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【連載小説】ECHO エコー 第百四十二話「口止め」


【場面267 堅田護・野瀬克己・佐藤悠一郎・エコー・ログ・名古屋・大須・Apple Jam・七十八日目・昼】

野瀬が、暖簾をくぐって入ってきた。
「どうやった」護は言った。
「名簿屋、当たった」野瀬は、丸椅子に腰を下ろした。「篠田の、当時の住所までは分かった」
「今の住所やないんか」護は言った。
「十八年前のもんや」野瀬は言った。「そこから辿るしかない」


悠一郎が、水を二つ運んできた。
「ほな、俺は東京に行く」護は言った。「元々、そのつもりやった」
「上の二人は」野瀬が、天井を見上げた。
「悠一郎に、任せる」護は言った。「無茶はさせん」
悠一郎は、少し間を置いてから、頷いた。
「分かりました」


「野瀬、お前は」
「もう少し、こっちで当たっとく」野瀬は言った。「何か拾えたら、連絡する」
護は、鞄を肩にかけた。
店を出る前、階段を見上げた。
「大人しいままなら、それでええ」護は、誰にともなく言った。
暖簾をくぐり、護は表に出た。


野瀬も、間もなく店を出た。
一階には、悠一郎だけが残った。

悠一郎は、水を注いだコップを二つ、盆に載せた。階段を上がった。
三階は、蒸し暑かった。窓を開けても、風はほとんど通らなかった。
「ここ、暑いでしょう」悠一郎は言った。「二階に、移りませんか。クーラー、あります」


エコーとログは、顔を見合わせた。
返事はなかったが、悠一郎が先に立って階段を下り始めると、二人も、ゆっくりと後に続いた。

二階は、三階よりいくらか片付いていた。古い応接セットが、隅に置かれたままだった。
窓際の室外機が、低く唸り出した。
悠一郎は、コップを二人の前に置いた。
「飲んでください」


今度は、ログが先に口をつけた。エコーも、それに続いた。
悠一郎は、少し離れた場所に腰を下ろした。何も言わず、そこにいた。

「戻るか、俺たちは」ログが、小さく言った。
エコーは、答えなかった。
「還さんは、俺たちを探さないだろう」ログは言った。「代わりは、いくらでもいる」

エコーは、目を伏せた。
「エコー」
エコーが、顔を上げた。
「もう、いいんじゃないか」ログは言った。声に、力はなかった。


長い沈黙があった。
エコーは、自分の右手の甲に目を落とした。熱は、もう、そこになかった。
「……うん」エコーは、小さく頷いた。

悠一郎は、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「特に、行くとこがないなら」悠一郎は言った。「ここで、働きますか」
エコーとログは、顔を上げた。どちらも、すぐには答えなかった。
悠一郎は、それ以上、何も言わなかった。
返事は、もらわなかった。

室外機の音だけが、二階の部屋に、静かに響いていた。


【場面268 還・宮田・東京・新聞社近く・居酒屋・七十八日目・夕】

新聞社の裏口から、男が出てきた。まだ四十前後に見えた。鞄を提げ、駅の方へ歩き出した。
還は、少し距離を置いて、後を追った。


男は、小さな居酒屋の暖簾をくぐった。還は、少し間を置いて、同じ店に入った。
カウンターの隣に、腰を下ろした。
「宮田さん、ですよね」還は言った。
男は、箸を止めた。


「……どちらさんです」宮田は言った。
還は、名刺を一枚、差し出した。適当な出版社の肩書きが、印刷してあった。
「昔の経済事件を、調べています」還は言った。「十八年前、ナノジェンという会社の記事があります。当時の記者仲間に、篠田さんという方がいたと聞きました」


宮田は、しばらく考える顔をした。
「篠田さんなら、覚えてます」宮田は言った。「もう、うちにはいませんけど」
「今、どちらに」還は言った。
「さあ」宮田は言った。「風の便りで、フリーになったとは聞きましたが」


還は、店員に酒を二つ、頼んだ。
盃が、二つ、カウンターに置かれた。
「年賀状の、やり取りくらいは」還は言った。
宮田は、少し考えてから、頷いた。
「……昔の住所なら、家に帰れば分かるかもしれません」


「助かります」還は言った。表情は、変わらなかった。
宮田は、盃を飲み干した。
「篠田さん、何かあったんですか」宮田は言った。
「いえ」還は言った。「昔の記事の、確認だけです」

宮田は、それ以上聞かなかった。
店を出るとき、還は、宮田の連絡先を、手帳に控えた。
一人になると、還は、残った酒を飲み干した。
盃を置き、静かに席を立った。


第百四十二話 了 / 次回 第百四十三話「残り香」


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