【熊本地震発生から24日目】地震後に生まれる「情報の非対称性」〜インターネットの役割を改めて考えてみました
熊本地震発生から24日目を迎えました。
今朝は地震の影響の大きかった地域での観光地域づくりに関する会議がありましたが、来月以降のイベント開催や予定していた取り組みは中止せず動かすという意思決定をされていました。被災された地域によって差はあれど未来志向での対話が開始されています。
さて、前回は地震後のマーケティングの活用余地のことを書きましたが、一方でこれだけインターネットやSNSが発達した現在でも、災害が起きると、極めて大きな「情報の非対称性」が生まれるということに気づきました(気づくのが遅い?)。
では、そもそもインターネットは、何のために社会に広がってきたのか?!
その答えは一つではないと思いますが、その大きな役割の一つに、「情報の非対称性を小さくすること」があったと思います(少なくとも私はそうだと思ってきました)。
情報の非対称性とは、ある情報を持っている人と持っていない人の間に生じる情報格差のことです。
インターネットが一般に普及する以前、私たちが得られる情報は限られていました。商品を買うときには売り手の説明を聞き、旅行するときには旅行会社やガイドブックを頼り、飲食店を探すときには雑誌や知人からの口コミを参考にする。情報を持っている側と、それを必要としている側との間には大きな隔たりがありました。
インターネットは、その構造を大きく変えてきたのです(皆さん、ご存知の通りですね)
Googleなどの検索エンジンによって誰もが情報を探せるようになり、ECサイトでは商品の価格や仕様を比較できるようになりました。旅行予約サイトではホテルの料金や空室状況を確認し、口コミサイトでは実際に利用した人の評価を見ることができます。
さらにSNSの登場によって、情報発信の主体そのものが変わりました。
最近では生成AIがそれなりにいい結果を戻してくれるようになりましたね。
つまりインターネットの発展は、単に「便利になった」ということだけではなく、一部の人や組織に偏っていた情報を社会に開き、情報を持つ側と持たない側との格差を縮めてきた歴史とも言えます。
改めて、今回の熊本地震を経験して改めて感じたことのひとつとして、インターネットやSNSが普及した今でも、災害時には極めて大きな「情報の非対称性」が生まれるということ。
「被災地」という一つの言葉では伝わらない
大きな地震や災害が発生すると、マスメディアやインターネット、SNSでは被害の大きかった地域の映像が繰り返し伝えられます。
それは当然必要なことです。
どこで何が起きているのか。どこに支援が必要なのか。社会全体で共有しなければなりません。
一方で、現地にいると別の景色も見えてきます。
大きな被害を受けた地域がある一方で、少し離れれば被害が限定的だった地域もあります。さらに、ほとんど被害がなく、宿泊施設や飲食店、観光施設などが通常通り営業している地域もあります。
現地にいる私たちは、その違いを比較的細かく理解できます。
ところが地域外から見れば、
「熊本県で大きな地震が発生した」
という一つの情報として認識されやすくなります。
現地では「点」で起きていることが、外からは「面」として見えてしまう〜実際そうでしたし、今もなおそんな感じなので、観光客が激減している。
ここに、災害時特有の情報の非対称性が生まれます。
情報がないのではなく「解像度」が違う
現在は情報が不足しているわけではありません。
マスメディア、ニュースサイト、自治体WEB、X、Instagram、YouTubeなど、むしろ大量の情報があります。
それでも情報の非対称性が生まれる。
なぜでしょうか。
問題は情報量ではなく、情報の解像度にあるからです。
例えば現地では、
「この地区では断水が続いている」
「この道路は通行できるようになった」
「こちらの地区では電気が復旧した」
「この観光地はほとんど影響を受けていない」
「この宿泊施設は通常営業している」
といった情報が存在します。
ところが地域外には、
「熊本県=被災地」(あえて書きますね)
という大きな情報として届いてしまうことがあります。
インターネットによって情報量は飛躍的に増えました。
しかし、情報量が増えることと、正確に状況を理解できることは同じではありません。
ここが現在の災害情報を考えるうえで重要だと思います。
「被害の格差」が「経済の格差」へ変わっていく
さらに難しい問題があります。
地震による直接的な被害には、当然ながら地域差があります。
建物が被害を受けた地域、道路が寸断された地域、断水や停電が続く地域では、生活そのものを取り戻すための支援が必要です。
一方、被害が比較的少なかった地域では、宿泊施設も飲食店も観光施設も営業できます。
ところが、
「いま旅行しても大丈夫なのだろうか」
「県全体が危険なのではないか」
「こんなときに観光するのは不謹慎ではないか(なんとなく自粛)」
という心理が生まれ、旅行や宴会、イベントなどのキャンセルが発生します。
すると、
地震による物理的被害は小さかったのに、経済的には大きな被害を受ける
という地域が出てきます。
つまり、
物理的な被害格差
↓
情報の非対称性
↓
認識の格差
↓
行動の格差
↓
経済的な格差
という連鎖が起こります(たぶんこんな感じ)。
地震による「一次被害」に加えて、情報や認識による「二次的な経済被害(あえてこの書き方します)」が広がっていくのです。
(もっと言いたいけど)「営業しています」だけでは十分ではない
そこで被害の少なかった地域から、
「私たちは元気です」
「通常営業しています」
「ぜひ観光に来てください」
と発信したくなります。
しかし、これも簡単ではありません。
