夏の星々(140字小説コンテスト2026)二次選考通過作
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(掲載作品のAI学習データへの提供をおこなっていません。)
季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。
夏の文字 「器」
選考 ほしおさなえ(小説家)
季節の星々選考委員会(石森みさお/kikko/酒部朔日/へいた)
二次選考を通過した26編を発表します(応募総数978編/一次選考通過109編)。ご応募いただきありがとうございました。
受賞作(入選4編+佳作6編)は9月下旬~10月上旬の発表予定です。
優秀作(入選〜二次選考通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。
受賞作の速報はnoteやX(旧Twitter)でお伝えします。
二次選考通過作
赤い尻
発掘現場で二十年近く土器洗いをしている。たいていはプレハブで。簡易テントの場合もある。一度だけ、精神科の廃病棟がプレハブ代わりだった冬がある。だだっぴろい吹き抜けの玄関ホールは無限に寒く、ラジオ放送は霧散した。土器洗いには軟らかい豚毛の歯ブラシが最も適している。それだけを信じて。
梓夏梅
祖父の手にかかると土でしかなかったものが、焼かれて器となる。僕も会社の熱さに揉まれて営業マンになるはずだった。けど、その熱さに馴染めなかった。
「物によって、合う温度があるんだ」
帰ってきた僕に祖父は一言だけ呟いた。以来、僕は器の入った窯の番をしている。器に合う温度を探りながら。
亜麻布みゆ
灼熱を浴び、鉄製の器となった盆地の真ん中に、小さな公園を見つけた。誰もいない公園には、色褪せた遊具が照り返している。ただ、木馬だけが揺れていた。近づくにつれ、軋んだ音が大きくなる。「水場へ」と言うと、木馬が静かに止まった。恐る恐るまたがった途端、足首がつめたくなった。
右近金魚
私、旅に出るわ。雲のソンブレロをひょいとかぶり、鞄に野原をつめて。今朝散っていった花達を髪に編んで、小麦畑をザクザクと歩く。拾った兵器は弦を張って楽器にするの。歌いながら歩くわ。沈んだ舟を岸に寄せたり、青い実を失くした木々の涙を拭ったりして。私、そんな旅に出るわ。ひとりで行くわ。
形霧 燈
嫁いできたころ、妻は素顔を見せない人だった。台所にも口紅をつけて立った。そのひとがいま黙って、尿器を私に預ける。便所にそれを運ぶとき、私は体温を抱いている。六十年をかけて私たちはここまで来た。夏の終わり、蝉の声が減った夜。細い手が、そっと私の袖を握った。
蒲田おじ
家に食器がない。カップ麺にコンビニ弁当、パックのままの半額惣菜。机の見栄えは最悪だ。けれど、殴る父から逃げた家には、母との笑い声がある。
いつも取り繕った「正しい食卓」で怯えていた。見かけだけの常識を、食べ終わったゴミと共に捨てていく。私たちは今、欠けた器のまま生きていく。
キカイ工
日曜の朝、最終兵器が勝手に起動してキッチンでトーストを焼いていた。瞬時に都市を消滅させる機能をパンの焼き加減のためにフル活用したらしい。どうですか、と聞くので僕はジャムを塗り食べた。美味しかった、と伝えると兵器は照れて「今日のことは、いつか全てなかったことにします」と下を向いた。
如月恵
台風で電車が止まり、駅から溢れ出る帰宅難民の中に俺は居た。街灯がまばらになるにつれ人も別れて行き、独り、夜道を歩く。雨風が強く、闇に浮かんだ電話ボックスに駆け込んだ。緑の公衆電話、唯一覚えていた電話番号を押す。ここでがんばるけん、と答えて重い受話器を置いた。実家はもうない。
黒月兎
剝き出しの尻に触れた途端に、ひやっと思わず驚き跳ねた。今どき1K六万四千円の賃貸ですら暖房機能つき便器が備え付けだというのに。小さく舌打ちをしたら、懐かしい芳香剤の匂いに気付く。七年振りに帰省した実家の、記憶よりずっとうら寂れた佇まいの隅の、少し背の低くなった母を感じた。
昂機
器械体操の授業中、体育館の天井から細くて長い腕が二本、降りてきた。マットに転がる私をなめらかに掬い上げ、服の埃まで払ってくれる。散々私に向けられたくすくす笑いがぴたりとやんだ。「おねえちゃんなの?」腕は答えない。私の前髪をほんの少し撫でたあと、音もなく天井へとのぼっていった。
志由
一年に一度だけ、廃校した母校に忍び込む。音楽室には、埃を少し被った楽器たちが月の光を浴びながら並ぶ。窓を開けると、部屋が呼吸をするように風が巡る。ピアノの花瓶に、花を飾る。今年も来られてよかった。黒板の隅に続けて、「九月、来ました」と残す。僕たちのバトンはまだ続いているようだ。
立花 腑楽
祖父が居眠りしている。
禁忌を犯すように、枕頭に置かれた補聴器を自分の耳にかけてみる。
枯草を踏み歩くような音が脳裏に響いた。晩秋の気配がそこにあった。
