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視覚(文字)に踊らされた「邦詞ロック論争」の解体

英語教科書にしみ込んだ「国際情勢」と「国内情勢」の影響 ③

1. 耳を使わなかった議論の『邦詞ロック論争』

一方、同じ一1970年代初頭の日本ロック界では、まったく別方向の「言葉の話」が盛り上がっていました。

🗣️「邦詞(日本語の歌詞)でロックは成立するのか?」
🗣️「ロックは英詞(英語の歌詞)で歌うべきなのか?」

いわゆる邦詞ロック論争(誤用ラベルの日本語ロック論争)です。(ja.wikid.org)

表向きは「邦詞か英詞か」という選択の技術論に見えますが、その議論の出発点には、日本語と英語の音声についての、かなり強い思い込みが潜んでいました。

2.『五十音図』の呪縛と「ウ段の呪い」

ロック評論家たちが日本語を語るとき、まず頼りにしたのは耳ではなく、幼稚園や小学校の教室に貼られていた『五十音図』の世界の脳内再生でした。(core.ac.uk)これが長期にわたって脳内に染み込んでいました。

常に思考の念頭にある「五十音図」

①五十音図の呪縛

五十音図を眺めると、日本語の音節は「母音単独」か「子音+母音」でしか終わらないように見えます。ア・イ・ウ・エ・オの5つの母音が、カ行でもサ行でもタ行でも、きれいに縦に並んでいます。この整った表を小学校入学時から毎日毎日見てしまうと、

🗣️「日本語は何から何まで母音に支配された言語だ」

という強い思い込み印象が、どうしても頭から離れなくなります。

②ウ段の呪い

とくに厄介だったのが、「ウ段の呪い」です。
カ行なら「ク(ku)」、サ行なら「ス(su)」、マ行なら「mu」……。
五十音図では、子音のあとに必ず「ウ」がぶら下がっているように見えます。(ja.wiktionary.org)

/k/ → ク(ku)、 /s/ → ス(su)、 /t/ → ツ(tsu)or ト(to)
/ts/→ ツ(tsu)、/m/ → ム(mu)、 /b/ → ブ(bu)、/p/ → プ(pu)

③思い込みの「日本語=母音」まみれ

そのため、
🤔「ギターリフに合わせてク・ク・クと歌えば、
 どうしても母音ウがベタッと張り付いてしまい、ロックのノリが台無しになるのではないか」といったイメージが、ほとんど自明の前提として共有されていきました。

こうして、
😩 日本語=母音まみれ
😟 英語=子音が強い言語
という表層的理解に基づく認識が、音声学上等の学問的検証もないまま、邦詞ロック派英詞ロック派のあいだで共通の土台になっていました。

実際の発音がどう聞こえるのかという聴覚的な分析よりも、五十音図という「見た目のきれいな表」のほうが、長い間頭の中にしっかりと馴染み過ぎていた故に、はるかに強い説得力を持ってしまったのです。

3. strike に音声上の3連子音はない → 視覚情報だけで作られた英語の子音像

同じような思い込みは、英語側を語るときにも働きました。

たとえば “strike” という語。
綴りだけを見ると str3連続子音が並び、そのあとに ike が続きます。
視覚情報となる紙の上では、どうしても

🤨 「頭に"3連続子音"を持つ、いかにもロック向きの語だ」

と見えてしまいます。

① 音声認識上のstrikeは2連続子音に過ぎない

しかし、実際の発音を耳で確かめてみると、それは2連続子音に過ぎません。strikeの発音記号〔straɪk〕にあるraをひらがなの「」に置き換えて考みると、その姿を可視化できます。すると、そこにあるのは〔stらik〕という、かなり滑らかな固まりになります。

多くの日本語話者の耳には、s と t のまとまりに続いて、準母音 r と母音 aɪ が一息で入ってくるように聞こえます。
❌ 3つの子音が一本一本バラバラに鳴っているのではなく、
⭕️ 子音の固まりとして立ち上がっているのは語頭の st だけに近いのです。

② 「ベスト」で"besto"を尽くせ!