まだ避難生活を続けている人がいる。水や電気が十分に戻っていない地域もある。その状況の中で観光PRを強く行えば、違和感を持つ人もいるでしょう。
一方で何も発信しなければ、
「まだ危険なのだろう?!」
「旅行できる状態ではないのだろう?!」
という認識が残ります。
いまもよくメッセージで届きます。
だからといって必要なのは、単純な「大丈夫です」というPRではないと思います。
必要なのは、
事実を伝え、現在の状況を伝え、そのうえで「いま何をしてほしいのか」を伝えることです。
被害が大きい地域であれば、
「現在は復旧を優先しています。不要不急の来訪は控えてください」
と伝える。
復旧段階に入った地域なら、
「一部制限がありますが、徐々に営業を再開しています」
と伝える。
そして影響が限定的だった地域なら、
「交通、宿泊、飲食、観光施設は通常通り利用できます」
と伝える。
つまり、
「被災地か、そうでない地域か」という二択ではなく、地域ごとの現在地を伝える。
これが必要なのだと思います。
支援の形も一つではない
地震以降ほぼ毎回書いてますが、もう一つ大切にしたいことがあります。
それは、
「支援=被災地へ行って何かをすること」だけではない
ということです。
発災直後、大きな被害を受けた地域には、水や食料、電気、医療、避難所、災害ボランティアなど直接的な支援が必要です。
一方、被害の少なかった地域にとっては、宿泊施設を利用してもらうこと、飲食店で食事をしてもらうこと、商品を購入してもらうこと、予定されていた旅行やイベントを必要以上に取りやめないことも重要です。
地域経済はつながっています。
被害の少ない地域まで経済活動を止めてしまえば、地域全体の体力が落ちます。
逆に、動ける地域が経済を動かし続けることができれば、雇用や事業、地域内取引が維持され、その力を復旧・復興へ循環させることができます。
なので私は、
「被災した地域を支えること」と「被害の少なかった地域の日常を続けること」は、決して相反するものではない
と思っています(たぶん断言できそう)。
むしろ、その両方が必要です。
インターネットが次に解消すべき「情報の非対称性」
インターネットはこれまで、価格を比較できるようにし、商品を比較できるようにし、ホテルを比較できるようにし、利用者の口コミを共有できるようにしてきました。
多くのサービスが、「知らないことによる不利益」を小さくすることで社会を便利にしてきました。
では、災害時はどうでしょうか。
これから必要なのは、
「どこで何が起きたか」という情報だけではなく、「いま、どこが、どのような状態なのか」を可視化する仕組み
ではないでしょうか。
さらに一歩進めれば、
「だから、いま私たちは何をすればよいのか」
まで伝えることです。
支援した方がいい地域。
まだ行かない方がいい地域。
少しずつ訪れることができるようになった地域。
通常通り訪れて問題のない地域。
そして、訪れることや消費することが地域経済を支えることにつながる地域。
そうした情報が地図上などで分かりやすく、そして日々更新されていく。
そんな「災害後の情報インフラ」があってもいいのではないでしょうか。
情報を増やすのではなく、情報と行動をつなぐがいいのでは?!
インターネット黎明期には、情報が少ないことそのものが大きな問題でした。
現在は違います。
私たちは大量の情報に囲まれています。
だからこそ、これから必要なのは情報をさらに増やすことではなく、
「情報を整理し、状況を正しく理解できるようにし、次の行動につなげること」
なのだと思います。
災害時であれば、なおさらです。
被災した地域には、必要な支援が届く。
復旧しつつある地域には、その現在地が伝わる。
被害の少なかった地域には、人や経済活動が戻る。
そのために情報が機能する。
情報の非対称性を小さくするという、インターネットが長い時間をかけて果たしてきた役割を、災害後の地域にも改めて当てはめて考える必要があります。
「被災地」という一つの言葉で地域を括るのではなく、その中にある一つひとつの異なる現在を伝えること。
そして、
「いま、どこが、どのような状態で、私たちは何をすればよいのか」を社会全体で共有すること。
それが、情報によって被害を必要以上に広げないために、そして地域全体で復旧・復興へ向かっていくために、いま求められていることではないでしょうか。
最後に
必要なのは「被災地と非被災地」という二分法をやめることのようにも思えます。
例えば、地域の情報を3~4段階程度に分けるなどはいかがでしょうか?
LEVEL 1|緊急支援が必要な地域
人命救助、避難、断水、停電、物資支援などが優先。
LEVEL 2|復旧過程にある地域
生活インフラや道路、事業活動が段階的に回復。
LEVEL 3|生活・事業活動が概ね通常化している地域
一部影響は残るものの通常活動が可能。
LEVEL 4|影響が限定的だった地域
宿泊、飲食、観光、交通などが通常運営。
こうすると、
「熊本は大丈夫です」
でも、
「熊本は被災しています」
でもない、
地域ごとの実態に即した情報として伝えられそうです。
私は民間人であるからこのようなことを言うことができるのかもしれませんが、2拠点生活(東京・熊本)をしている私などは外から熊本県を見ることができます。外からだと、このくらいの区分けをしたほうがわかりやすくてよいかと思います。
私も含め、皆さんのお考えと行動が地震のあった地域、影響のあった地域、そうでなかった地域などの世の中を動かすことになります(ご自身でご判断ください)。
今日も良い一日になりますように。
(※写真は、熊本から羽田へ向かう千葉県上空あたり〜大体仕事してるか寝てるけどいい感じの写真が撮れました)
