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【連載小説】ECHO エコー 第百四十八話「先回り」


【場面281 堅田護・梶原・長野・八十日目・夜】

日が暮れる頃、護は、もう一度、梶原の家を訪ねた。
戸を叩くと、今度はすぐに開いた。
「また、来られましたか」梶原は言った。
「すみません」護は言った。「他の、当時の同僚の方のこと、もう少し伺えたらと」

梶原は、護を、家に上げた。
茶を淹れながら、少しずつ、思い出話を始めた。
「昔は、賑やかでしたよ」梶原は言った。「社会部だけで、十何人もいましたからね。その中でも、私のいた班は、篠田くん含めて五名でした。今は、みんな、散り散りだ」
護は、湯呑みを両手で包み、黙って聞いていた。


「杉本君はね」梶原は言った。「篠田君の、奥さんとも仲が良くてね。よく、家族ぐるみで、旅行にも行っとったよ」
「どんな、人でした」護は言った。
「気配りのできる、いい記者でしたよ」梶原は言った。「男連中に混じっても、物怖じせん人でね」
梶原は、遠くを見るような目をした。


「今の、お名前は」護は言った。
梶原は、古い引き出しを開けた。埃をかぶった、住所録を取り出した。
ページを、ゆっくりめくった。
指先で、名前を、一つずつ辿った。

「……あった」梶原は言った。「美濃部、と書いてある。結婚した時に、一度、葉書をもらった」
「住所は」
「これも、大分前のものだが」梶原は言った。
護は、手帳に、その住所を書き写した。


「随分、熱心ですな」梶原は言った。「篠田君、何か、まずいことにでも」
護は、少し間を置いた。
「昔の借りを、返しに来ただけです」護は言った。
梶原は、それ以上、聞かなかった。

茶を飲み終え、護は、礼を言い、家を出た。
戸口で、梶原が、小さく言った。
「杉本君に、よろしく伝えてください。会いたいと、言っていたと」

護は、頷いた。


夜道を歩きながら、護は、手帳の文字を、もう一度見た。
「美濃部」の三文字が、月明かりに、白く浮かんでいた。
一人の老人の、古い机の底から出てきた名前が、今、細い糸の先で揺れていた。


【場面282 還・東京・アルケー本社・八十日目・夜】

還は、車の中にいた。ハンドルに、手をかけたままだった。
窓の外は、すでに暗かった。街灯の灯りだけが、車内に、淡く差し込んでいた。
携帯が鳴った。本社からだった。


「三人目、確認できました」担当者の声が、届いた。「他社に転じたあと、地方紙に移っています」
「どうやって、割り出した」還は言った。
「業界紙の、人事異動欄です」担当者は言った。「古い号まで、遡りました」

「今は」還は言った。
「政治部長です」担当者は言った。「北陸の、地方新聞社です」
還は、助手席の資料に、社名を書き足した。
「篠田との、繋がりは」還は言った。
「そこまでは、データベースには」担当者は言った。


還は、しばらく、黙っていた。
資料の余白に、いくつかの名前が並んでいた。
役員。キャップ。宮田。女性記者。そして、今、見つけた男。
どれも、まだ、篠田本人には届いていなかった。

「行ってみる」還は言った。
「役員との面会は、二日後ですが」担当者は言った。
「間に合う」還は言った。「明日には、戻る」


通話を切ると、還は、助手席に置いた、コンビニの握り飯を手に取った。
立ち寄る時間も、惜しかった。
運転しながら、口に運んだ。味を、確かめる余裕もなかった。

還は、時刻表を、ダッシュボードの上で確かめた。
夜行の、最終列車が、まだ間に合う時間だった。
還は、車を出した。
街の灯りが、後方へ、流れていった。


第百四十八話 了 / 次回 第百四十九話「呼び出し音」


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