同じことは “best” にも言えます。
英語では 〔best〕 で、語末は子音 t でふっと止まる語です。
日本語話者の多くは、これをカタカナで「ベスト」と読み、実際の発音では 〔besと〕と発音してしまいます。

ここでは、語頭の be は英語通りに聞き取れている一方で、末尾の st が「スと」という一音節になり、その中に母音 o が補われています。

・本来の英語:best(子音 t で終わる)
日本語耳での処理:be+sto(語尾に母音 o が付く)

子音で終わるはずの語が、いつの間にか「o で終わる語」として聞き換えられ、語尾に母音が足されてしまうわけです。

stに見られる3つの発音

それでも、当時の邦詞ロック論争では、こうした「耳の癖」をきちんと点検することなく、綴りだけを見て、
🗣️「英語は子音が連続しているからロックに向く」
🗣️「日本語は母音ばかりだからロックに向かない」
と語り始めていた訳です。(ja.wikid.org)

③ 聴覚・音声分析を視覚(文字)認識で語る不都合

実際には、英語でも 〔strike〕 や〔best〕のように、母音を中心にしたかたまりで発音される語が多く、日本語話者の側がそれを 〔sとらik〕、〔besと〕のように、勝手に母音寄りへと変形して聞き取っていた、という事実のほうがはるかに重要だったはずです。
英語=子音」「日本語=母音」という単純な図式は、こうした視覚だけの印象と、日本語耳の補正を見落としたまま作られた、かなり粗い神話だったと言えるでしょう。

4. 「です」は des だったはずが、desu に戻る

①「です」の日常発音 →〔des〕

日本語側でも、視覚情報が音の感覚を引き戻してしまう例があります。
東京方言では、語末の iu は弱く、とくに 「です・ます」の /u/ は無声化して聞こえなくなることが多いとされています。(jp-lab.com)
日常会話で耳にする「です」は、多くの場合〔des〕 に近い軽い語尾であり、子音でふっと抜ける英語の終わり方とそれほど遠いものではありません。

ところが、歌詞カード台本の上では、いつも「です」「ます」と書かれています。
視覚情報だけを見ていると、どうしても 〔desu〕という四拍の音列として意識してしまう。はっぴいえんどの『文学ロック』は、丁寧語の「ですます体」をあえて多用し、日常会話の語り口をそのまま歌詞に持ち込んだ作品が少なくありません。

はっぴいえんどの『風をあつめて』も、その代表例と言えるでしょう。
本来なら、話し言葉に近い 〔des〕 として軽く抜ける余地もあったはずです。
それでも実際の歌唱や多くのカバーでは、「です」を 〔desu〕 と四拍で丁寧に歌い上げ、ときにその母音 u を引き伸ばすことで、文学的な余韻を作り出しています。実質的には「ですー」〔desuː〕とさらにuが重なって聴こえます。ここでも、「かな書きに忠実であること」が、音声としての軽さより優先されています。

フォーク寄りのフォークロックサウンドの傑作
「文学ロック」の『
風をあつめて

③ 2つある選択肢: 子音寄り 🆚 母音寄り

【選択A】des として子音寄りに抜けるなら、フレーズの終わりにはロック的な「抜け」が残る
選択Bdesu として母音までしっかり歌えば、叙情性は増すが、サウンドフォークやフォークロックとしてさらに母音寄りになる

文学ロック作品の多くは、後者Bの方向へ舵を切りました。
歌詞の「文学性」を守ろうとするあまり、本来なら des の方向に寄せることもできた語尾を、あえて desu として文字通りに発音し直してします。
その結果、日本語は母音が多いからロックに向かないという図式に、自ら歩み寄ってしまった側面があります。

