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『得てして』と『ものだ』──言葉の組み合わせの妙に迫る

「得てして」で始まる文は、得てして「ものだ」で終わるものだ

最近思いついた言葉遊びです。

ダジャレみたいなものですが、内容もそこそこ核心を突いていると思いませんか?


趣味のリライト作業をしていて、世の中の真理を語るような一文に出会ったときのことです。

これはきっと「得てして」という言葉を挿入したらもっと雰囲気が出る!と思いました。

ついでに、「得てして」を入れるなら「ものだ」で締めくくった方がきれいに納まる!と。

まあ、趣味のリライトなんてものは、“得てして”こんなノリで進んでいく“ものだ”とでも言っておきましょうか。

そうやって「得てして」と「ものだ」をつけ加えたところで、ふと思いついたのが冒頭の言葉遊びです。


そもそも「得てして」と「ものだ」の組み合わせは、どうしてこんなにも安定感があるんでしょうか。

まず、「ものだ」という言葉を品詞ごとに分解すると、次のようになります。

「もの」… 「普通」や「当然」といった意味合いで用いられる形式名詞

「だ」… 断定の助動詞

ということは、「ものだ」という言葉は、「当たり前」という意味をもつ「もの」に、「犯人はお前だ!」とか言うときの「だ」がくっついてできた、確信の度合いがかなり強い表現だということになります。

確かに、何かを決めつけるときに使われそうな言葉ですよね。

一方、「得てして」という言葉は、「~という傾向がある」「~しがちだ」「~になりやすい」などの表現と同じように、ものごとの傾向についての話をしているということをはっきりと示すために使われます。

そこには、「ものだ」のような決めつけのニュアンスはありません。

では、「ものだ」で終わる文は、「得てして」の有無によってどのように印象が変わるのでしょうか。

デジタル大辞泉に掲載されている「得てして」を用いた例文「頭のいい人は得てして策におぼれるものだ」で比較してみると次のようになります。

 頭のいい人は得てして策におぼれるものだ

 頭のいい人は策におぼれるものだ

もし、これが一般論だと言われたらどうでしょうか。

1つ目の文は、「得てして」というワンクッションがあることで、多少の例外はあるかもしれないけれどこれが普通だ、くらいのニュアンスに落ち着いています。

一方、2つ目の文は、完全に決めつけてかかっていて、例外は一切無し、という印象を受けます。これでは「頭のいい人」は反発したくなることでしょう。

つまり、「得てして」と「ものだ」がセットになっていることで、100%に近い確信をもっているけれど例外が存在する可能性もちゃんと理解している、という一般論を語るのにちょうどいい温度になるのだと思います。

さらに、「ものだ」以外の文末についても見ておきたいと思います。

「得てして」という言葉のもつニュアンスから、次のような文末が考えられます。

 頭のいい人は得てして策におぼれる傾向がある
 頭のいい人は得てして策におぼれがちだ
 頭のいい人は得てして策におぼれやすい

これらの表現も、「得てして」との組み合わせとして十分成立しています。

しかし、「得てして」という言葉が教訓や格言を語る際に用いられそうな古風な雰囲気を潜在的にもつのに対し、「傾向がある」などの表現は現代的・分析的過ぎて、文全体の統一感が損なわれているようにも見えます。

そもそも、これらの表現には「ものだ」とは違って決めつけのニュアンスがないので、「得てして」を挿入する必要がないのかもしれません。

 頭のいい人は策におぼれる傾向がある
 頭のいい人は策におぼれがちだ
 頭のいい人は策におぼれやすい

ほらね?

これに対し、「ものだ」で締めくくる文というのは、「得てして」と同様に教訓や格言めいたことを語るのに適した重みがあるため、相性がいいように感じられるのだと思います。


ということで、「得てして」と「ものだ」の組み合わせに安定感がある理由がなんとなく分かった気がします。

「得てして」で始まる文は、得てして「ものだ」で終わるものだ

という言葉遊びにも、単なるダジャレと片付けることのできない真理が含まれていると言ったら言い過ぎでしょうか。

ただ、正確に言えば「得てして」で始まる文というのは少数派かもしれません。

結論を述べる前のワンクッションとして、主語の後に置かれていることのほうが多いように思います。

でも、「終わる」に呼応させて「始まる」とした方が、言葉遊びとして気持ちがいいと思いませんか?

「得てして」を含む文は、得てして「ものだ」で終わるものだ

とすることもできなくはないけど、いくら正しくてもリズムの良さは冒頭の一文に敵いません。

んー、正確じゃないってことは、やっぱりダジャレ止まりか……

正しさを採るか、リズムを採るか。

リライト作業はこの妥協点を探ることの繰り返しです。

リズムを維持しながら、いかに正しい表現にリライトできるか、これを考えるのがリライトの醍醐味だと思っています。


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