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50代からの知的冒険|切手と国家の物語③切手に標語の消印が押された時代があった

大正から昭和初期、郵便に出された一部の切手に、標語の消印が押されていた。戦後でいえば、テレビで流れてくる公共広告機構(ACジャパン)のCM、今ならYouTube広告といったところか。

何枚か手元にある標語の消印が押された切手を眺めていたところ、Yahooオークションにコレクションが出品されているのを発見した。若干の競り合いを経て、3000円で落札することができた。

三枚のシートのうちの一枚。標語の文字は出品者のもの

大正時代の田沢切手には教訓

大正時代になって発行された田沢切手に押された消印には、「切手は左の肩へはられたし(原文ママ)」「小包の包装は完全に」「書状には標準封筒を使用せられたし」「年賀状はお早く」など、郵便が一般的に普及したことを窺わせる標語が多い。

面白いのは、「秒に鞭うて」「一秒に勝敗あり」などの教訓だ。明治の時代から大正の時代になって、自由な空気を戒める意図があったのだろうか。

急ぎの用事に飛行郵便を」「貯蓄あれば力あり」「貯金は身の為め、国の為め」「共存共栄、カンイホケン」「(関東大震災からの)復興は先ず貯金から」など、郵便局のビジネス目的を匂わすものも多い。

田沢切手は大正2年(1913年)から昭和12年(1937年)まで発行されており、昭和恐慌後は「国産第一」「国産品を使いませう」「明治の舶来、昭和の国産」などが目につく。

日本で初めて年賀切手が発行されたのは昭和10年(1935年)末。翌年の1936年に発行された年賀切手には、「国民精神総動員」の消印が押されている。

戦時色が鮮明になる昭和切手

乃木将軍の2銭切手には多くの標語が押されている。「国債の力で築け新東亜」「銃後の備えに簡易保険」などは、戦時色が色濃くなっている中でも郵便局のビジネスを思わせる。

大東亜、築く力にこの一票」は昭和17年(1942年)の翼賛選挙の時だろう。

滅私奉公、政治の基調」「一億一心、挙って防諜」あたりになると、ブレーキが効かなくなっている感がある。

1940年に発行された教育勅語50周年には「偲べ戦線、求めよ国債」という消印が押されている。「胸に愛国、手に国債」「先ず国債でご奉公」など、国債の購入を促す消印は数多くある。

戦費の調達に必死だった政府の姿が窺われる。

政府のプロパガンダと切って捨てていいか…

明治政府が国家の威信をかけて発行した切手は、大正、昭和と郵便が普及する中で国家の広報の手段となった。

明治から終戦までの切手を眺めていると、やはりどこかで立ち止まるべきだったと思う。もちろん、政治家の責任なのだが、マスコミは戦争を煽り、国民の戦意も高揚する中で、立ち止まるのは並大抵のことではない。

標語の消印が押された切手のコレクションは65種類に及ぶ。これだけ集めるには、相当の時間と手間がかかっただろう。先人がどのような思いでコレクションを集め、手放したのだろうか。

年配の郵趣家が収集品を手放す例が増えているという。こうしたコレクションは歴史的資料だ。大切に保管しようと思う。

日本が激動の昭和に入る前に、平和を願った大正時代があった。次回は、その時代について書きたいと思う。


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