「です」の変化
本来des→歌っている時はdesuと先祖返りする

5. 旧価値観の男子理念と、変わり始めていた女性の視点

① 出発点からの誤解

こうして見てくると、邦詞ロック論争の多くは、出発点からして「母音/子音神話」にとらわれていた訳です。
『五十音図』が頭の中に長期にわたって刷り込こまれたため、日本語は母音に支配された言語だと事実誤認をしていた。strike や best を綴りだけ見て「英語は子音が連続しているからロック向きだ」と思い込でしまった。

しかし、実際には 〔des〕 に近い音で発音されていることさえ忘れ、です〔desu〕という四拍のかな表記の文学詞に引き戻して歌う。

その背後には、「ロックはかくあるべし」という男子社会的な教条主義が横たわっていました。(gpwu.repo.nii.ac.jp)
「ロックは欧米から輸入された反逆の文化であり、『本物』であるためには本場の基準に従わねばならない。」
「歌詞の言語もサウンドの質感も米英のロックにどこまで近づけるかが物差しになる。」

② 正しいロックの定義を巡る論争

そうした前提から、
🗣️「ロックは英詞で歌うべきであらねばならない!」
🗣️「日本語で歌えば、歌謡曲に落ちてしまうから、ロックとは呼べない」
といった言い方が、ごく自然な口調で語られていきました。求められていたのは、多様なロック像の共存ではなく、「正しいロック」の定義をめぐる序列づけです。

③ 女性誌と教科書の「I」の視点

一方、同じ時期に女性側の視点はすでに変わり始めていたことです。『anan』『non-no』を手に取った若い女性たちは、海外旅行や仕事、ひとり暮らしを提案する誌面を、「自分の感覚から世界を選び取る」ためのカタログとして読み始めていました。(oya-bunko.or.jp)
中学英語の教科書も、TOTAL ENGLISH の “I think …”“In my opinion …” を通して、生徒に「あなたはどう思うか」と問いかける方向へ、少しずつ舵を切っていました。

Annaとnon-no

つまり、女性誌教科書の現場では、世界をどう感じ、どう選ぶかという「I の視点」へと静かなシフトが起きていたのに対して、ロック論争の多くは、依然として「ロックはこうであらねばならない」という旧価値観の土俵で論争していたことになります。
耳で確かめ、自分の身体感覚から語り直すのではなく、表や綴りに従って「正しさ」を決める。邦詞ロック論争は、その意味でも、変わり始めていた時代の空気に対して、どこか逆向きのベクトルを保ち続けていた議論だったのかもしれません。

6. まとめ: 「官民逆転」というねじれ

ふつうは「官は古くて固い、民は新しくて自由」と考えがちですが、1970年代初頭の英語教育邦詞ロック論争を並べると、その図式はきれいにひっくり返って見えます。

① 官(英語教育)

などの英語教科書は、冷戦とデタントという未来のリアルな国際情勢に向き合いながら、主語や文型の形式そのものを壊して “I think …”“We should …” へと前進していました。(en.wikipedia.org)

国際情勢をいち早く反映していた『TOTAL ENGLISH』

② 民(ロックバンドや音楽評論家)

邦詞ロック論争は、五十音図とカタカナ英語にもとづく過去の形式(文学的な詩型や男社会的な教条)を守るために、strike や best、そして「です」までも文字通りに母音化し、リアルな音声の分析からはむしろ退行していきました。(ja.wikid.org)

「官」側の前進性→ 「逆転現象」 ←「民」側の滞留性

官の側が、国際理解という名のもとに形式を更新しようとしていたのに対して、民の側が、ロックという自由なはずの文化を「こうであらねばならない」という教条の枠に押し込めていました。

このささやかな「官民逆転」のねじれを押さえておくと、ヘンリエッタとスタニスラスが教室の中で象徴していたものと、同じ時代のロック受容と言語観が、実はどれほどちぐはぐだったのかが、少しだけ見えてくるのではないかと思います。


ヘンリエッタの教室と1970年代のねじれた言語語り ①、② 
の記事はこちら
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