遠くで風も鳴っている。細く伸びる風の音は、女の叫びに似ていた。
祖父が目を覚ます。返せ、と差し出す手がぶるぶる震えている。
月夜でタンゴ
その男は片口と言うのだろうか、器を手にして酒を注ぎ、飲んでは旨い旨いと言う。ある日あんた役目を継いでくれと言うので「あっ、はあ」と答えた。次の日男が死んだのを知り店に行く。男の器を手にして酒を飲むと「旨い旨い」自分の声だった。ははっ、役目を継いだんだ。死ぬまでの旨い旨い。
戸田鳥
柔らかくつぶれそうな桃を母は器用に剥いていく。弟は干からびた蝉の抜け殻を丁寧に廊下に並べている。碁盤の目に並べ終わったそこへ猫がひゅんと現れて、蝉のひとつを持ち去った。泣き出す弟の口に母が桃を突っ込むと、桃の甘さに弟が笑う。猫も桃の香りにつられたか蝉を返しにやって来た。
長尾優陽
人間はみんな、河童の仲間なんじゃないかと思ってきた。皿と言うには少し深い、器のようなものが、頭の上にのっている。中では飲みたくなるような乳白色の液体が、表情とともにたぷたぷ揺れる。あれはなんなんだろう?まあ、いいか。だってほら、目の前で笑うあなたの器は、こんなにも満たされている。
永津わか
引っ越してこの方、近所の出窓にいるねこはいつも形を変えている。ある日は壺に漬かり、ある日は金魚鉢に浸っていた。物の多い家だと思っていると、夏の真昼、ねこは皿の上で溶けていた。あ、垂れる。思わずかけ寄ると、皿はみょんと伸びてボウルになった。なるほど、自由なのは器の方だったらしい。
原若菜
老婆が割れた器を持って店にやってきた。「この器をどうしても直してほしい」と言う。でも、原型をとどめていないほど砕けていて、元に戻すことは難しく、私は返事に困った。すると「元の大きさより、小さくなってもいい」と静かに言った。
修理を終えた器は、彼女の手のひらに優しく収まった。
針生 巡
大器晩成型を自称していた大叔父は、何も成さぬまま八十五歳でこの世を去った。火葬場からの帰り道、「虹が出てる」と母がつぶやく。あれは大叔父だろうと一同しんみりしていると、虹の上にさらに虹がかかった。皆で思わず写真を撮る。すると頭上から笑い声がして、三本目の虹が空に大きく弧を描いた。
羊の耳
わたしはベルトコンベアの前に立ち、その上に載って流れてくるもやもやした綿飴のようなものを「愛」や「祈り」といった型に押し込める。はみ出した部分が実はとても大事なことを知っているので、工場長に黙って破棄分を容器に残す。裏口から風に流す。赤ちゃんが見る夢の中へと飛んでいきますように。
星
雨を呼ぶ。脱皮を済ませた蛇が森を走りまわる頃。水晶のようなうろこを拾い集めて、透明な器を作る。地酒を注いで宴を開けば、水脈が目を覚ます。湧き水のせせらぎ。神様の道だ。山を下り里へ流れ、やがて厚い雲を呼ぶ。雷鳴。蛇は空へ昇り、黒雲に穴を空ける。一筋の光。雨上がりの早苗に虹がかかる。
三浦涼佳
花火大会の帰り道、屋台で余った金魚を一匹もらった。透明な器の中で揺れる小さな尾びれをじっと見つめながら、友達と並んで自転車をこぐ。器の水がこぼれてしまわないように、二人でわざとゆっくり、でも笑いながら走った夜道は、いつもよりずっと長く、そしてどこまでも涼しく感じられた気がした。
三尾一加
社会人になった春、陶器市で湯呑みを買った。窯元がある故郷の町には、高校を卒業して以来、戻っていない。家に帰ってお茶を注ぐと、ざらざらした焼き物の肌から鳥のさえずりが聞こえてきた。山だったころの記憶が残っているらしい。毎朝、ふるさとの音を聞いて仕事に向かう。今は蝉の声でにぎやかだ。
紫冬湖
大事な食器を割ってしまったので金継ぎした。食卓が彩り豊かになって嬉しかった。大事な指を切り落としてしまったので金継ぎした。指輪をはめているみたいで素敵だった。大事な記憶がひび割れてしまったので金継ぎした。思い出の狭間に黄金の稲穂が揺れる。穏やかな気分のまま、私は永遠に瞼を閉じた。
夜市川 鞠
僕は他の河童よりも一回り頭の上の皿が大きく生まれた。この皿に恥じぬよう器の大きい河童になれと言われて育った。だから、皆が嫌がる役も率先してやってのけたし、大好きなきゅうりを食べられても寛大な心で許した。ある日、自慢の皿が割れてしまった。随分小さくなってしまったけど、これでやっと。
由良ちひろ
彼女は石器時代から生きていると言うが、勿論信じちゃいない。使い慣れているからと黒曜石で器用に拵えたナイフを愛用し、食べられる木の実と見れば籠一杯に採ってきてもだ。だけど、最後に食べようと取っておいたナウマンゾウの肉を兄弟に食べられた話をする時だけは、やけに真に迫って見えるんだよ。
綿谷衛
彼が花を買ってきた。
「今更?」と言うと「あげたことなかったから」と気まずそうに笑った。
「器は?何にいれるつもり?」
そこで初めて彼は花が花のまま存在し得ないこと気付いたみたいだった。
私はコップに挿された花を見る。彼を好きになった理由と好きじゃなくなってしまった理由が揺れた。
