【連載小説】ECHO エコー 第百四十九話「呼び出し音」
【場面283 堅田護・美濃部(杉本)・八十一日目・昼】
護は、教えられた住所を訪ねた。新しい建売住宅だった。表札に「美濃部」とあった。
インターホンを押すと、少し間があって、女性の声が答えた。
「はい」
「突然、すみません」護は言った。「昔、新聞社にいらした、杉本さんでしょうか」
少し、沈黙があった。
「……旧姓なら、そうですが」女性の声が言った。「どちら様でしょう」
「堅田といいます」護は言った。「梶原さんの、紹介です」
戸が開いた。四十代くらいの女性が、顔を出した。
「梶原さんの……懐かしい名前」美濃部は言った。「立ち話も何ですから、どうぞ」
護は、招かれるまま、玄関先に入った。
茶を出されながら、護は、事情を、手短に話した。
「篠田さんのことで、お伺いしたいことがあります」
美濃部の表情が、わずかに動いた。
「篠田さん……ご無事なんですか」美濃部は言った。
「今、どちらにいらっしゃるか、ご存知ですか」護は言った。
美濃部は、しばらく考えた。
「詳しい住所までは、知りません」美濃部は言った。「でも、時々、電話をくれるんです。お元気かどうかの、確認みたいに」
「連絡先、お持ちですか」護は言った。
美濃部は、少し迷う様子を見せた。
「篠田さんに、まず、確認してもいいですか」美濃部は言った。「勝手に、番号をお教えするのは」
護は、頷いた。
「もちろんです」
美濃部は、携帯を取り出した。しばらく操作し、耳に当てた。
呼び出し音が、静かな部屋に、小さく響いた。
護は、湯呑みを両手で包んだまま、それを、じっと聞いていた。
【場面284 還・北陸・地方新聞社・八十一日目・夕】
還は、地方紙の社屋を訪ねた。古い、雑居ビルの三階だった。
受付で、政治部長への面会を、申し込んだ。
「少々、お待ちください」受付の女性が言った。
待合室の椅子に、しばらく座った。
やがて、受付の女性が、戻ってきた。
「申し訳ございません」受付は言った。「本日は、出張で、こちらにおりません」
「いつ、お戻りに」還は言った。
「今日の、夕方には戻る予定です」受付は言った。
還は、時計を見た。まだ、日は高かった。
「では、出直します」還は言った。
社屋を出ると、還は、近くの食堂で、時間を潰した。
定食を、半分ほど、口に運んだ。味は、ほとんど覚えていなかった。
夕方、還は、もう一度、社屋を訪ねた。
今度は、すぐに通された。奥の応接室に、疲れた様子の男が、座っていた。
「篠田のことで、伺いたいことがあります」還は言った。名刺を差し出した。
男は、名刺を、ろくに見なかった。
「篠田?」男は言った。「あの会社は、もう辞めてますからね」
「当時、同じ部署でいらしたと」還は言った。
「一緒にはいましたよ」男は言った。「けど、今どうしてるかなんて、知りませんね」
男は、鞄を、机の上に置いた。
「出張帰りで、疲れてるんです」男は言った。「悪いですが、帰ってもらえますか」
還は、それ以上、何も言わなかった。
礼を言い、応接室を出た。
社屋の外に出ると、還は、しばらく、その場に立っていた。
一つの糸が、ここで、切れた。
還は、駅へ向かった。まだ、赤坂の約束には、間に合う時間だった。
第百四十九話 了 / 次回 第百五十話「水面化」
