ぼくものがたり【第19回】空いっぱいのキラキラした「アレ」
僕の家のとなりには、イケガミさんという夫婦が住んでいた。
二人とも学校の先生で、近所では「物知り夫婦」として知られていた。
奥さんは長刀(なぎなた)の先生でもあった。
きりっとした、少し怖いくらいしっかりした人で、
近所の人たちも、どこか頭が上がらないところがあった。
僕たちはそのイケガミさんの家族と一緒に、防空壕を使っていた。
防空壕は、僕の家とイケガミさんの家のちょうど真ん中、
ケヤキの森の下に掘られていた。
*ちなみに僕の家の見取り図はこちらにあります。
第2回 👉 https://note.com/hiromi3333/n/n9688d076dff6
ある晴れ渡った日、空襲警報が鳴ったので、
いつものように両家そろって防空壕に入った。
見上げると、上空にはB29が十数機、音もなく高く飛んできた。
でも、なかなか爆弾を落としてこない。
「これはもっと遠くの方に行きそうだな」
なんて話していたそのとき、空から何か、変なものが落ちてきた。
それはキラキラと、光っている。
爆弾だったら、もっと早く、ヒュルルルーと落ちてくる。
でもそれは、ふわふわ、ひらひらと、音もなく広がりながら降ってきた。
みんなが首をかしげて「何だろう?」と話していると、
イケガミさんの奥さんが、言った。
「アレはねぇ、アレが落ちてくるとね。
火事になるような、アレなんですよ」
さすが先生だ。よく知っているなぁ。
お袋も、すっかり納得した顔でうなずいていた。
「なるほど。火事になるようなアレなんですね」
「はい。アレは焼夷弾とちがって、
建物にかかると火事になるようにできているんですよ」
僕たちはそのキラキラした「アレ」を、
「へー」と、おっかなびっくり見上げていた。
すると、それがどんどん広がっていく。
よく見ると、銀色の長いテープのようなもので、
ヒラヒラと空いっぱいに降ってきた。
お袋は、学校の先生が言うのだから、
火が出るというのは間違いないだろうと、
青ざめた顔で空を見上げていた。
お袋のとなりで、僕はその光景に見とれていた。
真っ青な空の一面に、太陽の光をあびた銀色テープが、
キラキラと光り輝いて、なんともきれいだった。
するとそのキラキラは、近くに来ると急にスピードを上げて、
サーッと落ちてきた。
そしてなんと、うちのケヤキの木のあちこちに、引っかかった。
お袋はそれに驚いて、大慌てでバケツを探しながら、
「水―!、水を運ばないと!」
と、大騒ぎしている。
テープは風に乗って、ケヤキの木、屋根の上と、
あちこちにヒラヒラと舞い降りてきた。
しかし、しばらく見ていても、火が出る様子はない。
お袋は息を切らしながら、バケツに水を汲んで来たけれど、
どこを見ても火はついていなかった。
イケガミさんは、
「あれ、火が出ませんねぇ」なんて言ってる。
「なんなんでしょうねぇ」と首を傾げている。
気がつけば、家の前の道には、たくさんの見物人が集まっていた。
みな、「あのキラキラはなんだ?」と、様子をうかがっている。
道には、広がらずに固まりのまま落ちていたのもあった。
よその家にも落ちていたけれど、
なぜか僕の家のけやきの森に、集中的に落ちてきたんだ。
やがて、ひとりの勇気ある男の人が、そっと手を伸ばしてそれをつまんだ。
「軽いな……なんだかスズのテープみたいだ」
恐る恐るちぎってみると、簡単に破けた。
「なんでもないよ!」
そのひと言をきっかけに、まわりの人たちが一斉に拾い始めた。
「なんだ、なら記念に持って帰ろう」
そう言いながら、丸めて持って帰った。
ものすごい人が集まっていたけれど、みんな、
「なんでもねぇや」
「火なんか出ねぇや」
と笑いながら口々に言って、その場はおさまった。
お袋は狐につままれたような顔をしていた。
それからしばらくして、ラジオで放送があった。
「東京の空に落とされたキラキラしたものは、アメリカ軍が落とした、電波妨害用のものです。
火災や危害の心配はありません」
みんな「なーんだ」と笑った。
杉並の隣、中野区には「陸軍中野学校」という日本軍の秘密施設があった。
また、中野区役所の西側には「電信隊」といって、通信装置のアンテナがずらりと立ち並んでいた。
空から降ってきた銀色のテープは、敵の飛行機を探す日本の、電波探知機の目をくらませるためのものだったと、後になってから知った。
うちでもしばらくはそのテープを取っておいたけれど、
いつの間にか捨ててしまった。
記念に残しておけばよかったな。
なんて、今でも思っている。
―― 続けて読む ――
▶ 次の話【第20話】
空襲じゃないのに、町が消えた――建物疎開
▶ 連載目次(案内所)はこちら
▶ 前の話【第18話】
祖父・鍬太郎の死――戦局とともに弱った命
