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【連載小説】ECHO エコー 第百四十三話「残り香」


【場面269 還・宮田(電話)・東京・七十八日目・夜】

還は、ホテルの一室にいた。携帯が鳴った。宮田からだった。
「もしもし」
「見つかりました」宮田の声だった。「ただ、大分前のです。もう十年くらい前の、年賀状の住所ですが」


宮田は、住所を読み上げた。還は、手帳に書き取った。
「今も、そこにいるとは、限りませんよ」宮田は言った。
「構いません」還は言った。「助かりました」

「あの」宮田は言った。「今日のこと、社の方には」
「もちろん、黙っています」還は言った。「宮田さんも、どなたにも言わない方がいいと思います」
「……何か、あるんですか」
「昔のことです」還は言った。「掘り返して、いい顔をする人ばかりじゃない。それだけです」
宮田は、しばらく黙った。
「分かりました」宮田は言った。


電話が切れた。
還は、手帳の住所を、もう一度見た。
十年前の文字を、指でなぞった。
窓の外、東京の夜景が、遠く霞んでいた。


【場面270 堅田護・東京・篠田の旧住所付近・七十八日目・夜】

新幹線を降りると、夜になっていた。護は、地図を頼りに、住所を訪ねた。
古い住宅街だった。街灯の間隔が、まばらだった。

教えられた番地には、真新しいアパートが建っていた。表札は、聞いたことのない名前ばかりだった。
護は、隣家のインターホンを押した。
返事はなかった。もう一軒、押した。

古そうな家の戸が開いた。年配の女が、顔を覗かせた。
「夜分に、すみません」護は言った。「昔、この辺りに住んどった篠田さんいう方、ご存知ありませんか」
女は、しばらく護を見た。


「篠田さん……ああ、新聞屋さんの」女は言った。「もう、大分前に引っ越されましたよ」
「どちらへ」
「さあ」女は言った。「うちも、年賀状のやり取りが、いつの間にか切れてしまって」

護は、礼を言いかけた。
「そういえば」女は言った。「引っ越しの前、お母様の具合が良くないとかで、田舎に戻るようなことを、おっしゃってましたよ」
「田舎、いうと」
「たしか……新潟の方だったと思います」女は言った。「詳しくは、存じませんけど」


護は、女に、もう一度頭を下げた。
「ありがとうございます」

女の家を出て、護は、暗い路地を歩いた。
新潟。手がかりは、細いが、繋がっていた。
護は、携帯を取り出した。野瀬にかける前に、少し考えた。
今夜のところは、これだけで十分だった。

護は、駅の方へ、歩き出した。
夜風が、少し涼しくなっていた。


第百四十三話 了 / 次回 第百四十四話「糸口」


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