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いつもいつでも うまくゆくなんて

前回のあらすじ;
民宿小林 そして伝説へ…
現在地;パラグアイ


お見送り(他4匹は藪の中に突っ込んでった)

こんばんは「行け 佐々木」赤色担当の佐々木です。

民宿小林を出発する時は、去年羽田空港を飛び立った時と同じ気持ちになりました。荷物のパッキングを済ませてあとは出発するだけという状態から1時間以上ガチで延泊しようか悩んで、まだ出発してもないのにすでに帰りたくなってました。

きっとサトシも、マサラタウンにサヨナラバイバイする時こんな感じだったんだろうな。「何がポケモンマスターや(笑)アホらし(笑)」つって、全部投げ出したくなっただろうな。わかる、わかるぞ、サトシ。

ただ僕もサトシもこう見えて精神力は意外とあるほうなので、ウダウダ悩んでも結局はまず一歩を踏み出せるタイプの人間です。
宿を出てお母さんとワンコ達の方を振り返るのもほどほどに、涙がこぼれないように気持ち顎をクイっと上げて、前だけを見据えて赤土の上を進みました。

次なるブラジルはここから60km。
佐々木、進みます。
いつもいつでもうまくゆくなんて保証はどこにもないけど。


オーキド博士「そりゃそうじゃ!」



MICHI NO EKI

民宿小林から東に10kmほどのところにイグアスの中心部があります。
「MICHI NO EKI」の看板が目に入ったので寄ってみることに。

内部は本当にまんま日本の道の駅。
イグアス産の野菜とか軽食とかお土産なんかがずらーっと並んでいて、

マイメロディとクロミちゃんの3D三丽鸥𥔵力换装贴も置いてありました。

やっぱりイグアスの道の駅といえばマイメロディとクロミちゃんの3D三丽鸥𥔵力换装贴ですからね。マイメロディとクロミちゃんの3D三丽鸥𥔵力换装贴、見れて良かった〜〜!


デカ鳥居

すみません説明を端折ってしまいましたが、前回の記事でも少し触れたとおり、日本は1930年代後半から国策としてパラグアイへの移民政策を開始し、これまでたくさんの日本人移民が農業を中心にパラグアイの産業や経済の発展に大きく貢献してきたといいます。

そしてここイグアスはパラグアイに数カ所ある日本人居住区のうちのひとつなんですね。
現在は1500人ほどの日系人がイグアスに居住されているようです。

資料館があったので入ってみました。
これまで日本人移民の方々が歩んできた歴史が事細かに展示されています。

民宿小林のお母さんも教えてくれましたが、入植した当初はジャングル同然だったこのイグアスを少しずつ人の手で開拓して、言語や文化の違いだけでなく自然の脅威や現地住民との摩擦などの様々な問題に直面しながらもパラグアイの発展のために先人達は尽力されてきたようです。
想像もつかないほどの苦難の連続だったと思います。

僕がこうしてパラグアイで良い思いが出来たのもひとえに先人達の血の滲むような努力があってこそです。もはや尊敬という言葉では足りません。

どういう事情かは分かりませんが、お母さん然り、パラグアイに入植した日本人移民の数は岩手県出身の方が一番多いみたいです。
岩手出身としてちょっぴり誇らしくなりました。


日系人の方々が「農協」と呼ぶスーパー。

カップ麺や調味料などの各品目で日本製品が並び、店内ではあちらこちらからお客さん同士の日本語の会話が聞こえてきます。

もう西友と言っても過言ではありません。

あの有名な可爾必思𝓦𝓪𝓽𝓮𝓻もありました。
灼熱のパラグアイで飲む可爾必思𝓦𝓪𝓽𝓮𝓻、最高!!!!!!!

ラーメン屋さん

ラーメン屋さんまであるんかい。

掲示板

でもこれまでみた何よりも一番日本を感じたのはこの店先の掲示板です。
運動会やバザーのお知らせ、イベントの様子の写真、そして学校だより。

月1くらいで配られてた保護者向けの学校だより/学年だより、なぜか学校の机の奥にグシャッと封印されがちで、結局親に手渡すのに成功したのは通算で3回くらいしかなかったな……
そんな小学生時代を思い出すなど。


イグアスはそんな感じでした。
惜しみながらも出発してさらに東へ。

この日は民宿小林の朝食で余ったご飯をおにぎりにして持ってきていたのでそれをお昼ごはんにして食べました。

そしてやってきたのがシウダーデルエステ
ブラジルとの国境の街です。

やたら高いビルが立ち並んでいるデカい街で、聞くところによると、世界中から最新の電化製品やガジェットが大量に輸入されており、南米最大級の免税・激安ショッピング街として有名らしい。
そしてそのため一部では南米の秋葉原と呼ばれているらしい。

それはなんだかちょっぴり傲慢な気がするので、僕はこの日から逆に秋葉原のことを「アジアのシウダーデルエステ」と呼ぶことにしました。

家電にもガジェット類にも特に用はなかったので、高いビル群は素通りしてそのまま国境に向かいます。
5kmくらい手前から車の大渋滞が起きていてもうしっちゃかめっちゃかでしたが、テンポ良くすり抜けすり抜け。

パラグアイ側のイミグレーション。
車専用のゲートは大渋滞でしたが、徒歩(自転車)での出国手続きは待ち時間ゼロで済ませることができました。

パラグアイ、記憶から抹消しちゃうくらい辛いこともありましたが、総じて良い具合な国でした◯



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