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【小説】B面のふたり #2 (文学フリマ大阪)

あらすじ鷹木津たかきつとたまきは、会社の中の”日陰の仕事”を担当するB面案件を担当することになった。B面案件を通じてたまきの居場所をつくって、一緒に大丈夫になろう。あの夜に、二人はそう計画をしていた。 

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#2


  会議が終わった途端、鷹木津たかきつは矢田に連れていかれてしまった。「のんのこ」案件の引き継ぎがあるらしい。
 遠ざかる鷹木津の背中を不安そうに見送りながら、たまきは小さなメモ帳をそっと両手で握りしめた。
 表紙には、一枚の付箋が大事そうに貼ってある。
――『鷹木津さんと同じ風景を見る』。

 鷹木津さんがくれた、このチャンス。
 ――やるんだ。
 やって、大丈夫になるんだ。

 柳瀬に「よろしくお願いします」と挨拶しにいく。
 柳瀬は大きく頷くと、ひねりパンみたいな手を机について、膝をパキパキと鳴らしながらどっこしょっ、と立ち上がった。
 だぶだぶのワイシャツに包まれた巨体から、むわっと熱気が立つ。
「――じゃ、早速ですけどォ、倉庫行きますかァ」
 柳瀬の後について、エレベーターホールにある小さな倉庫に向かった。

 本社ビルのあちこちの空きスペースに作られた、備品倉庫。

 中は四畳半ほどの広さの細長い部屋に、金属製のラックが並んでいた。
 照明はなく、仕切壁のスリットの光だけが床を照らしている。
「昔は社長ご自身が番組の司会をしてたんだよねェ」
 暗い倉庫の中、柳瀬がおもむろに話しかけてきた。
「は、はぇ」
 急に話しかけられて、まぬけな相槌になってしまった。
「その時はじめて取り扱ったのが『家庭用カラオケ一号機』でェ。今度その最新版を紹介する時、当時の放送テープを使いたいんだってさ」
 話しながら、柳瀬は床に散らばっていたケーブルを、器用に束ねていく。ぐちゃぐちゃだったケーブルがあっという間に整う。ちょっとした手品みたいだ。
「でも探すのがカセットテープとは、昭和かよ! ってそりゃ昭和か!」
 ひとりで「だはは」と盛り上がりながら、柳瀬は段ボール箱の山をかき分けていく。
 たまきも段ボールの中を見ようとするが、薄暗くてよくわからない。
「ここ暗いよねェ……あ、そうだ」
 段ボール箱を漁り、小さな紙箱を引っ張り出した。
 中には、スポーツサングラスのような細身の眼鏡が入っていた。
「我が社の歴史的ヒット商品、ナイトルーペ。一時はテレビCMもバンバン打ってたやつ」
 柳瀬が安っぽいゴーグルを着け、つるにあるボタンを押した。すると、縁に仕込まれたLEDでぱっと明るく光る。
 ――柳瀬の丸い顔が照らされ、満月みたいに浮かんだ。
「ほら、明るいでしョ? これ付けて探せば、結構便利だよ」
 手渡されたナイトルーペをかけてみる。
 眼鏡の上から装着できて、たしかに結構便利だ。
 ボタンを押すと、たまきの顔も照らされ、満月が二つに増えた。
 ライトの灯りで部屋がはっきりと見えてくる。

 美顔ローラー。足湯装置。野菜の水切りかご。全自動包丁研ぎ……。

 棚に様々な商品が並ぶ中、特にナイトルーペの箱は壁一面にぎっしりと詰まっていた。
「まぁ……備品倉庫とは名ばかりでェ。実際はヒット商品の墓場、不良在庫置き場なんだよねェ」
 柳瀬が、ハハハ……ハァ、とわざとらしく笑いながら、盛大なため息を吐いた。
 ――ヒットって、なんなんだろう。

「ここにはなさそうだなァ」
 倉庫から出ると、柳瀬はナイトルーペを外しながら大きく伸びをした。
 たまきも同じようにナイトルーペを外そうとして。
「あ、ちょっと」と、柳瀬が神妙な顔でそれを制止した。
「……はい?」
「それ付けたまま、ちょっと『ナイトルーペ、だーいすき』って、いい感じに言ってみて」
「ナイトルーペ、だーいすき……ですか?」
「そう。CMの決め文句。基本的に全女性社員必修なんでェ」
 妙に真剣な顔で頷いている。丸い顔に埋もれた細い目は笑っていて、冗談なのか本気なのか、よくわからない。

 ――やるしか……。
 小さく息を吸う。

「ナイトルーペ、だぁい好きっ!」

 手でハートを作り、身体をひねって、渾身のポーズ。
 足首がぐねって、激しくコケそうになる。

「だぁッはははッ!!」
 柳瀬が盛大に吹き出した。
「いやー最高!」とひとりで大笑いしている。
「じゃ、後は八階の倉庫も調べて。なければ、あとは地下倉庫かなぁ……」
 そう言い残して、柳瀬は去っていった。
 からかわれたのか、それとも本気だったのか。
 よくわからないまま、たまきはナイトルーペを握り直した。
 ――八階からだ。

