダメですよね。こんな売り場じゃ、誰も買い物する気になりませんよ。上の連中は『予算、予算、予算』って、同じことばかり口にして。商売の現場なんて何も知らない連中が、上から見下ろすように命令してくるんです。おかげで僕も含めてスタッフ全員、すっかりやる気をなくしちゃってて……」
大林さんの言葉を聞きながら、私の心に冷たい風が吹き抜けた。
(そんな状況で、大林さんは一体どうするつもりなんだろう? 俺は、こんなギリギリの状況の店と取引をして本当に大丈夫なのだろうか……?)
成田空港に降り立ったときに感じた、あの胸の奥から燃え上がるような情熱が、みるみるうちに「不安」という名の黒い雲に覆われていくのを感じていた。
「でも……僕、もう決めたんです」
大林さんが私の目を真っ直ぐに見つめた。その瞳に、静かな炎が宿る。
「せっかく社員になれたんだから、やれるだけやってみようって。どうなるかは分かりませんけど、上の連中にも、言うべきことはきっちり伝えることにしました。まだこんな情けない状況ではあるんですけど……だからこそ赤羽さんには、今、この時点からぜひ力を貸していただきたいんです!」
そう語る大林さんの目は、キラキラと輝いていた。
そこへ、、、
「大林。社員になって2週間、少しは調子を掴んだか?」
背後から、低く、どこか傲慢な響きを持つ声がした。 振り返ると、そこには50代後半の、やや小太りな男性が立っていた。このホテルの実権を握る一人、柿沢常務が店舗の見回りに現れたのだ。
柿沢常務は私の姿に目を留めると、値踏みするような視線を向けた。
「……こちらの方は?」
「はい。こちらは赤羽さんです。当店の雑貨や玩具の仕入れについて、ご協力をお願いしようと思いまして」 大林さんが毅然と紹介してくれた。
「あ、申し遅れました。私は……」 私が慌ててカバンから名刺入れを取り出そうとすると、柿沢常務はそれを遮るように冷ややかに言い放った。
「大林。雑貨の仕入れなら、大手の『ドリーム』さんがいるだろう。新しい取引先なんて、わざわざ口座を開くだけでも面倒だ」
威圧するような声で、大林さんの行動を先制しようとする。 しかし、大林さんは怯まなかった。
「いえ。赤羽さんの会社と私どもの間には、以前の取引口座がすでに残っておりますので、手続き上の問題はありません」
「そうなのか? ならいいんだが……」
柿沢常務はつまらなさそうに顔をしかめ、釘を刺すように言った。
「雑貨に関しては、あくまでドリームさんがメインだ。ウチとあそこは、長年築き上げてきた『信頼関係』があるからな。余計なことはするなよ」
「はい。ですが常務、現場の状況としては——」 言いかけた大林さんの言葉を、常務は完全に無視し、今度は私の方をキロリと睨みつけた。
「いいかね、赤羽さん……だったかな。くれぐれも勝手な真似はしないでくれたまえよ。取引をするにしても、ウチのような一流ホテルの名前に泥を塗るような、安っぽい雑貨は並べないでほしいもんだ」
冷徹な言葉を残すと、私が「はい、もちろんです。弊社としては——」と言い終わるのも待たず、「よし、行くぞ」と背を向け、後ろに控えていた秘書らしき女性を連れて、足早に去っていってしまった。
「……すみません、赤羽さん」 大林さんが、申し訳なさそうに深く頭を下げた。
「いえ、いいんですよ。大林さんも、かなり大変な立場にいらっしゃるんですね」
「ええ。上の連中はあんなのばかりでして。あの柿沢常務、実は取引先の銀行からの出向なんです。現場のことも知らないのに、やりたい放題で……。さっき後ろにいた女性も、柿沢が勝手に入社させて、いつも連れ回しているんですよ。社内じゃ愛人だって噂ですけどね」
大林さんは呆れたようにため息をついた。
「そんなことが……会社は何も言わないんですか?」
「社長も社長で、別の親会社からの出向ですからね。2年もすればどうせ去っていく身です。面倒なトラブルには最初から首を突っ込まない。だから、何も変わらないんです。でも、どんなに綺麗な水だって、流れが止まれば淀んでしまう。ここは国内有数のテーマパークという最高の環境にありながら、業績がずっとふるわない。あの連中は、まさにこのホテルの『淀み』の縮図ですよ」
大林さんは、吐き捨てるようにそう言った。
「——あ! もしかして、赤羽さんですか?」
そのとき、背後からパッとひまわりが咲いたような、朗らかな声が響いた。 声の主は、アルバイトの小早川さんだった。
「小早川さん! お久しぶりです、お元気でしたか?」
大学生の頃にこの店でバイトを始めた小早川さんは、プロのダンサーを目指している。夢を追いかけるため、あえて一般的な就職活動はせず、大学を卒業した今もこの店でフリーターとして働き続けていた。
「本当にお久しぶりです!」 ステージを目指しているからだろう、彼の立ち姿はすっと美しく、表情にはパッと周囲を明るくするようなパワーがある。
「ダンサーの夢、今も頑張って追いかけてるの?」
「はい! 少しずつですが、オーディションで仕事をもらえるようになってきました。でも、やっぱり現実は厳しくて……。急なオファーが入ると、どうしてもバイトを休まなければならなくなるんです。でも、大林さんが私の夢を理解して、シフトをいつも調整してくださって……。本当に、大林さんには頭が上がりません!」
小早川さんが大林さんに感謝の視線を送る。
私と大林さん、そして小早川さんの3人が再会を喜んでいると、その温かい空気に引き寄せられるように、他のパートやアルバイトのスタッフさんたちも、次々と集まってきた。
「赤羽さん、ちょっと痩せました? でも格好よくなりましたね!」
「台湾ってどんなところだったんですか?」
「大林さん、お店にいるとき、いつも赤羽さんの話ばかりしてたんです よ!」
口々に掛けられるスタッフさんたちの温かい声。
それは、台湾での挫折を経て、カラカラに乾ききった砂漠のようだった私の心に、じわーっと染み込んでいくオアシスの水のようだった。
みんな一様に、「大林さんが社員になってくれて、本当に良かった」と、心からの笑顔で話している。
淀んだ上層部の空気。 だけど、この現場には、こんなにも純粋で温かい「光」がある。
(まだ、これからどうなるかは分からない。だけど……ここにいるみんなの、この笑顔に賭けてみてもいいかもしれない)
私の胸の奥で、日本でのビジネスを「再起動」させるためのスイッチが、静かに、しかし力強く押された瞬間だった。

ホテルネイキッドキングとの取引を決断した
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