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新規事業の期待値は「計算」できる。でも、その確率は結局「人」がつくる


以前、新規事業は「勝率」ではなく、「負け額」をコントロールするゲームだ、と書きました。

未来を完全に当てることはできない。だから、成功確率100%の案件を探すのではなく、外したときの損失を限定し、当たったときには大きく伸びる勝負を、何度も試せる状態をつくる。

そういう考え方です。

ただ、ここで問題になるのは、「その勝負が、本当に期待値プラスなのかをどう判断するのか」ということです。そこで使えるツールが、デシジョンツリーです。

複雑な事業も、枝分かれさせると見えてくる

デシジョンツリーでは期待値を次のような式で求めます。

期待値 = 成功確率 × 成功時の利益 + 失敗確率 × 失敗時の損失

ある新規事業を始める。当然、成功する場合もあれば、失敗する場合もある。成功した場合には、さらに大成功するケースと、そこそこ成功するケースがあるかもしれない。

その可能性を枝分かれさせ、それぞれに「起こる確率」と「起きた場合の利益・損失」を書き、それを合計します。

たとえば、300万円を投資し、投資後の最終損益が、30%の確率で1,000万円の利益、70%の確率で100万円の損失になる事業なら、

投資後の損益の期待値は、30% × 1,000万円 + 70%  × (▲100万円) = 230万円となります。プラスの期待値です。

もちろん、実際の事業はこれほど単純ではありません。「大成功」「小成功」「撤退」と分けてもいいし、途中で追加投資する選択肢を入れてもいい。

それでも、枝分かれさせて数字を置いてみると、どこで大きく負けるのか。どこに上振れ余地があるのか。どの前提が変わると期待値がマイナスになるのか。が、かなり見えやすくなります。

頭の中だけで、「なんとなくいけそう」「これは危ない気がする」と考えているより、ずっといい。デシジョンツリーには、思考を外に出す力があります。

※なお、この230万円は「必ず230万円儲かる」という意味ではなく、同じ条件の事業を多数繰り返した場合の平均的な損益です。

ところが、決定的な問題が一つある

しかし、デシジョンツリーには致命的とも言える弱点があります。

先ほど、「成功確率30%」と書きました。では、その30%は、いったいどこから出てきたのでしょうか。

新規事業なのだから、過去にまったく同じ事業を100回やったデータなどありません。「過去100回のうち30回成功しました。だから30%です」とはならない。

市場規模。競合。商品力。価格。立地。チーム。景気。タイミング。

さまざまな情報を調べたうえで、「まあ、30%くらいではないか」と置いているだけです。つまり、最後は人間の主観です。

デシジョンツリーをきれいに作れば作るほど、一見、科学的に分析しているように見えます。しかし、その根幹にある確率が人間の主観なら、それは精密な計算機に、根拠のない数字を入れているだけではないか。そんな疑問が出てきます。

ただ、私は、それでいいのだと思っています。

「勘だからダメ」なのではない

大事なのは、その30%が絶対に正しいことではありません。そもそも、新規事業で正しい確率を事前に知ることなどできません。

重要なのは、その時点で持っている情報から、自分なりに確率を仮置きして眺めることです。

20%なのか。50%なのか。80%なのか。

その数字を書き出しておく。そして、実際にやってみる。結果を見る。なぜ当たったのか。どこで外れたのか。何を過大評価していたのか。何を見落としていたのか。そこまで振り返る。

すると、次に似た案件が出てきたときの「30%」は、前回の30%とは違います。経験が一つ入っています。

予測→実行→振り返り。
これを繰り返していくと、少しずつ予測の精度が上がっていきます。

つまり、最初のデシジョンツリーは当たらなくてもいい。むしろ、外れたデシジョンツリーを、次のデシジョンツリーにどう生かすか。こちらのほうが重要です。

振り返らない会社では、確率は永遠に「勘」のままになる

ここで組織の問題が出てきます。

新規事業をやる。失敗する。「あれは市場環境が悪かった」「タイミングが合わなかった」「担当者が悪かった」と言って終わる。そして、担当者が変わる。次の人が、またゼロから新規事業を考える。

これでは、会社として何回新規事業をやっても、経験値が蓄積されません。毎回、初めて新規事業をやっているのと同じです。

一方で、同じ人が何度も新規事業に関わっていると、少しずつ見えるものが増えてきます。

「この手の市場調査は、大体強気に出る」「アンケートで欲しいと言う人と、実際にお金を払う人はかなり違う」「初月の反応が悪い商品は、その後広告費をかけても大きく伸びないことが多い」「逆に、最初は小さくても口コミで伸びる商品にはこういう特徴がある」

こういうものは、教科書にはなかなか載っていません。何度もやった人の中に蓄積される、経験則です。

人はこれを「勘」と呼びます。でも、何十回もの予測と失敗と修正を経てできた勘は、単なる思いつきとは違います。圧縮された経験値による暗黙知です。

同じ人がやると、「勝率」と「予測精度」の両方が上がる

ここが、新規事業ではかなり重要だと思っています。同じ人が何度もやる意味は、単に仕事に慣れることではありません。二つの能力が同時に上がっていきます。

一つは、実際に事業を成功させる能力です。
顧客への聞き方が上手くなる。小さな検証方法を覚える。撤退判断が早くなる。社内調整もうまくなる。失敗しそうなパターンも見えるようになる。つまり、本当に成功確率そのものが上がっていきます。