 八階に着く。

 エレベーター正面に『番組制作部』とある。
 足を踏み入れた瞬間、熱気に押された。打合せの声や電話の相槌、放送中の番組音声が混じり合い、フロア全体が絶えずざわついている。
 総務システム課とは、まったく別の会社みたいだ。

 執務室の奥に、小さな備品倉庫があった。
 中は暗い。たまきはさっそく装着したままのナイトルーペのLEDを点けて、一歩踏み出した。
「やめてぇ……」
 足元から漏れるうめき声に、思わず飛び跳ねる。
 見ると、無精髭だらけの男性が、床で丸くなって寝ていた。
「す……すいません! えっ!? でも、なんで……え、どうしたんですか?」
「……仮眠中で……勘弁してください……それ消してください……」
 見ると、床には何人もの男性たちが折り重なるように寝ていた。上から段ボール製の覆いが被せてある。
 ――ここ、仮眠室だ。しかも、内緒のやつ。
 慌てて明かりを消す。
「あの……カセットテープって、ここにあるか知ってますか?」
 ……。
 男はぴくりとも反応しなかった。
 仕方なく、あちこちで転がっている男性の耳元で「カセット……」「カセット?」と囁いて回った。
 誰かが生き返って反応するのを待つ。
 しばらくして、諦めたように「ない……知らないです……」とだけ返ってきて、それきりまた静かになった。
 仕方なく、自分で探してみる。
 しかし、探しながら床の男性を何度か踏んでしまい、そのたびに力ない呻き声が漏れた。
 呻くような叫びを聞きながら、棚をすべて見て回ったが、結局テープらしきものはなかった。
 去り際に「……お邪魔しました」と小声で挨拶をすると「……寝てるの、秘密で……」と、小さな呟きが返ってきた。

 最後は、地下倉庫。

 エレベーターで地下へ降りていく。
 途中、五階で扉が開き、鷹木津が滑り込んできた。
「カセット見つかった?」
 ぷるぷると横に首を振る。
「……ってことは地下倉庫も探すのか。わたしも行く」
 鷹木津は、素早く閉じるボタンを押した。

 地下一階。

 扉が開いた瞬間、ひんやりした空気が流れ込んできた。
 床はコンクリート打ちっぱなし。壁も天井も灰色で、倉庫というより、巨大な箱の中に放り込まれたようだった。
 そして――
 天井まで届くスチールラック。隙間なく積まれた段ボール箱。
 巨大な部屋にびっちりと棚が続き、奥は暗くて見えない。
 見上げるだけで、息が詰まりそうだった。
 圧倒されたまま立ち尽くしていると、鷹木津が迷いなく歩き出し、すばやく箱を数え始めた。
「段ボールにはラベル表示無し……総当たりでいくとして、ざっと五百。夜九時の本番までに必要で、二時から外出だから……単純計算で……」
「……えっ、計算してるんですか?」
「うん。箱を全部開けて探さないといけないから、えーと……」
 指で計算していた鷹木津が、くるりと向き直った。
「うん、無理。制作には謝ろう。カセットテープは諦めてもらうしかない」
「えっ?」
「これ、普通に間に合わないと思う」

 理屈は、正しい。
 ――正しい、けど。

 たまきは、ナイトルーペのスイッチを押した。
「わたし、ちょっとだけやってみます」
 一番近い段ボールを取り出す。
 ビリビリとテープを剥がす音が、地下に響いた。
 ふわりと埃が舞い、古い紙の匂いが立ち上がる。
 中には台本と業務用ビデオテープ。表紙には「96年1月20日放送」とある。
 社長のテープは入ってなさそうだった。
「うーん、この箱じゃなかったです。でも……きっとたぶん、どこかに……」
 部屋を見回す。部屋いっぱいの、何百もの箱。
 ――もしかしたら、意味ないかもしれない。
 でも、諦めたくなかった。

 黙って箱を開け続けるたまきを見て、鷹木津は軽く深呼吸をした。
 シャツの袖をまくる。
「……やろうか。でも、二時には出るからね」
「はい……!」
 二人で背中合わせになり、箱を開けはじめた。
 箱を引き寄せ、テープを剥がし、中を覗く。
 台本。業務用ビデオテープ。商品のサンプル。
 空手の通信教育教材。ぶら下がり健康器。ICチップ付きミシン。
 あまりにも雑多な商品たち。
 ときどき、スタッフらしき写真が出てくる。
 番組セットの前で肩を組んで笑う若者。
 床でヘッドロックしてふざけ合う男たち。
 今なら怒られそうだけど、みんなニカニカ笑っていた。
 誰かの思い出をのぞき見している気がして、たまきは少し胸が弾んだ。
 一方、鷹木津は腕時計を気にしながら、テキパキと作業をこなしていく。迷いなく箱を開き、一瞥して閉じる。まるでタイムアタックみたいだ。

 残り時間は、どんどん減っていく。
 それなのに、胸の奥が、少しずつ満ちていく気がした。


(つづきは、こちら

文学フリマ大阪14頒布作品のごあんない

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