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【連載小説】ECHO エコー 第百四十一話「線引き」


【場面265 堅田護・朝倉燈香・佐藤悠一郎・エコー・ログ・名古屋・大須・Apple Jam・七十八日目・朝】

窓の外が、白みはじめていた。
護は、三階の階段に腰を下ろしたまま、一晩を明かした。
エコーとログは、隅に並んで座らされたままだった。二人とも、眠った様子はなかった。

護は、立ち上がった。骨が鳴った。
「腹、減っとらんか」護は言った。
エコーもログも、答えなかった。
護は、それ以上聞かなかった。階段を下りた。


一階では、悠一郎が、コーヒーを淹れていた。湯気が、カウンターの上に薄く立っていた。
「起きてたんですか」悠一郎は言った。
「まあな」護は、丸椅子に腰を下ろした。
悠一郎は、カップを一つ、護の前に置いた。

燈香が、階段を下りてきた。前夜のブラウス姿のままだった。
「おはようございます」燈香は言った。
「病院か」護は言った。
「はい」燈香は、鞄を肩にかけ直した。「今日は、朝から外来なので」


悠一郎が、コーヒーをもう一杯、燈香の前に置いた。
「立ったまま、どうぞ」
燈香は、両手でカップを持ち、一口飲んだ。
「熱い」燈香は、小さく笑った。「今日は、指では分かりません」
護は、何も言わなかった。ただ、口の端を、わずかに緩めた。

飲み終えると、燈香はカップを置いた。
「上の二人は」燈香は言った。
「大人しいもんや」護は言った。「昨夜から、ずっとな」
燈香は、少し考えるふうだった。
「何か、分かったら、教えてください」
護は頷いた。

燈香は、暖簾をくぐって出ていった。


護は、残ったコーヒーを飲み干した。カップを置き、階段へ向かった。
「俺も、行きます」悠一郎が言った。
護は、それには答えず、先に階段を上がった。

三階は、朝の光が、窓から差し込んでいた。
エコーとログは、同じ姿勢のまま、座っていた。
護は、二人の前にしゃがみこんだ。


「野瀬を、なんで尾けとった」護は言った。「雇い主は、誰や。まだ、聞いとらん」
ログは、エコーに、一瞬目をやった。
エコーが、小さく頷いた。
「……還さんです」ログは言った。「野瀬が、名簿屋に探りを入れとる。それを、見張れと」
護は、その名を、頭の隅に留めた。聞き覚えは、なかった。


「還さんが、直接な……」護は言った。
「はい」エコーは言った。「私たちが知っとるのは、それだけです。組織のことは、何も知りません」
護は、しばらく黙った。

「なら、もう一つ聞く」護は言った。「橘努いう名前、知っとるか」
エコーは、護を見た。何かを探るような目だった。
「……知らない」エコーは言った。
護は、ログに目を移した。
「聞いたこともない」ログは言った。「その名前を、俺たちが知っている理由がない」


「還さんの指示やて言うたな」護は言った。「それでも、知らんのか」
「指示は、指示です」ログは言った。「還さんが、何を考えとるかなんて、俺たちには分からない」
エコーは、何も言わなかった。ただ、床の一点を見つめていた。


護は、しばらく、二人の顔を見比べた。
噓をついている様子は、なかった。
「……そうか」護は言った。
それ以上、何も聞かなかった。

悠一郎は、扉のところで、動かなかった。指先が、わずかに、握られていた。
護は、それに気づいたが、何も言わなかった。
三階には、また、朝の静けさが戻った。


【場面266 還・レンズ・東京・七十八日目・朝】

東京は、朝から蒸していた。
還は、喫茶店の窓際の席で、レンズを待っていた。

やがて、レンズが、扉を押して入ってきた。会釈もせず、向かいの席に座った。
「待たせた」レンズは言った。
「いや」還は言った。
店員が、水を二つ運んできた。
「モーニング、二つ」還は、メニューも見ずに言った。


少しして、トーストと卵の皿が、運ばれてきた。レンズは、手をつけなかった。
「ログとエコーは」レンズは言った。
「まだ、応答がない」還は言った。

還は、トーストを一口かじった。
「レンズ」還は言った。「お前に、名古屋へ行ってもらう」
レンズは、還を見た。
「二人の様子を、確かめてこい」還は言った。「無理はするな。見るだけでいい」


「還さんは」レンズは言った。
「俺は、こっちに残る」還は言った。「篠田という男、まだ話を聞けとらん」
レンズは、しばらく黙っていた。
「分かった」レンズは言った。「今日のうちに、発つ」


還は、コーヒーを一口飲んだ。
「レンズ」還は言った。「二人が、何かされとったら」
レンズは、還を見た。
「その時は」還は言った。「無理に、動くな。まず、報告しろ」
レンズは、頷いた。


トーストの皿は、手つかずのまま残った。
レンズは席を立ち、伝票を持って、レジへ向かった。
還は、窓の外を見た。
朝の人波が、忙しなく行き交っていた。


第百四十一話 了 / 次回 第百四十二話「口止め」


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