【連載小説】ECHO エコー 第百四十六話「旧交」
【場面277 還・梶原・長野・七十九日目・夜】
還は、山あいの一軒家の戸を叩いた。
「夜分に、失礼します」還は言った。「昔、新聞社にいらした篠田さんのことで、伺いたいことがあります」
戸が開き、老人が顔を覗かせた。
「篠田君の……」梶原は、しばらく還を見た。「さあ、もう随分と、会っていないもので」
還は、二つ三つ、質問を重ねた。
梶原の答えは、どれも曖昧だった。
「歳のせいか、あまり、思い出せませんな」梶原は言った。
還は、それ以上、粘らなかった。
礼を言い、踵を返した。
車に戻ると、還は、本社に電話を入れた。
「経済部次長だった、今の役員だ」還は言った。「アポを、取ってくれ」
「かしこまりました」担当者は言った。
「急がなくていい」還は言った。「向こうの都合に、合わせろ」
一時間ほどして、折り返しがあった。
「二日後、赤坂の料亭でしたら」担当者は言った。「先方も、承知しています」
「それでいい」還は言った。
通話を切ると、還は、しばらく、窓の外を見ていた。
急ぐことでは、なかった。役員の口から出る話は、逃げない。
【場面278 堅田護・梶原・野瀬克己(電話)・長野・八十日目・昼】
護は、長野に着いた。教えられた家は、山あいの、小さな一軒家だった。
戸を叩くと、老人が顔を出した。
「梶原さんでしょうか」護は言った。「新聞社の、昔の篠田さんのことで、伺いたいことがあります」
梶原は、護を、しばらく見ていた。
「またですか」梶原は言った。
護は、眉を寄せた。
「また、いうと」
「昨日も、同じようなこと聞きに来た人がいましたよ」梶原は言った。「もっと、若い男でしたが」
護は、しばらく黙った。
「……どんな男でした」護は言った。
「静かな、感じのいい人でしたよ」梶原は言った。「けど、どこか、隙のない感じもしましたな」
護の中で、何かが繋がった。
――あいつらか。
声には、出さなかった。
「篠田さんのこと、何か話されましたか」護は言った。
「大したことは、話していません」梶原は言った。「向こうも、名前も名乗らず、すぐ帰りましたから」
護は、頷いた。
礼を言い、家を出た。
護は、携帯を取り出し、野瀬にかけた。
「野瀬、俺や」護は言った。「向こうも、動いとる」
「どういうことや」
「梶原のとこに、先に来とった」護は言った。「一日、遅れとる」
野瀬は、しばらく黙った。
「俺は、新聞社の在籍社員に、当たってみる」野瀬は言った。
「お前は」護は言った。
「梶原に、もう一度当たってくれ」野瀬は言った。「他の同僚のこと、聞き出せんか」
「分かった」護は言った。
電話を切ると、護は、梶原の家を、振り返った。
まだ、戸口の灯りが、点いたままだった。
第百四十六話 了 / 次回 第百四十七話「居場所」