そしてもう一つ。自分がどれくらい成功できそうなのかを予測する能力も上がっていきます。最初は「これは80%いける」と思った案件が、何度も外れる。すると、「自分が80%と思う案件は、実際には50%くらいだな」と分かってくる。逆に、「これは地味だから30%くらいだと思っていたが、こういう案件は意外と当たる」という発見もある。

つまり、事業をつくる能力だけでなく、自分の判断を測る能力も育っていくのです。これはかなり大きい。

失敗する理由を、先につぶす

以前、たくさんの事業を成功させてきた経営者に、こんな話を聞いたことがあります。

「若いころは、新規事業に乗り出すとき、『どうやったらこの事業が成功するか』ばかりを考えていた。そこで想定外のことが起こり、手痛い失敗をした。今は乗り出す前に『どうやったらこの事業が失敗するか』を考える。そうして、その失敗の要因を潰してから、始める」

これは、単に慎重になったという話ではありません。成功確率を直接高めようとするのではなく、失敗確率を生み出している要因を分解し、一つずつ減らしているのです。

「顧客が買わない」「リピートしない」「人が採用できない」「想定より広告費がかかる」「運営が複雑で横展開できない」

こうした失敗要因を先に洗い出し、それぞれについて、「本当にそうなるのか」「小さく検証できないか」「起きた場合に止められるか」を考える。

これは、デシジョンツリーで枝を増やしていく作業にも似ています。成功のシナリオを描くだけではなく、失敗に至る枝を細かく分解する。そして、その枝のいくつかを事前に切っておく。

多くの人は、プラス面ばかりに注目して始めます。そして、「想定外の出来事」により、退場していく。
沢山の事業を成功させてきた経営者は、未来を正確に見通しているのではありません。失敗につながる道を、始める前にできるだけ減らしているのです。

※事業でも投資でも同じことが言えると思います。
事業:どうやったら成功するか、より、どうやったら失敗するか、を考える
投資:どうやったら儲かるか、より、どうやったら損しないか、を考える

デシジョンツリーの本質は、未来予測ではない

こう考えると、デシジョンツリーの役割も少し違って見えてきます。未来を正確に計算する道具ではありません(そもそも、未来を正確に計算することなどできません)。

デシジョンツリーの価値は、「私はこの事業の成功確率を何%だと思っているのか」「なぜそう思ったのか」「失敗した場合、いくらまでなら失っていいのか」を、実行する前に明文化することにあります。

そして半年後、一年後に、自分は何を間違えたのかを確認できる。その振り返りが、次の確率を少しだけ正確にします。

だから、デシジョンツリーを一度作って終わりでは意味がありません。

予測→実行→振り返り→修正。この循環のために使う。

言ってみれば、デシジョンツリーは未来を当てる道具ではなく、人間の「勘」を鍛える道具なのだと思います。

新規事業の競争力は、人に蓄積する

AIを使えば、市場調査は速くなりました。競合分析もできます。事業計画も作れます。デシジョンツリーだって、数分で作れるでしょう。

しかし、「この事業が成功する確率は何%か」という最後の数字は、AIにも確定できません。誰かが判断しなければならない。そして、その判断の精度を高めるのは、結局のところ経験です。

ただし、失敗すれば自動的に経験値になるわけではありません。事前に何%と予測したのか。何を成功と定義したのか。どの前提が外れたのか。そこを記録して、結果と比較して初めて、失敗は学習になります。記録されていない失敗は、経験ではなく、ただの思い出になってしまいます。

だから、新規事業を強くしたければ、案件だけを見るのではなく、誰に、何回やらせるか。こちらも同じくらい重要です。

一度失敗した人を、「新規事業に向いていなかった」と外してしまえば、その失敗から得られた経験値まで捨てることになります。むしろ、小さく負けられる仕組みを用意して、同じ人に何度も打席を与える。そうやって、事業を成功させる能力と、成功確率を見積もる能力を、同時に育てていく。

デシジョンツリーの価値は、成功の数字をきれいに並べることではありません。「この事業は、どうやったら失敗するのか」「その失敗要因を、いくつ潰せるのか」「潰せない失敗が起きたとき、いくらで止められるのか」。そこまで考えて初めて、置いた確率に意味が出てきます

新規事業の期待値は、計算できます。しかし、その確率は最初から与えられているものではありません。失敗要因を見つける。小さく検証する。結果を記録する。予測を修正する。その繰り返しによって、確率を見る目がつくられていきます。

そして、その目は個人だけでなく、組織にも蓄積できます。新規事業で本当に蓄積すべき資産は、成功した事業そのものではなく、何度も意思決定を繰り返した人と組織の中に残る、「確率を見る目」なのだと思います。

期待値を計算することよりも、期待値の前提を一つずつ改善できる人と組織をつくること。それが、新規事業における本当の競争力なのだと思います。


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