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「俺を子供に逢わせてくれ」立ち会い出産を拒んでいた僕が、父親になった瞬間のこと〜大草原の避雷針パパが綴る、娘と歩んだ三歳までの奮闘記〜

【連載:避雷針パパの戦略的育児全史(全6話)】 ▶1. 父としての原点(今ここ) 2. 不眠の番人(夜泣き) 3. 二人目という葛藤 4. 命を前の無力さ 5. アレクサ外注戦略 6. 幸せの循環を作る


第一章:コーヒーの香りと、あの日忘れてきたもの

キッチンから漂うコーヒーの香りが、少しずつ目を覚ましていく。
リビングでは、三歳を過ぎたばかりの娘が、不器用な手つきでパジャマを脱いでいた。
「パパ、見て! ひとりでできた」
「……ああ、すごいな」
昨日までは「パパやって!」と泣き喚いていたはずなのに。子どもの成長は、ある日突然、静かにやってくる。
最初にはっきり言っておきたい。私は育児の専門家でもなければ、聖人君子でもない。ただの、一人の娘を持つパパだ。
だから、これからお話しすることはあくまで一つの参考にしてください。
でも、今まさに夜泣きや激しい反抗期で、出口のないトンネルを歩いているような気持ちのパパやママに、これだけはハッキリと言いたい。
娘が三歳を過ぎた今、あんなに手がかかった毎日が、少しずつ、でも確実に変わり始めました。女の子特有の難しさはありますが、ちょっとした工夫次第で、状況はいくらでも変えられます。
その「準備」は、実は子どもが生まれる前、あの「十月十日(とつきとおか)」から始まっていました。
「……私、母親になる自信がない」
子どもを授かったと分かったあの日、妻は震える声でそう漏らしました。
「大丈夫。俺が全力でサポートするから」
私は迷わず答えました。男は言ってもらわなければわからない。正直に不安を口にしてくれた妻の言葉に、私は救われ、守るべきものができたと確信した。正直、助かりました。
それからの私は、必死でした。「二人分、稼いでくるから」と自分に言い聞かせ、休日出勤をこなし、深夜まで働き、自分なりに「家族のために」頑張っているつもりでした。
妻が退職し、一人で二人分働くことになり、家事も手伝っていました。でも、仕事以外は特に自分の方は何も変わらないと思ってしまっていたのです。
産婦人科には、できる限り一緒に行きました。待合室で渡された『こどもの権利条約』の冊子に目を通し、親になる第一歩、男性も父親になる準備をする大切な期間だと感じていました。
けれど、今思えばそれは「形だけ」でした。私は、飲みにも行っていました。妻の導火線に火が着いていることにも気付けないまま、妻が妊娠する前とそんなに変わらない生活を、私だけがしていました。
そんな妊娠初期のある日、妻が爆発します。
「もう嫌だ、子供産むのやめる」
それから始まり、
「私は食べたい物も食べられない、やりたい事も出来ないのに、なのに、あなたは・・・」
総口撃です。私も始めは「仕事が・・・」で応戦していましたが、妻の泣きながらの勢いに、防戦一方になり最後は、妻の体調が悪くなり終戦。

第二章:爆発、そして「避雷針」への覚悟
妻がベッドに行った後、私はあの日、自分が放った言葉を思い出しました。
「何も成し遂げていない、全てはこれから」
私が妻に言った言葉です。あの日、二人で喜んだ言葉が、今の自分を突き刺しました。仕事に逃げていたのも事実でした。
次の日の朝、私は妻に「悪かったよ、もう一度チャンスをくれ」と言いました。
「俺も頑張るから、もう一度始めよう」と言いました。
「本当に一緒にやってくれるなら頑張る」妻が言ってくれました。
そこから、私の生き方は変わりました。
会社と家の往復、買い物、家事。「手伝う」のではなく、妻に手伝ってもらい、私がやることに決めたのです。
共感のために二つのことを決めました。一つは、産まれるまでは禁酒すること。(ちなみにこの禁酒、娘が三歳を過ぎた今でも続けています)。そしてもう一つは、妻と同じ物を食べること。

