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【連載小説】ECHO エコー 第百四十七話「居場所」


【場面279 レンズ・名古屋・大学病院付近・八十日目・昼】

レンズは、病院の見える路地に立っていた。
名古屋に着いてから、すでに二日が過ぎていた。

エコーとログの気配は、どこにもなかった。
熱感知の範囲を、大須の周辺だけでも、幾度も探った。手応えは、なかった。
手がかりは、ほとんどなかった。
レンズは、還から聞いた名前を、一つずつ思い出した。
堅田護。朝倉燈香。佐藤悠一郎。


堅田は、燈香とタクシーに乗り、そこで撒かれたと、エコーからの報告にあった。
行き先までは、分からなかった。
その中で、確実に居場所が分かっているのは、朝倉燈香だけだった。
レンズは、病院の出入り口を、見張ることにした。


昼過ぎ、白衣姿の燈香が、外来棟から現れた。
何人かの患者を見送り、また、中へ戻っていった。
レンズは、それを、じっと見ていた。

表情に、変わったところはなかった。
熱の反応にも、目立った揺らぎはなかった。
ただの、勤め人の一日に見えた。

レンズは、路地の陰に、身を寄せたままだった。
この女から、何かが繋がるはずだった。
今は、それを、待つしかなかった。


【場面280 佐藤悠一郎・エコー・ログ・名古屋・大須・Apple Jam・八十日目・夕】

暖簾の下で、ログが、瓶ビールのケースを運んでいた。
数え間違えることは、一度もなかった。

「そこ、五本ずつでお願いします」悠一郎が言った。
ログは、頷いた。ケースの中身を、瓶の首の向きまで揃えて並べた。
悠一郎は、それを見て、何も言わなかった。


カウンターの内側では、エコーが、グラスを拭いていた。
布巾の動かし方が、ぎこちなかった。
一枚拭き終えるたびに、光にかざして確かめた。

「そんなに、確認しなくても」悠一郎は言った。
「……曇っていると、いけないので」エコーは言った。
また、次のグラスを取り、同じように拭いた。


悠一郎は、レコード棚から一枚、抜き出した。
針を落とすと、賑やかな歓声と、管楽器の音が、店に流れ出した。

「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」悠一郎は言った。「うちの店名、この辺りから、いただいてます」
エコーは、拭く手を止めた。


「アップル、ですか」エコーは言った。
「ビートルズの、レーベルです」悠一郎は言った。「気に入って、借りました」

歌が、始まった。

  It was twenty years ago today,
  Sergeant Pepper taught the band to play,・・・


「二十年前、か」ログが、小さく呟いた。
エコーは、何も言わなかった。ただ、布巾を握る手に、力がこもった。

悠一郎は、それに気づかず、レコードジャケットを、棚に戻した。
音楽は、なおも、店の中に満ちていた。

夕方の客が、ぽつぽつと入り始めた。
「いらっしゃいませ」ログが、少し硬い声で言った。
客は、気にする様子もなく、奥の席に座った。

悠一郎は、厨房で手を動かしながら、二人の様子を、時折窺った。
何かを問いただすことも、急かすこともなかった。


閉店後、エコーは、拭き終えたグラスを、棚に並べた。
本数を数え、もう一度、数え直した。
ログは、空いた瓶を、ケースに戻していた。


「今日は、これで」悠一郎は言った。
二人は、頷いた。
暖簾の外で、街の灯りが、少しずつ点いていった。


第百四十七話 了 / 次回 第百四十八話「先回り」


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