機能不全家族の本を読んで母に伝えた日、分かり合えないと悟った
「甘えてる」「弱いからだ」と思い込んでいた日々
母との関係がしんどい。
そう感じるたび、真っ先に自分を疑った。
育ててくれた恩がある。恩は返すものだ。
そう教え込まれてきたし、当時は「友達親子」という言葉が持て囃されていた時代だった。
親子で仲良くべったり、それが美徳。
世間がそう言うなら、母との関係に息苦しさを覚える自分の方がよっぽど歪んでいるのだと思っていた。
甘えてる。
弱いからだ。
そうやって自分を殴りつけて、なんとかバランスを取ってきた。
そのバランスが崩れたのは、兄が病気で実家に戻ってきてからだった。
本を渡した日
原因不明の病気だった。親戚にも同じ病気の人はいない。
それでも、働けるくらいに回復した兄に、母は私にしてきたように仕事をせっつくことはしなかった。
やっと兄が仕事を始めてからも、扱いの差は消えなかった。
休みの日には私にだけ買い物を頼み、気分が悪いと家事を頼む。
兄の分の家事まで。
実家に戻ってきて長いのに、トイレ掃除は結局、私しかやっていない。
不平を漏らしたら「言えばいいじゃん」と言われた。
子供の頃から兄はトイレ掃除なんて一度もやっていない。私がやっていた。
それが大人になった途端、急にできるようになるものか。
そう伝えたら「そうだっけ?」ととぼけられた。
女の子なんだからと、私をトイレ掃除係にした本人が、だ。
「女は正社員での働き口が多いよね。男は少ないのに」とも言われた。
母は、女は正社員で働いて、結婚して、子供を産んで、家事もして、それが当たり前だと思っていた。自分はパートだったのに。
兄たちにはそれを求めず、私にだけ求めた。
さすがにバランスが取れなくなって、色々調べて、機能不全家族の本を手に取った。
虐待があったわけでもないのに大げさだと最初は思った。
でも読んでみて、そうかもな、と考えを変えた。
自分の思っていることを素直に親に言えない。
受け入れてもらえなかった記憶が、ずっとこびりついている。
それでも親なんだから感謝して返さないと、そう思いながらどんどん疲弊していた自分がそこにいた。
これを打破しようと思った。
本を読んで、私はこうだったんだよ、と伝えて、本を渡した。
返ってきたのは「私が悪いってこと?」だった。
家で何か言うときは、いつも緊張する。
大抵は否定されるか、汲み取ってもらえないかのどちらかだから、今回もそうだろうとは思っていた。
でも「私が悪いってこと?」と返されるとは思わなかった。
冷や水を顔面からかけられた気がした。しかも氷入りで。痛い。
分かり合うことを諦めるのも、自分を守る方法だった
でも、痛かった分、冷静にもなった。
何も言えなかった自分が、今日は言えた。
その事実の方が大きかった。
分かり合えない。
それでも、私は言いたいことを母に言えた。
そのことが、私の中でかなり大きな意味を持った。
分かり合えないと悟ったら、なぜか踏ん切りがついた。
分かってもらおうと、これ以上、力を使わなくていい。
分かり合うことを諦めるのも、自分を守る方法だった。
▷母に「私が悪いってこと?」と返された日、ふと気づいたことがある。
私はずっと、家でも職場でも、誰かの言い分を黙って引き受ける係だった。
その「聞き役」という係に、いつの間にか座らされていた話を、以前書きまいした。
合わせて読むと、根っこが同じだと分かるかもしれない。
▷ 分かり合うことを諦めていい、と気づいた人へ
役割を辞めることにも、許可はいる。
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