それでも、妊娠中のイライラはやってきます。言い争っても誰も幸せになりません。
そんな時、私は自分の対処法を見つけました。
(私は、大草原に立つ一本の避雷針だ。全ての雷は俺に落ちればいい。パートナー自身や他に落ちるよりはいい。その雷、全て私が受け止める。これは大地に根を張り家族を支える大黒柱になる準備だ)私は両手を斜め下に大きく広げ、少し上向きに目を閉じました。
パートナーから「何やってるの?」等、聞かれたら「避雷針のポーズ」と言ってみて下さい。
私の妻は、「ごめん、言い過ぎた」と気が付いてくれました。
「避雷針のポーズ」は、子供が四歳になった今でも使えるスキルです。この期間に取得する事をオススメします。

安定期には、妻の自立も支えました。
隣駅直結のイオンタウンに車で二人で行き、私は一旦帰宅。妻はウインドショッピングしながら、自分のペースでウォーキング。後に連絡を受け迎えに行く。
慣れてきたら、駅まで歩いて送って妻だけ電車に乗って行く。最終的には一人で出掛けて行きました。
私は心配でたまらないですが、そこは肝を据えて見守るしかありません。一人で行動出来るようになった妻は本当に楽しそうでした。
私は生まれて始めて図書館に行き、出産や育児、子育てに関する本を借りて読み、人の親になる準備を本格化させました。

第三章:二人の四十週、それから「父親」になる日
妊娠期間の四十週は、決して「母親だけの時間」ではない。それは、紛れもない「二人の四十週」です。
どちらかだけが苦しむと、後で爆発します。だから私たちは、話し合いを重ねました。
陣痛の大中小、私がいるとき・いないとき、救急車の判断、実家との連携、アパートから産婦人科までの経路。
動転しないようにフローチャートを作っていました。使わなくても無駄にはなりません。まさかの時の備えとして、事前に話し合いをして決めることをオススメします。
そして、その時はやってきました。
「痛い! イタイ!! イタイッ〜!!!」
妻が今まで聞いたことのない大きさと勢いの声で叫びました。
事前に「立ち会わない」と二人で決めていましたが、苦痛に耐える妻は、私の手をしっかりと握っていました。
この手を離せない。私は立ち会うことにしました。
これからの人には賛否論ありますが、是非立ち会うことを私はオススメします。
産まれてくる子供への思い、妻に対する感謝、責任感。人によって様々でしょうが、私は人生観が変わりました。
「頑張って!! 踏ん張って!!!」
先生や看護師さんの声が上がります。でも、私は違和感を覚えました。妻はもう精一杯頑張っている。
波の間に、妻が言いました。「もう無理、助けて」
私は妻の額に自分の額を重ねて言いました。
「辛いよね。代われるなら代わってあげたいよ。でもそれは出来ない事だから。思い出して、この為に二人で準備してきたじゃないか。
もう少しで子供に会える。だから、お願いだ、諦めないでくれ。
俺を子供に逢わせてくれ
妻は頷きました。
また波が訪れ、先生が「もう少し! 踏ん張って!! 力を緩めないで!!! よしっ!!!」
次の瞬間、「オギャ オギャ!」と子供が泣きました。
私は、父親になりました。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
私が「父親」になった瞬間のお話は、ここで一度幕を閉じます。

ですが、物語には続きがあります。
娘が三歳を過ぎた今、私はあの日決めた「ある誓い」を現在進行形で守り続けています。

最後に、私が今も禁酒を続けている本当の理由と、いつか訪れる未来の娘、そしてその伴侶に向けた「バトンタッチ」の約束についてお話しさせてください。

この「覚悟」の話が、今、暗闇の中で踏ん張っているパパやママの心を、ほんの少しでも支えるヒントになれば幸いです。

父親になる覚悟は、準備じゃなく現場で決まる。ここが、僕の「戦略的育児」の原点です。 この記事に少しでも共感いただけたら、左下の「スキ(♡)」で応援していただけると嬉しいです!

【第2話:不眠の番人(夜泣き)】 深夜のアパートに響く絶叫。思考が止まる絶望。僕が「不眠の番人」として暗闇に立った、泥臭い生存戦略。 https://note.com/gay_panda2698/n/n9ccfc0eb221c

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